引き続き・・・モルダバイト城下。


「待って・・・っ!トパーズってば!」


「兄ちゃんっ!ヒスイだよ!何で無視すんの!?」
「・・・・・・」
ヒスイの声は聞こえないフリでやりすごそうとするトパーズのシャツをジストが引っ張る。
「はぁっ!はぁ・・・やっと追いついた・・・」
「・・・何でお前がここにいる」
「“穢れなき乙女”って言うから、ジョールに協力して貰おうかと思って」
逃げ出したその足でジョールの家に行ったのだという。
しかしジョールは留守で。
「イズとデートしてるのね、きっと」
諦めて屋敷に戻ろうとしたところ、偶然トパーズを見つけたという状況だ。
虐めを受けた事はもう忘れている。
「あれ・・・?」
毎度のことながら気付くのが遅い。
女装したジストの存在をやっと認識し、しげしげと眺めるヒスイ。
「・・・どこかで見た顔ね」
スピネルと初対面した時と同じ台詞を口にした。
「オレだよっ!オレ!!」
「・・・ジスト?あ、そっか」
馬鹿っぽくても馬鹿ではない。
ジストが“穢れなき乙女”役と理解し、ヒスイは無邪気に笑った。
「よろしくね、ジスト」
「え!?あ、うん」
あまりその気はなかったのだが、ヒスイの笑顔に負け・・・
「任せといて!!頑張るよっ!オレっ!!」



マーキーズ国。エルフの森。

太さ、長さ、密度や鮮度、そういったものでユニコーンの角もランク付けされる。
この森に棲むユニコーンの質が最も良いとされていた。
ちなみに“エルフの森”とは近隣に住む者達による俗称である。


「ここから先はお前一人で行け」


美しく茂る森。
一層緑が濃くなったところで、トパーズとヒスイは足を止めた。
この先がユニコーンの住処なのだ。
「え・・・兄ちゃんも一緒に・・・」
「行けるか、馬鹿」
残る二人は処女でも童貞でもない。
共に進んだところで、ユニコーンは姿も見せないだろう。
(そうだ、兄ちゃんはヒスイと・・・だからオレがいるんだもんな・・・)

ちらっと。

ヒスイのお腹を見る。
まだ目立たないが、そこには新しい命が宿っている。
(まさか・・・兄ちゃんの子だったり・・・)
休日は決まって、昼寝をするヒスイの傍で本を読んでいるトパーズ。
ヒスイにしょっちゅうちょっかいをかけているのも知っていた。
(だめだ!そんな事考えちゃっ!!ヒスイは「してない」って言ったんだから!!疑うなんて最低だ!)
思考が正常に戻ると同時に、自分への罰。
木の幹に額を強打し・・・
「ジスト!?何やって・・・」
「ごめんっ!!ヒスイ!!」
「は?」
ヒスイの両手を握り、勝手に詫びを入れた。
「いってくるっ!二人はそこで待ってて!!」

「何だ、アイツ」着火する予定のない煙草を咥えるトパーズ。
「さぁ?」ヒスイも首を傾げ、弾む銀髪を見送った。



森の奥。

「は〜っ!空気がうまいっ!」
ユニコーンの住処とされる場所でジストは大きく深呼吸をした。
十数年に一度生え替わるユニコーンの角。
ユニコーンは抜けた角を隠す習性があるらしく、気に入った“穢れなき乙女”にしかその在処を明かさない。

澄んだ泉のほとりで。

「オレ、ちゃんと女の子に見えるかな」
水面を鏡代わりに覗き込む。すると・・・
額に角を持つ白馬が水面に映った。
(きたっ!!)
緊張でジストの鼓動が早くなる。

“目があったらとにかく微笑め”

トパーズから教えを受けていた。
振り返り、道中何度も練習した乙女スマイルでまず一頭。

ブルル・・・

ユニコーンは大いにジストを気に入った様子だった。

“寄ってきたら首筋を撫でてやれ”

それもトパーズの入れ知恵だ。
普通の馬より一回りは大きい。
雄々しく、高潔な一角獣、ユニコーン。
「・・・美しき乙女よ。お相手願えるか」
(しゃ・・・しゃべった!!)
そこで今度はヒスイのアドバイスを思い出す。

ユニコーンはね、綺麗な女の子とお喋りしたいの。
自分達は滅多に森から出ないから、外の様子を聞きたがると思うわ。

しばしのトークデート。
そのお礼に角が貰える・・・入手手順はだいたいそんな感じらしい。

それから小一時間。

ジストは鬣の立派なユニコーンと共に過ごした。
元々、人懐こく、話し好きであるため任務という意識もなく、心から会話を楽しんだ。
相手のユニコーンは感激し、お礼の品である角を惜しみなくジストに与え・・・
何もかもが上手くいく予定だった。

ところが。

穢れなき乙女の美しさと、明るい笑い声に他のユニコーンも集まってきたのだ。
その数は10頭を越え・・・
「美しき乙女よ。お相手願えるか」
同時に申し込みが殺到し、勃発する乙女争奪戦。
みるみるうちに積み上がるユニコーンの角。
先を争うユニコーン達が、乙女の気を引こうとありったけ持ってきた。
「角は全て捧げる」「私とて」「乙女よ、私と」「いいや、私だ」
「ちょっ!ちょっと待ってよっ!」
段々と、ユニコーン達の間に不穏なムードが広がる。
しまいには、あちこちで雄同士の戦いが始まってしまった。
口喧嘩ならまだいいが、角を武器に互いを傷つける争いにまで発展し、いつもは静寂な森が騒然となった。
「なんでこうなっちゃうんだよ・・・やめてよっ!!」
ジストが叫んでも、乙女獲得に夢中な雄達は耳を貸さない。
そしてついに・・・


「“穢れなき乙女”なんかじゃない!オレ!ホントは男なんだっ!!」


ジストの口から“男”という単語が飛び出し、一斉にユニコーン達の動きが止まった。
「チンチンだってちゃんとついてるよ!!」
ワンピースの裾を両手で捲り上げる・・・と、トランクス。
計12頭のユニコーンが顔を近づける。
股の間に乙女にはない筈のものが・・・確かに。



「ジスト、大丈夫かな」

予定時刻を過ぎてもジストが戻ってこないので、ヒスイは心配顔で。
「・・・何?この音」
地鳴り。それから直ぐ。


「わぁぁぁぁ!!!」ドドドドド!!!


ジストが現れた。
怒り狂ったユニコーンの群れを引き連れて。
「ジストっ!?」
「ち・・・あの馬鹿。性別バラしたな」
プライドの高い種族なので、穢れなき乙女が男と知り、逆上していた。
先頭のユニコーンの角で尻を突かれ、飛び上がるジスト。
「わっ!いてっ!!」
狙われ体質で、追いかけられることに慣れているジストでも、この事態には当惑していた。


「・・・止まれ。馬」


トパーズの一言。
それは呪文だった。
ジストを追いかけ回していたユニコーン達の時間を止めたのだ。
森に静寂が戻った。
「拾ってこい」
「うん」
トパーズからヒスイへ。
まるで手下にでも命令するかのように。
静止したユニコーン達の間を抜け、ヒスイは森の奥へと進み、山積みされた角を袋に詰め始めた。
「え?ソレ持ってっちゃうの?」
騙し取ったみたいで、どうにもジストの良心が痛む。
「これは・・・」
いつもの偉そうな態度で、トパーズがもっともらしい理由を述べた。
「入手困難なユニコーンの角に代わる物質を開発する為の研究材料として使われる。抜けた乳歯のようなもので、本来奴等には必要のないものだ」
更にヒスイが付け加える。
「開発に成功すればハンターに狙われる事もなくなるわ」
「でも・・・あ!そうだっ!」
閃きでジストの瞳が輝いた。
「あっちに花畑があるんだ!」
黙って持ってゆくのも気が引けるので、感謝の気持ちを込め、一頭一頭に花輪を贈りたい・・・そうジストが提案した。
「角に掛けてから帰ろうよ!」



「・・・まぁ、いいんじゃない」と、ヒスイ。
「勝手にしろ」と、トパーズ。
花畑へと場所を移し。
「「う〜ん」」
ジストとヒスイが同時に唸った。
二人ともあまり手先が器用ではなく、花輪はボロボロだ。
ちょっと持ち上げただけで、解けて、崩れる。
これではユニコーンにも花にも申し訳ないというもの。
「「う〜ん」」
「・・・お前は花を摘んでこい」
見かねたトパーズがジストに言った。
完成した花輪は10個。
編み上げたのはすべてトパーズだ。
「・・・指、痛い?」
「別に」
せっせと花を編むトパーズの指にはくっきりヒスイの歯形が残っていて、少し血が滲んでいた。
「ごめん・・・強く噛みすぎたわ」
「・・・・・・」
トパーズは何も言わなかった。
「可愛いね、ジスト」
少し先で懸命に花を摘んでいる。


「・・・もう一人産ませてやろうか」


もちろんそれは冗談ではなく、本気の誘いだった。
対してヒスイの返答は、実にあっさりと。
それでいて隙のないものだった。


「いい。お兄ちゃんに頼むから。次も。その次も。ずっと」


「クク・・・」
「何で笑うの?」
(成る程・・・)
父上もこうして玉砕し続けているのか。
今になってやっと、オニキスの気持ちが理解できる。
(相手にされないとわかっていても、離れられない・・・か)
自分も同じ道に踏み込んだと思うと、皮肉すぎて笑えた。
(まったく・・・酔狂だな)

「ホラ」

「え?」

ヒスイの頭にのったのは、花冠。
「・・・余った」
正確には「余る予定」なのだが、ジストが摘んでくる分を見越して。
丁度そこにタイミング良くジストが花を抱えて戻ってきた。
「わ・・・ヒスイ可愛いっ!!」
花の香りと夕焼けの色に包まれて。
ヒスイは素直に喜び、笑った。
「ありがと」



黄昏の帰り道。

森から一番近い村の教会へ向かう一行。
そこに往復仕様の魔法陣を開通させていた。
「・・・お前等、先帰ってろ」
教会目前の路上で、トパーズは一頭のユニコーンの気配に気付いた。
(角を取り返しに来たか・・・)
角をしこたま詰めた袋は自分が担いでいる。
夕飯のメニューの話題で盛り上がるヒスイとジストを先に行かせ、トパーズは一人その場に残った。
間もなく、一頭のユニコーンが現れた。
警戒心の強いユニコーンが住み慣れた森を離れる事は殆どない。
それが・・・穢れなき乙女の一行を追ってきた。
花輪をしていないので先程のユニコーン達とは違うようだ。
どことなく風格もある。
(群れの長か・・・)
“神”の身分を明かせば話は早いが、存在が広まるのも煩わしい。
人間界では一般の高校教師として生活したいのだ。
エクソシストという立場上、揉め事を起こす訳にもいかず、平和的に解決するには・・・交渉取引。
トパーズがそこまで考えたところで。


「先程は若い衆が失礼をした」


思いがけない贈り物に皆、喜んでいた。と、ユニコーンの長は続けた。
角が欲しい時はいつでも森へ来るといい。
穢れなき乙女・・・もとい心優しき少年にそう伝えて欲しい。
一方的にそれだけ述べ、長は森へと帰っていった。
遠ざかる蹄の音が小気味良い。
ジストの気持ちが、伝わったのだ。
トパーズは煙草の先に火を灯し、笑った。


「・・・上出来だ」



屋敷裏口。

マーキーズで一服し、少し遅れて帰路に着いたトパーズ。
到着してすぐ、頭に花冠をのせたヒスイの後ろ姿が目に入った。
(まだ外をうろついてたのか)
「・・・・・・」
仄かな花の香り。
コハクに奪われてしまう前に。
(・・・ここまできたら親も子もない)
両手を伸ばし、ヒスイを捉える。
背後から強く抱き寄せ、これでもかと愛情たっぷりに耳を噛んだ。


「・・・10年待ってろ」


そのまま、耳元で甘く囁いて。
・・・ぎょっとする。
「に、兄ちゃんっ!?」
「・・・・・・・・・」
(やられた)
さっきまでヒスイが着ていた制服、そして、ヒスイに与えた筈の花冠。
それらをジストが身に付けていること自体、通常では有り得ない。
コハクが手引きしたに決まっている。
ヒスイよりジストの方が数センチ背が高いのだ。
同じ髪型でも、よく見れば間違える事もなかったのだが、花冠がのっていた事でヒスイと思い込んでしまった。
見事コハクの策略に嵌り、ジスト相手に大恥だ。
あまりの悔しさに言葉も出ない。
「何っ!?今の!?10年って!?」
噛まれた耳を押さえて騒ぐジスト。

ゴッ!!

黙らせるのに、とりあえず一発殴る。
このまま記憶も飛んでしまえ!と、思う。
「ってぇ!何すんだよっ!!」
「・・・ガキはクソして寝ろ」



その頃。室内リビング。

本物のヒスイはコハクの腕の中にいた。
何度もただいまのキスをした後で。
「ね、お兄ちゃん、何でわざわざ・・・」
ジストと服を交換しなければならなかったのか、ヒスイにしてみれば謎だ。
「今頃たぶん面白い事になってるよ」
コハクは、帰宅した二人を直ぐ着替えさせ、ジストに、後ろ向きで、裏口に立つよう指示した。
きっかけは・・・花冠。
(ヒスイに花冠って・・・可愛いけど!!)
トパーズからというのが許せない。
普段は意地悪なくせに、たまに優しくする。
(油断ならない奴だ!!)
沸々と、燃え上がるジェラシー。
そこへ。


「・・・ハメたな」
「あ、ハマった?」


美しく邪悪な笑みを浮かべるコハク。
次の展開に備え、ヒスイを避難させた。
「イケナイなぁ。人妻を口説いちゃ」
挑発されたトパーズが襟首を掴んだ瞬間に、頭突きで先制攻撃。
「溜まったモノは、僕が発散させてあげよう」
「余計なお世話だ」
怯まずトパーズもやり返す。
「・・・貴様、殺す」
「ははは!死ぬのは君だ」
「お?久々にやるかぁ」
審判役のメノウもリビングに顔を出して。
男3人が連なり、表へ。
「ヒスイっ!止めないの!?」
いつも以上に派手な喧嘩になりそうで、ジストはオロオロ・・・
「うん。だってお兄ちゃんいつも言ってるもん」
ヒスイは後を追う様子もなく。
たまに変な物が飛んでくるので、しっかりと窓を閉めて。
「あれがね・・・」


家庭円満の秘訣なんだって。




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