「・・・・・・」「・・・・・・」
コハクもオニキスも従来仲が良い訳ではないが、半分ずつヒスイを腕に抱き、顔を寄せ合う。
決別の悲しみを乗り越えるべく、3人で温もりを分かち合い。


そして。


二人の男に抱きしめられながら、ヒスイの口から次の言葉が出た。それは、驚くべき一言。
「やっぱりよくない」と。
いきなり、俯いていた顔を上げる。
「よくないよ!」
ヒスイは、コハクとオニキスの間から抜け出し、メノウを追いかけた。
「え・・・ヒスイ?」「おい・・・」
コハクもオニキスも呆気に取られたまま、ヒスイを見送る。
「お父さん・・・っ!!」
「ヒスイ!?」
ヒスイのあまりに唐突な行動にメノウも驚き、足を止める。
ヒスイは大きく息を吸って。一度は飲み込んだ言葉を別の形で吐き出した。
「お父さんが、ずぅーっと生きていたくなるような世界を創るから!」
一息でそう宣言し。
「お兄ちゃんと、オニキスと、私と・・・みんなで創るから!だから・・・」


気が変わったら、いつでも言って。


「ははっ!」
最初に笑ったのは、コハクだ。
ヒスイはやっぱりこうじゃないとね。と、更に笑みをこぼす。
「くく・・・」
それから、オニキス。こちらは苦笑いだが、「そうだな」と相槌を打って。
「あはは!何だよ、ソレ」
メノウも笑った。
結局・・・諦めきれなかったのだ。
「吸血鬼になったお父さんもカッコイイと思うよ」
真剣な顔でヒスイが言い放ち。男達の笑いが一段と深くなる。
(???)
何故こんなに笑われているのかわからないまま、ヒスイも笑った。
「・・・ったく、無茶ばっか言うなよな」
笑いながら引き返すメノウ。
コハク・オニキスに代わり、ヒスイを正面から抱きしめた。
「わ・・・お父さん??」
「ホント、我儘で・・・可愛い娘だよ」
「だ、だから可愛いとか、そういう歳じゃないから・・・」
ヒスイは照れて口ごもり。ごめんね。と、一言。
「・・・ま、考えとくよ」と、メノウ。また鼻にツンときた。


(あ〜・・・まいったな・・・)



愛する者達との別れは、やっぱり、潔くとはいかなくて。



今の自分では、答えが出せないから。
いつか訪れる、世界の終わり・・・
(そん時の自分に任せるとするか)




夜明け間近。こちら、モルダバイト城では。

「本当に送らなくていいの?」と、スピネル。
それは、グロッシュラー第5王子ジルコンに向け発せられたものだった。
戦いは終わったのだ。グロッシュラーが退散する形で。
スピネルの相棒フェンネルは、『魔葬』の影響で人型を保てなくなり、今は物言わぬ杖に戻っている。

“ジルを安全に帰還させる”というテーマで話し合いの末・・・

ジルはモルダバイトの捕虜であり、戦いの混乱に乗じて城から逃げ出してきた、と。
捏造話に信憑性を持たせるため、“盗んだ”ということにして、モルダバイトの宝をいくつかジルに持たせた。
これはスピネルのアイデアである。
「見張りは兄者が始末したみてーだし。こんだけ持って帰りゃ、即処刑にはならないだろーぜ」
処遇は決して甘いものではないはずだが、楽観的な態度のジル。敢えて周囲にそう見せているのだ。
学校で会うことも、もうないだろう。
「・・・ありがとう」別れの握手を交わしながら、スピネルが礼を述べた。
ジルが、グロッシュラーの情報を流してくれたおかげで対応できた・・・いわば、この戦いの立役者でもある。
「我々を信じ、共に戦ってくれたこと、礼を言うぞ。ジルコン」
グロッシュラー王暗殺に至らずのシトリンが、ジルを称え。
するとジルはこう答えた。
「王位継承争いに身を投じれば、そのうち信じられる奴がいなくなる」と。
それから、視線を真っ直ぐスピネルに向け。



「人を信じられるうちに信じておきたかった、ってだけ」



「ジル・・・」
スピネルの表情からは、心配の色が消えない。ジルの今後を考えると、余計に。
「にしてもさ、こんなに貰っていいのかよ?」と、ジル。
「うむ。土産がないと帰りにくかろう」シトリンが言った。
これも持っていけ!と、シトリンが追加した宝の中には、城の見取図も含まれていた。モルダバイト側にすれば、大きな損失だが・・・
「取引きしろ。モルダバイトを売れ。お前がのし上がるには、それしかない」と、熱く語るシトリン。
「・・・でっかい借りできちまうな」ジルは苦々しく笑った。
「構わん。お前が王となった時に、返してもらう」
シトリンはいつにも増して、男気溢れている。
「心配いらんぞ。城の構造が公になったからとて、陥落できるものか」
秘密兵器がある!と言って、シトリンは夫ジンカイトの背中を叩いた。
「ジン、見せてやれ!お前の力を!!」
「・・・・・・」
(そう言われても・・・なんかあったっけ、オレ・・・)
いつもながらに、無茶振りだ。
高い天井を見上げながら、しばらくジンが考えていると。
シトリンが痺れを切らし。
「アレがあったろう!トゲトゲの・・・アレだ!」
「荊の城?」そう、ジンが尋ね。シトリンは大きく頷いた。


バルコニーに出たジンが、数回手を叩く。すると。
どこからともなく、太く長い荊が伸びてきて。城の外壁を覆った。出入り口から窓まで全部、だ。
城内の者達は慣れているらしく、特に騒ぎが起こることはなかったが。
シトリン曰く、城を包むこの荊は、剣で切り裂くことも、大砲で破壊することもできないらしい。
侵入者を捕獲する、巨大食虫植物。アンデット兵ならぬ、サボテン兵。
他にも、植物を媒体としたジンならではのセキュリティを次々と紹介・・・
「どうだ!これがジンの・・・モルダバイトの力だ!」
こうして、高いディフェンス力を見せつけ。
「と、いうようにだな。我が国には秘密兵器がある」
シトリンは堂々と胸を張った。
「・・・・・・」一方、無言のジン。
(バラしたら、秘密兵器じゃないけどな・・・)
というツッコミは怖くて入れられない。


「・・・・・・」こちら、ジルコン。
軍事国家グロッシュラーに於いて、モルダバイト侵攻の意欲が高まったのは、オニキスが王位を退いた後・・・代が替わってからだった。
前王オニキスと比較され、現王ジンには舐めた評価が下されていたが。
(噂ほど無能じゃなさそうだぜ。尻に敷かれてる感は否めないけど)
「変な国だな。モルダバイトって」そう、小さく呟くジル。
他国から一目も二目も置かれている名君オニキスは重度のロリコンで。
(女の下着を持ち歩く、変態だったしよ)
その妻ヒスイは、コハクという名の派手な美形男とイチャついている。
夫オニキスがそれを咎める様子もなかった。
(寝取られたんじゃねーの、あれ。不倫黙認ってか?)
モルダバイト前王オニキス。他国の人間からすれば、依然として謎の多い人物だった。
ジルは気を取り直し、言った。
「スピネル、お前のことは忘れねぇ」
「うん。ボクも」
女装少年同士、再び強く手を握り合う二人。
「また会おうぜ。いつか」
「うん」
「・・・フェンネルにもよろしく言っといてくれ」


・・・数々の誤解を宿したまま、ジルは故郷へと帰還した。




「ありがとう、姉貴。無理言ってごめんね」
ジルの見送りを済ませた後、スピネルが言った。
宝物庫の宝を引き出してしまったことに対する謝罪だ。
「なぁに、こちらも助かったぞ!」
シトリンは豪快に笑い。歳の離れた弟の頭を撫でた。
「お前はオニキス殿の息子だ。このぐらいの権利はある」
「アンタはさ、国中に祝福されて産まれるべきだったんだよ」と、そこでカーネリアン。
「ヒスイがあんなだから、うやむやになっちまってるけどさ」
シトリンとカーネリアンは飲みの席でよくスピネルの話をするらしい。
「人知れず気楽に生きるのもいいけど、もったいない気がしてさ」
「そうだぞ。折角オニキス殿の血を継いでいるのだから・・・」
“王の資質がある”と、声を揃えて主張するシトリン&カーネリアン。
スピネルは少し困った顔で笑い。
「半分はママの血が入ってるけどね」
「・・・うむ・・・まあ・・・それはそれで」と、シトリンが口を濁す。
ヒスイには色々と問題が多いが、それは見て見ぬふりだ。
シトリンも、カーネリアンも、スピネルの中にオニキスを見ているのだ。
「アンタが王になれば、ジルの奴を何かと手助けしてやれるんじゃないかい?」
「うん・・・そうかもしれないね」
スピネルは物思いに耽った顔で、そう口にしてから。再度笑顔で。
「でも、気が早い話だよ。ボクまだ16歳だよ?」
「ま、そりゃそうさね!」カーネリアンは笑い飛ばし。
急かして悪かった、と。スピネルの肩を抱いた。



こうして、長い夜が明け・・・






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