トパーズの朝。
「・・・・・・」
珍しく早起きしたのが仇になった。
夫婦の濡れ場を見るのは、極力避けてきたというのに。
飲料水を求め、1階へ降りたのが間違いだった。
「ほうら、甘いよ?」
リビングの暖炉の前で。
コハクがジーンズからペニスを覗かせた。
ヒスイは今朝もコハクのシャツ一枚で、床に侍り、奉仕だ。
「ん・・・あまい」
それは、午後3時の顔。
おやつを頬張る時と同じ表情でコハクのペニスを口に含むヒスイ。
嬉しそうにしているのが、トパーズの勘に障る。
この不愉快な感情は“嫉妬”だとわかっていた。
こんな時。
理不尽なのは自分の方でも、出て行って、殴りたくなるのだ。
・・・コハクを。
ちゅぱっ・・・
「あ・・・」
コハクが腰を引き、ヒスイの口からペニスが抜けた。
「中でイカせて・・・ね」
「うん」
コハクが下。ヒスイが上。
ヒスイの腰に手を添え、ペニスに跨るよう導くコハク。
「そう・・・ゆっくり・・・よく・・・見せて」
「んうっ・・・あっ、あ・・・」
ふっくらと柔らかい割れ目が亀頭に被さり、徐々に、全体を咥え込んでゆく。
「っ・・・おにいちゃ・・・あ、あんっ・・・」
ペニスがびっちり穴を塞いだところで、コハクは上体を起こした。
「よしよし」
「ん・・・おにいちゃぁ・・・」
ヒスイを膝の上に乗せ、火照った体を抱きしめる。
髪や頬を撫で、瞼や首筋にキス。
優しくあやしながら、腰を揺らし。
その度に、ヒスイが悦び、喘ぐ。
とても、甘えた声で。
・・・その先は見ていない。
最悪の朝。
よりにもよって、この後ヒスイと出勤しなければならないのだ。
エクソシスト本部。
総帥のセレナイトから二人へ、直々にお呼びがかかっていた。
「トパーズ!お待たせっ!」
制服を着ればいつものヒスイ。
先程の姿は見る影もなく。
「じゃ、いこっ!」
無邪気な笑顔で近づいてくる。
傍に寄れば寄る程、石鹸の匂いが強くなった。
今更ではあるが、そんな事にも腹が立つ。
今朝もたっぷりと自分の精をヒスイに注入したので、コハクは上機嫌。
総帥への手土産を持たせ、二人を潔く送り出した。
「気をつけていっておいで。総帥によろしく」
道すがら。
「・・・・・・」
トパーズは当然の如く不機嫌で。
「トパーズ?どうしたの?機嫌悪い?」
能天気なヒスイが下から覗き込む。
不機嫌には気付いても、その理由を悟る気配は微塵もなかった。
特に会話もなく、二人は一路エクソシスト正員寮を目指した。
エクソシスト正員寮。
寮の最上階にある司令室にて。
机越しの椅子が回転した。
腰掛けているのは、温厚な顔立ちの紳士だ。
特例エクソシストのトパーズと、仮パートナー“春夏秋冬”のヒスイ。
「君達を呼んだのは他でもない」
静かな語り口。そして。
「顔が見たかったから」
「・・・・・・」「・・・・・・」
「私はね、君達がこんなに小さな頃から・・・」
身振り手振りで得意になって話す、昔話の好きなこの男こそが、エクソシスト総帥セレナイトだ。
メノウ・コハクと旧知の仲で、それこそヒスイが産まれる前から縁があるのだ。
本人は“人間”と主張するが、かれこれ100年以上も30代前半の姿のままである。
「さっさと用件を言え」
トパーズに軽くあしらわれ、苦笑い。
「君達に頼みたい事があってね」
「え?ユニコーンの角?」
ヒスイが怪訝な顔で繰り返した。
「魔法医師協会からの依頼でね」
ユニコーンの角は魔法薬の材料として使われてきたが、近年は入手困難な状態が続いており、その価値は高騰する一方だった。
「だってユニコーンは穢れなき乙女にしか・・・」
心を開かない、と言われている。
美しい外見の馬だが、気性は獰猛なのだ。
穢れなき乙女・・・つまり処女でなければ近づく事さえできない。
「近頃は面喰いのユニコーンが増えてね、ヴァージンというだけではなかなか・・・」
入手困難の原因はその辺りにあるようだ。
「それで?コレのどこが“穢れなき乙女”だ?」
ヒスイを「コレ」と称すのは・・・トパーズ。
ペシペシと上からヒスイの頭を叩いて言った。
「こいつは使えない」
セレナイトとは長い付き合いなのだ。
一族の内情を知らない筈がなかった。
普通に考えれば、わざわざ自分達二人に与えるべき任務ではない。
「大本は最初に述べた理由だよ」と、セレナイト。
“二人の顔が見たい”
それが一番の目的であって、頼み事はオマケのようなものだ。
ヒスイが穢れなき乙女かどうかなど最初から問題ではなかった。
ついでの任務。
だが、その内容は案外難易度が高かった。
入手方法は問わないが、平和的に。
最後にそう念押しされ、二人は司令室を後にした。
部屋を出てすぐの廊下で。
「どうしよっか、おにい・・・あ」
ヒスイはパートナーの名前を間違えるという大失敗をした。
(ま、間違っちゃった・・・まずいわ)
じんわり冷や汗。
この失言は確実にトパーズを怒らせる・・・それくらいはヒスイでもわかる。
「ごめん。トパーズ」
訂正。謝罪。恐る恐る上を見上げる、と。
「・・・・・・・・・」
怒りが露骨に表面化していた。
「あ・・・えっと・・・」
ただでは済まない気配を察し、逃げ腰になるヒスイ。
「そうそう!親子で出掛けるのも久しぶりよねっ!」
・・・また口を滑らせた。
“親子”という単語にピクッ。
「親子・・・だと?」
相次ぐヒスイの失態は今朝のイライラに上乗せされ、トパーズの眉間に寄った皺が更に深くなった。
「オレはお前を母親とは思えない。これからも、ずっとだ」
「・・・うん。ごめんね」
トパーズの言葉を受け、ヒスイの表情が曇る。
「・・・誤解のないように言っておく」
「え・・・?」
トパーズはヒスイの顎を掴み、ギリギリまで唇を寄せた。
キス、寸止め。
「・・・こういう事、だ」
妙な勘違いをされると困る。
それは男女の恋愛感情という意味で。
昔のような確執があるわけではないのだ。
熱い息がかかる距離。
だが、ここで一線を越えたらまた騒動だ。
今は我慢するしかない。
「・・・は・・・離して」
ヒスイが視線を逸らした。
「・・・・・・」
自制心に比例する意地悪心。
欲望を抑えようとすればする程、鬼畜な気分になって。
トパーズは逃げようとするヒスイを捉まえ、指を二本口へ突っ込んだ。
「んむっ!?」
「・・・ほうら、甘いよ?」
ヒスイの耳元で、コハクの口調を真似て、ニヤリ。
「!!!」
(見てたの!?)
動揺したヒスイは頬を真っ赤に染めた。
「同じようにやってみろ」
「あ・・・えぅ・・・」
トパーズは指先でヒスイの口内を愛撫し、淫らな唾液を溢れさせた。
「けふっ・・・やめ・・・」
今にも泣き出しそうなヒスイ。
どうにもならない関係の憂さ晴らしに。
(このまま泣かせてやる)
そう思った矢先・・・
ガブッ!!
「・・・・・・」
思いきりヒスイに指を噛まれた。
窮鼠猫を噛む。そんな状態で。
切羽詰まったヒスイが精一杯の抵抗をした。
どのみち、泣かせる事はできても、イカせる事はできない。
トパーズはヒスイの口から指を抜いた。
「意地悪っ!!」
口元の涎を拭い逃げ出すヒスイを・・・追いかけない。
嬲って、気が済んだ。
「さっさと片付ける」
ついでの任務に妊娠中のヒスイを連れて行く気はなかった。
城の方向へ逃走したので、シトリンのところにでも行ったのだろう、と。
むしろその方が都合が良かった。
「とりあえず屋敷に戻るか」
“穢れなき乙女”の調達も面倒だ。
可能性は低いが、魔法医師のメノウならユニコーンの角を持っているかもしれない。
運が良ければ、骨を折らずとも入手できる。
そう考え、トパーズは一旦屋敷へ引き返す事にした。
赤い屋根の屋敷。
ジストの朝。
「と〜ちゃん、おはよぉ」
くしゃくしゃの寝癖頭でジストが二階から降りてきた。
サルファーは家を出て、子供は今ジストひとりだ。
じきもうひとり増えるが、少し寂しい。
「おはよう、ジスト」
エプロンをしたコハクがにこやかに迎えた。
「あれ?ヒスイは?」
「出掛けたよ、トパーズと」
「・・・え?」
一気にジストの眠気が吹き飛んだ。
「兄ちゃん・・・と、ヒスイが・・・何で?」
「総帥に呼ばれたんだ」
それよりも・・・と。
コハクが話題を変えた。
「そろそろメノウ様を起こしてきてくれる?」
屋敷2階。メノウの部屋。
「うわ・・・じいちゃんの部屋相変わらずゴチャゴチャ・・・」
屋敷で唯一片付かない部屋。
今日は特にひどい。
あらゆる物が散らばっていて、足の踏み場もなかった。
「じ〜ちゃん?」
ベッドの上にメノウの姿はなく。
ゴソゴソ・・・音がした。
どこかにいるようだが、メノウの部屋は広く、何ヵ所も棚で仕切られているので見通しも悪かった。
ジストが見たこともないような道具や古びた書物。
割れ物なんかも混ざっていて。
(踏んだらやばそう・・・)
爪先立ちで歩くジスト。
「じいちゃん?どこ?」
「ん?なんだろ・・・」
メノウを見つける事ができないまま、ジストは向かいの棚でキラキラ光るものを発見した。
「カツラ?」
見事な銀髪の。
昔、メノウがヒスイになりすます為に使用していた物だった。
「ヒスイの髪みたい」
それもその筈。ヒスイの髪を培養し、製作したのだ。
「綺麗だな〜・・・」
自分も同じ銀髪なのだが、そんな事は頭になく。
後は好奇心とちょっとした出来心で・・・装着。
その時、部屋の扉が開いた。
「おい、ジジイ・・・」
「え!?に、兄ちゃんっ!?」
両者ビックリ。瞳を見開き、一瞬固まった。
「オレっ!そういう趣味ないからっ!!」
我に返ったジストが慌てて弁解・・・だが。
「丁度いい。そのまま被ってろ」
「え?え?」
「・・・スピネルに負けない美人だ」
いかにも企みがありそうな褒め言葉。
「協力しろ」
トパーズはジストを屋敷から連れ出した。
モルダバイト城下。
「ユニコーンの角?穢れなき乙女?」
「そうだ。お前がやれ」
“穢れなき乙女”役。
顔立ちの良さは当たり前の事として。
「処女も童貞も似たり寄ったりだ」
要は、未経験なら。
少なくともヒスイよりは見込みがある、と。
街角の洋服屋で適当なワンピースを購入し、ジストに押し付ける。
「え!?こんなの着るの!?やだよっ!オレ、男だもんっ!!」
「着ろ」
問答無用と睨み付けるトパーズ。
「お前は・・・弟だ」
「そんなの・・・わかってるよ」
親子でも。兄弟として生きると決めた。
とはいえ、簡単に割り切れるものでもなく。
密かに思い悩むジストをよそに。
「・・・少ない脳ミソで考えるだけ無駄だ」
トパーズが言い放つ。
『弟は、兄に従え』
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