「・・・随分と騒がしいな」
緑の生い茂る森を抜け、赤い屋根の屋敷に近付く。
すると、オニキスの耳に赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。
ギャアギャア!ウワァァン!!
ジストとサルファー。
うえぇ〜ん!!
「・・・ヒスイ?」
そこに混じるヒスイの泣き声。
ただ事ではない。
オニキスは歩調を早めた。
「・・・・・・」
(いつかやるとは思っていたが・・・)
コハクVSトパーズ。
凌ぎを削る二人の親子喧嘩はついに悲惨な結末を迎えた。
同士討ち。
両者とも完全に石化している。
コハクがトパーズの胸ぐらを掴んだ格好のまま、全く動かない。
(トパーズの魔法が暴走したか・・・)
「うぇっ・・・おにいちゃぁん〜・・・トパーズぅ〜・・・」
最愛の夫と息子を一度に失ったヒスイの悲しみは深い。
「お兄ちゃんとトパーズがいなかったら・・・この子達どうするの!!?」
赤ん坊の世話は主にコハクとトパーズがしていた。
ヒスイは乳を与え、気が向いた時に遊んでやるくらいで。
赤ん坊が泣き出すとすぐコハクにバトンタッチ。
前回よりは幾分マシだが、家事が苦手なヒスイは子育てに向いているタイプとは言えなかった。
当然、途方に暮れる。
乳飲み子を3人抱えた未亡人状態だ。
運悪く、オニキスはその現場に足を踏み入れてしまったのだ。
「しっかりしろ。お前まで取り乱してどうする」
泣き喚くジストとサルファーを順番にあやすオニキス。
双子を育てあげた経験がモノを言う。
赤子の扱いにかけては達人の域だった。
「お前が不安がるからこいつらが泣く」
「だってぇ〜・・・」
ヒスイなりに二人を救おうと試行錯誤した跡があった。
一般に石化を解くと言われる魔法の粉や、魔道書が散らばっている。
「トパーズの・・・“神サマ魔法”みたいなの。だから、普通に石化を解く手順じゃだめみたいで・・・」
「・・・・・・」
すべてを超越する“神サマ魔法”では、オニキスもお手上げだ。
手の施しようがない。
「・・・ヒスイ」
「ん?」
いきなり顎を掴まれる。
そして、キス。
「!?」
慣れない感触・・・オニキスの唇が触れたのは久しぶりだった。
「ちょっと何す・・・」
ボソボソボソ・・・
ヒスイの肩を掴み、オニキスが耳元で作戦を明かす。
「・・・あ、それ、いいかも」
ヒスイはオニキスの体に両腕を回した。
それから石像のコハクをチラリ。
「お兄ちゃんっ!早く復活しないと、オニキスとイロイロしちゃうからねっ!!」
シーン・・・
反応、ナシ。
ヒソヒソ・・・
「いつもならこれで・・・」と、オニキス。
「だよね〜・・・」ヒスイも納得がいかないという顔をしている。
“嫉妬心を煽り、自ら魔法を解かせる”
それはトパーズにも適用した作戦だった。
とにかく、どちらかの石化が解ければ、なんとかなる筈なのだ。
(・・・まだ刺激が足りないか)
「え?ちょっと??」
再び唇を寄せるオニキスに、ヒスイが躊躇う。
「・・・今更、だろう」
どのみち“異性”として認識されていない。
うんざりするほど付き合いも長く、お互いのことは知り尽くしている。
従って、緊張感もなかった。
オニキスは溜息混じりに笑って、少々強引にヒスイの唇を塞いだ。
「ん〜・・・」
長いキスの最中、ヒスイの視線がチラチラとコハクに注がれる。
コハクは・・・沈黙したままだ。
(お兄ちゃんのバカっ!)
なんとなく、無反応なのがくやしい。
愛が足りない気がする。
「・・・・・・」
ヒスイを腕に抱いて、複雑気分のオニキス。
見事に相殺。邪魔者は・・・いない。
ジストもサルファーも、新しいオモチャに夢中になっている。
それは・・・石になった、父親。
ぺちぺちと叩いてみたり、ぺろっと舐めてみたり。
ヒスイとオニキスが何をしていようが、お構いなしだ。
「ん・・・っ・・・」
3度目のキス。
オニキスも横目で確認するが、コハクもトパーズも微動だにしない。
「おい!いいのか!?」
声を掛けても返事がない。
あれほど、ヒスイ、ヒスイ、と言っていたのに。
好き勝手に取り合って、その挙げ句、これだ。
「・・・・・・」
(いっそこのまま・・・すべてを攫ってしまおうか)
そんな想いが脳裏を過ぎる。
(ヒスイも、子供達も)
「オニキス?」
オニキスの手がヒスイの胸元へ伸びた。
男の本能。
「ふぇぇぇんっ!」
「うぎゃぁっ!」
まるでそれを察したかのように、コハクの血を引く子供達が泣き出す。
「・・・やはり一筋縄ではいかないようだ」
苦笑い。少しホッとして、オニキスはヒスイから手を引いた。
「???」
オニキスがヒスイから離れると、泣き声はピタリと止み、頭を撫でてやると、今度はご機嫌に笑った。
「・・・メノウ殿に相談してみるか」
「でもお父さん・・・仕事で潜ってるし」
隣国クリソプレーズで発見された古代の地下迷宮。
そこに悪魔が出現するということで、教会から出張命令が下った。
「地下100階まであって・・・しばらく戻って来れないって・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・直接会いに行くしかないだろう」
一刻を争う事態という訳でもないが、静かすぎてどうにも落ち着かない。
「ん〜・・・そうだね」
「お前はここで待っていろ。オレが行ってくる」
「待って、それ、無理」
ひとりで子供3人の面倒は見られないと、胸を張ってヒスイが言った。
「・・・・・・」
「私も行く。はい、よろしくね」
オニキスにジストを抱かせ、自分がサルファーを抱く。
「・・・・・・」
「待っててね!お兄ちゃん!トパーズ!」
それぞれに“いってきます”のキス。
玄関扉に鍵を掛け、いざ出発。
クリソプレーズ。宿屋。
魔法陣を使用して移動時間を短縮しても、赤ん坊を連れての長旅は難しく、二人はすぐ休憩場所を探した。
「おやぁ、ずいぶん若い夫婦だねぇ〜」
女将の歓迎を受け、部屋へと通される。
関係をいちいち説明するのも面倒なので、否定はしない。
昔取った杵柄で、夫婦のフリは慣れたものだった。
「で、どうするの?」
ジストもサルファーもいつの間にかオニキスが抱いている。
ヒスイ曰く、「腕が疲れた」。
日頃いかにコハクが甘やかしているか一目瞭然だ。
「発見された地下迷宮はこの近くだ。2、3時間ならひとりで待てるな?」
「うん」
悪魔が出るという地下迷宮。
当然のことながらジストとサルファーは連れて行けない。
ヒスイが留守番に残るしかなかった。
幸いメノウが出発してからまだ日が浅く、それほど深くまで潜っているとは考えにくい。
「すぐに帰ってくる。心配するな」
“心配するな”はオニキスの安否ではなく、世話係の安否・・・自分で言っていて虚しくなる。
なぜ、こんな女が好きなのか。
いい子、いい子、と、コハクは愛でるが、一般の「いい子」とはほど遠い。
むしろ「変わり者」。愛想が悪く、思考回路は無茶苦茶で。
友達もできない。
そのくせ、無邪気で・・・照れ屋で・・・天然。
「・・・・・・」
つくづく悪女、だと思う。
それでも、やっぱり好きなのだ。
こうして巻き込まれるのが、嬉しい。
はぁ〜・・・っ。
毎回同じ結論・・・自分に呆れ、溜息。
深夜。
オニキスはヒスイを宿に残し、メノウのいる地下迷宮へと向かった。
・・・そこから少しずつ、歯車が狂い始める。
そして、地下迷宮。
(光る・・・苔・・・?)
明かりになるものを何も持っていなかったが、不自由はなかった。
岩壁にびっちり生えている苔。
それが発光している。逆に目を開けていられないくらい眩しい。
「・・・?」
(変わった種だな・・・初めて見る・・・)
光る苔らしきものは、階段を下るたびに数が減り、メノウのいる22階に到着する頃には丁度良い明るさになっていた。
「メノウ殿」
「ん?オニキス?」
「あはははは!!アイツ等ホントしょうがないなぁ」
オニキスから事情を聞いたメノウ・・・爆笑。
「ついにやったかぁ〜・・・ま、いつかやるとは思ってたけど」
笑いからくる震えが止まらない。
(考えることは皆、一緒か・・・)
「それで、元に戻す方法なんだが・・・」
オニキスはやれやれといった表情で腕を組んだ。
「トパーズの使う魔法は俺達じゃどうにもなんないだろ」
「・・・・・・」
「それこそ“神”に縁がある奴じゃないと」
「・・・ジスト、か」
「ん〜・・・まぁ、ジストに限らずコハクとヒスイの子なら“神”の血は濃い訳だし、3人のうちの誰かが、何とかするのを待つしかないんじゃん?」
「・・・と、言う訳だ」
オニキスから事情を聞いたヒスイ・・・茫然。
明け方の宿屋にて。
「え・・・じゃあ、いつになるかわからないってこと?」
ジスト・サルファー・スピネル・・・子供達の気まぐれ待ち。
状況を理解できる歳になるまで、数年。
運が良ければ今日かもしれないが、それこそ数年先になる可能性もあるのだ。
「あっ!そうだ!スピネルっ!」
スピネルとなら普通に会話ができるはず。
「ね、スピネル、起きて」
しかし、ヒスイがいくら話しかけても、いつもの聡明な声は返ってこなかった。
「そんなぁ〜・・・おにいちゃぁん〜・・・トパーズ〜・・・」
「・・・とにかく、これ以上ここにいても仕方がない。屋敷に戻るぞ」
ちゅっ。ちゅ。
物言わぬ石像達に“ただいま”のキス。
そんなヒスイの姿は痛々しいものがあった。
この状態が数年続くとあれば、尚更。見ていられない。
一番に望むのはヒスイの幸せ、なのだ。
泣き顔や沈んだ顔は見たくない。
「・・・・・・」
(なんとかしてやりたいが・・・)
思いつく方法は一つしかない。
しかも完全な憎まれ役。
「・・・・・・」
はぁ〜・・・っ。
「・・・ヒスイ」
「ん?」
「・・・やるぞ」
オニキスが提案したのは最初と同じ方法で、今度は子供達を煽るという。
「母親の身が危なくなれば、何とかしようとするだろう」
それに賭けたい。
「手荒な手段だが・・・」
「ううん。平気。やる」
確認するまでもなくオニキスのことは全面的に信用している。
ヒスイは二つ返事で応じた。
白昼堂々の情事。
ジストとサルファーを並んで座らせ、目の前で抱き合う。
・・・演技だ。
「・・・・・・」
背中のチャックを下ろして、ゆっくりとヒスイの服を脱がせる。
小さく華奢なヒスイの体・・・幼女趣味ではない筈なのに、未成熟な感じのするこの体が愛おしくて堪らない。
まずは肩に口づける。
それから、首筋と、鎖骨。
オニキスが正気を保っていたのは、ここまでだった。
「ん・・・っ」
キスを繰り返し、大きな手の平でヒスイの乳房を包み込む。
「え・・・っ?あれっ?オニキス?」
胸を掴まれたヒスイが慌てる。
(でもオニキスだし。演技に熱が入ってるだけ、だよね??)
万が一でも、スピネルがいる。
実の父親を吹き飛ばすくらいだ。
最悪の事態は免れる筈・・・ヒスイはそう考えた。
(とりあえずこのまま様子を・・・)
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