ほどなくして、リアルガー、ヒスイ、コハクJr.の三人は、湖の古城へ帰還した。
「その“嫁”っていうの、どうにかならないかな」と、コハクJr.
口調こそ柔らかいが、殺気に近いものを漂わせている。
一方、リアルガーは怯むことなく、こう答えた。
「しかし、嫁は嫁なのだ」
「・・・・・・」(たまにいるんだよね、こういうの)
どうやら、威嚇の類が通じない超鈍感タイプのようだ。
隣のヒスイは溜息ひとつ。それから自分の名前を告げた。
「私は“ヒスイ”よ。あなたの嫁?に似てるかもしれないけど、別人なの!いい?わかった?」
これからは“嫁”ではなく、名前を呼ぶようにと言い聞かせた。
「では、ヒスイ。俺の嫁に似ているお前に、特別に吾輩の宝物を見せてやるのだ!付いて来い!」と、リアルガー。
当然、コハクJr.も同行する。
――辿り着いた先は、例のオタク部屋だった。
「え・・・何ここ・・・」(気持ち悪いんだけどっ!!)
ヒスイが目にしたのは、“俺の嫁”グッズの数々・・・
ポスターに始まり、フィギュア、抱き枕に至るまで、ヒスイの顔をしたものが、ずらりと並ぶ。
そんな中。
「これを見るのだ!!」
鍵付きの、それこそ宝箱のようなものから、リアルガーが一冊の本を取り出した。
「・・・ん?」
それはヒスイもよく知る薄い本・・・同人誌だ。
更には・・・
「え?」(これ・・・見覚えが・・・)
よく知る〜どころではない。息子サルファーの本だ。
「な・・・」(なんでこんなところに!?)
驚きで声を失っているヒスイをよそに、リアルガーは得意気に話し出した。
「素晴らしい本なのだ!!こんなに美しい絵を見たのは、吾輩初めてなのだ!」
漫画という文化に触れたのも、これが初めてらしく。
今でこそマスターしたものの、最初は読み方すらわからなかったという。
「ストーリも最高に面白いのだ!!」と、サルファーの本を大絶賛するリアルガー。
「面白い?これが?嘘でしょ?」
耳を疑う言葉に、反射的にヒスイの口が動いた。
画力はともかく、ストーリーのつまらなさには定評のあるサルファー。
リアルガーが手にしているこの本は、何年も前に発行したもので。
本人の自信とは裏腹に、同人誌即売会で大量に売れ残ったものだった。
仕方なくタンジェが身内に配り、残りは古本屋に持ち込んだというが・・・
「・・・・・・」(それが何故ここに?)←コハクJr.心の声。
リアルガーによれば、森で拾ったものらしいが・・・
モルダバイトから、はるばる海を渡ってきたということになる。
「・・・・・・」(こんなに薄い本が?こんなにいい状態で?)
考えられるのは――
誰かが個人的に持ち込んだか。
何らかの輸入ルートがあるのか。
(そのどちらかだ。これは確かめる必要があるな)
「モルダバイトという国を知ってるか?」と、興奮気味に話を続けるリアルガー。
ヒスイにとっても、コハクJr.にとっても、その質問を受けるのは本日二度目だ。
二人は同じようにやり過ごし、リアルガーの話に耳を傾けた。
「吾輩は真祖ゆえ、この地を離れることはできないが、いつか作者にこの想いを伝えたいのだ!!」
「へー・・・」と、複雑そうな表情のヒスイ。
モルダバイトの存在は、どうやら同人誌の奥付で知ったようだ。
本の最終ページを見ると、確かに。
作者サルファーの名と、モルダバイトの住所が記されていた。※サルファーは本名をペンネームにしています※
オタ吸血鬼、リアルガーに害はないと判断したコハクJr.は、ヒスイを連れ、一旦部屋へ戻った。
「あの・・・」と、そこでヒスイ。
「大きい方のお兄ちゃん・・・どこ行ったか、知らない?」
「こっちに向かってるはずだよ」コハクJr.は笑顔で答えた。
以下、心の声。
(腑抜けても、自分の気配ぐらい追えるでしょ)
そのために気配を消すことなく、ここまで来たのだ。
「――と、言う訳で。続き、しようか?」
「続き???あ・・・」
思い出したヒスイが赤くなる。
「えっと・・・もう充分っていうか・・・お腹いっぱいで」
両手を前に、またもやSTOPのポーズで。じりじり後ずさりするも。
「僕はもう、いらない?」
コハクJr.が寂しげな笑みを浮かべると。
「!!いらないなんて、そんなこと・・・」
ヒスイは拒みきれず。接近を許してしまう。
「――おにいちゃ!?」
コハクJr.はヒスイの二の腕を掴み、引き寄せ。その勢いのまま、強く唇を重ねた。
キスを終えると、くすり、今度は悪戯に笑って。
ヒスイの耳元でこう囁いた。
「もう一度、あの快感を味あわせてあげる――」
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