「父ちゃん・・・っと、あれっ?じい・・・ちゃん??」
「お、よくわかったじゃん」
いい子、いい子と大人メノウがジストの頭を撫でた。
「父ちゃんとじいちゃん・・・喧嘩してんの??」
コハクがメノウを追い詰めた場所は、公園のトイレからかなり離れた未開発地区で、多少暴れても問題はなさそうなところだったが・・・遠慮のない戦いの跡があちこちで見られた。
ジストはたまたま神の力でこの場に辿り着いたに過ぎない。
しかしそこには仲違いしている風の二人がいて。
ジストは「喧嘩はやめて!」と、二人の間に割って入った。
「喧嘩っていうか・・・ねぇ」コハクが言葉を濁す。
「ちょっと遊んでただけだって!」メノウも笑って誤魔化した。
こうして、“工場への地図”を巡る諍いは一時中断となり。
「どうしてここへ?」と、ジストに尋ねるコハク。
「オレ・・・父ちゃんに言わなくちゃいけないことがあるんだ」
ジストは俯き、それから。
「ヒスイに・・・キスしちゃったんだ」
唇に〜の意味であることは、聞いている側のコハク・メノウに伝わって。まず。
ゴキィッ!!
ケジメの一発。ジストの脳天目掛けて、コハクの拳が振り下ろされた。
足元がふらつくほどのゲンコツ力・・・だが、次はなく。
「父ちゃんっ!もっと殴って!!」
更なるお仕置きを希望し、ジストが詰め寄る。
マゾ的発言だが、想いは切実で。
許せないのだ。自分で、自分が。
「・・・なさい」
「ヒスイのこと、好きになって、ごめんなさい」
ジストの声が悲しく響く。
「・・・・・・」
(好きになっちゃいけないなんてことはないけど・・・)
当然、ヒスイは譲れない。
ヒスイの唇を奪うのは、万死に値する罪だが。
(僕、ひょっとして正直者に弱いのかも・・・)
どのみちニ発目はメノウが止めることもわかっていた。
案の定。
「ここまで素直に謝られたんじゃ、いくらお前でも殴りにくいよなぁ」
コハクの肩に腕を回し、笑うメノウ。
「・・・・・・」(調子狂うなぁ・・・)
一方、ジストは俯いたまま。
「オレ、ヒスイの近くにいるとムラムラしちゃうんだ。だから・・・家出てく」
ジストなりに懸命に親子の関係を守ろうとしているのだ。
深刻さMAXである。
ところが、メノウは笑い出し。
「ま、そう思い詰めんなって!」
隣のコハクも・・・笑っている。
「こうなったらもうアレしかないよな」と、メノウ。
「ははは、そうですね。アレですね」
「じいちゃん?父ちゃん?」
笑われてしまったジストは、困惑気味に二人を見上げ。
すると、今度はコハクが。
「ジスト、ヒスイと一緒にいたい?」
本当のことを言ってごらん?優しい声でジストの本音を誘発する。
「・・・・・・」
一緒にいたいに決まっている。
しかしそれを本当に正直に言ってしまって良いものか、ジストが迷っていると。
「ねぇ、ジスト。もし君が、ヒスイと一緒にいたいと願うなら・・・」
・・・“去勢”する?
その頃、赤い屋根の屋敷では。
いずこかへ行ったはずのヒスイが戻ってきていた。
「なによ・・・ジストのばか・・・」
童顔をしかめて呟く。
「お兄ちゃん、まだ帰ってないのかな」
いつもの習性で真っ先にコハクを探すが、一階には誰もいなかった。
アクアは遊びに行ったきり、まだ帰ってきていないようだ。
(あ・・・トパーズは帰ってるみたい)
二階へ行くと、トパーズの部屋の扉が少し開いていて。
ヒスイは誘い込まれるように、中へと足を踏み入れた。
(寝てる・・・?)
トパーズはベッドにいた。
ヒスイが寝顔を覗き込むと、すぐに手が伸びてきて。
「ひぁ・・・!?」
ベッドに・・・引き摺り込まれる。
「ちょっ・・・やめ・・・」
ヒスイをうつ伏せにして、その上に体を重ねるトパーズ。
「トパーズ?」
「・・・・・・」
ここまでしておいて、寝たフリ。呼んでも答えない。
それから少しして、ヒスイが口を開いた。
「・・・あの、ジストね、しばらく家に帰ってこないって」
その理由については語らぬまま。
黙って聞いているトパーズに。
「・・・寂しい?」
「別に」と、トパーズはヒスイの肩にキスをして。
「あ・・・こら・・・」
それから、首筋。背中。
ベッドの中なので、かなり際どい状況・・・だが。
女性器には触れないので、親子のスキンシップでギリギリ許せる範囲・・・ヒスイは大人しくしていた。
(素直じゃないんだから)
トパーズが、激務の中、極力外泊せず家に帰ってくるのは無論ヒスイに会いたいからだが、それだけではないのだ。
実の息子であるジストの顔が見たいから。
本人はそんな素振りを一切見せないが、皆知っている。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
(背中、あったかい・・・)
ヒスイの口から欠伸が出る。
ジストをこのままにはしておけない。そう、思うが。
(たくさんえっちしたから・・・なんだかすごく・・・眠い・・・)
連続えっちの心地良い疲労感が、今になってどっとくる。
トパーズとベッドを共にしてわずか数分。
ZZZzzz・・・
「・・・・・・」(この女・・・寝やがった・・・)
男に上に乗られていても眠れる・・・それがヒスイだ。
「ヒトのベッドで暢気に寝てられるのも・・・あと4年だ」
ヒスイの鼻を摘むトパーズ。
「んがっ・・・ほにぃ・・・」
ヒスイは少し苦しそうな顔をしたが、よほど眠いらしく、起きる気配すらない。
「・・・・・・」
耳の後ろに顔を寄せ、ヒスイの匂いを嗅ぐ。
世界で最も恋しい匂い。欲情する匂い。
「・・・・・・」
この匂いがジストにとっても同じ効果があるのだとしたら。
(あの馬鹿・・・)
邪魔なコハクが帰宅するまで、このままずっとヒスイに触れていたい気持ちはあれど。
不肖の息子を放ってはおけず、ベッドから出るトパーズ。
爆睡するヒスイの頬にキスを残し、部屋を後にした。
階段を下り、廊下を歩き、玄関へ。
屋敷を出てから門までは少し距離がある。
門の前にはポストが設置されていて。
「・・・・・・」
トパーズはそこで足を止めた。
一通の封書が届いていることに気付いたのだ。
差出人は・・・アンデット商会代表取締役、カルセドニー。
封を開けると、中には立派なカードが入っていた。
“幹部社員及びご家族の皆様へ。”
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