「え?お父さんと二人で?」
「そ、駄目?」
父メノウから、温泉旅行に誘われたヒスイ。
「いいよ!いこっ!」
たまには親子水入らずで・・・というメノウの言葉に快く頷いて。
「じゃあ、お兄ちゃんに・・・」
「あいつの了解はとってあるよ」
(な〜んて。嘘だけど)
メノウの悪戯企画。
魔界で見つけた温泉に娘と、娘を愛する3人の男を招待する。
(俺が見たところ・・・)
コハクはトパーズに弱く。
トパーズはオニキスに弱く。
オニキスはコハクに弱い。
見事に3すくみの状態。
そんな男達の愛を試す余興を行う予定だ。
エントリーナンバー@
洗濯好きな男、コハク。
ヒスイの下着を洗うことが、至上の喜びである。
梅雨明けの、晴天。
軽めにえっちを済ませ、気分爽快だ。
ところが。洗濯を終え、室内へ戻ると・・・
(ヒスイが・・・いない!?)
リビングの然るべき場所に、然るべき姿がない。
「ヒスイ!」「ヒスイっ!」「ヒスイぃぃ〜!!」
ヒスイの名を呼びながら屋敷中を探し回ったが、いない。
(どこいったんだ!?)
「ヒスイが僕に黙っていなくなるなんて・・・」
そんな躾はしていない。
「・・・・・・」
(まさか・・・誘拐!?)
いてもたってもいられなくなり、コハクは屋敷を飛び出した。
愛用の剣を手に。
「・・・ん?なんだ、コレ・・・」
鞘に貼り付けられた一枚のメモ。
コハクの行動パターンを知り尽くしているメノウの仕業だった。
温泉の場所が記された地図と・・・脅迫文。
“ヒスイは預かった。返して欲しかったら、此処へ”
「ヒスイが・・・メノウ様に攫われたぁぁ!!」
エントリーナンバーA
仕事明けの男、トパーズ。
昨晩は家に帰れなかった。
徹夜で仕事を片付け、やっとの帰宅。
仕事の疲れを癒すには、ヒスイ虐めに限る、と。
習慣的に、トパーズはヒスイの姿を探した・・・が。
リビングの然るべき場所に、然るべき姿がない。
(・・・どこへいった)
不審に思いながら、とりあえず自室に戻る。すると。
「・・・・・・」
ベッドの上がこんもり。
夏用の上掛けにくるまった“何か”が視界に入った。
(・・・ヒスイ?)
どこででも寝る女。
たまに息子のベッドで昼寝をしている事がある。
この塊がヒスイなら。
「可愛がってやる」と、ニヤリ。
しかし。
上掛けを捲ると、正体は客用の枕数個だった。
(くだらない悪戯だ・・・ジジイめ)
仕掛け人はメノウであるとすぐに気付く。
コハクと同じ文面のメモが枕の上に置いてあった。
「・・・馬鹿馬鹿しい」が、面白そうだ。
「まあいい。付き合ってやる」
エントリーナンバーB
平和な休日を過ごす男、オニキス。
国境の町ペンデローク。郊外。
「オニキス、ママから手紙が来たよ」
「ヒスイから・・・だと?」
絶妙なタイミングでポストに届いた一通の手紙。
「・・・・・・」
(怪しい・・・)
ヒスイから、温泉旅行のお誘い。
“ここで待ってる”
たった一行のシンプルな走り書きと、温泉までの地図が記されていた。
くすくす・・・スピネルが笑う。
「行ってみれば?」
「・・・・・・」
紙面のそれは、ヒスイの筆跡を真似たメノウの文字で綴られ。
「・・・魔界、か」
ロクな事がないとわかっていても、惚れた弱みで体が動く。
待っているのは・・・ヒスイか。メノウか。
「とにかく・・・行ってくる」
・・・結果、男3人が魔界の温泉旅館で合流した。
魔界は実に様々なエリアに分かれており、醜悪な魔物がひしめく地獄のような場所もあれば、人間界に似た場所もあり、そこでは魔物が人間と変わらない暮らしをしていた。
観光名所として近頃評判の魔界温泉。
各界からの観光客を持て成す旅館は瓦屋根の渋い外観だ。
そして・・・ホトトギスの間。
指定された部屋まで3人一緒だった。
「・・・・・・」「・・・・・・」「・・・・・・」
気が早いことに、布団が三組敷いてある。
代表、コハク脳内。
(冗談じゃない、男3人で川の字なんて)
・・・と、他の二人も同じ事を思っていた。
誰が真ん中になるかで揉めるのは必至だ。
“まずはこれに着替えて”
メノウの手によって書かれたメモが今度は浴衣の上にのっていた。
「・・・・・・」「・・・・・・」「・・・・・・」
コハク。トパーズ。オニキス。揃いの浴衣で3人並ぶ。
もう誰も、何も、言いようがない。
「・・・ジジイ、何が目的だ」
ヒスイを攫ったメノウはまだ姿を見せず。
トパーズは煙草を咥え、ぼやいた。
腕を組み、オニキスも溜息を洩らす。
「メノウ殿の悪戯癖は何年経っても変わらんな」
最後にコハクが呟やいた。
「まさか・・・この機に仲良くしろなんてことじゃ・・・」
(((絶対無理だ)))
「僕はヒスイを探してきます」
(男3人で連んでる場合じゃない!とにかくヒスイだ!ヒスイ!)
ヒスイがいないと日常生活に大きな支障をきたすのだ。
(この旅館のどこかにいるんだ。何が何でも探し出す)
コハクは振り向きもせず、単身ホトトギスの間を後にした。
「・・・・・・」「・・・・・・」
部屋にはオニキスとトパーズが残された。
育ての親と、その子供。
「・・・どうだ?一杯やるか」
オニキスが好んで飲む銘柄のワイン。
何故か、それがちゃんと用意されていた。
二人きりで顔を合わせるのは本当に久しぶりで。
何年間も向き合う機会がないまま過ごしていたのだが、温泉旅館で、同じ浴衣を着ているせいもあってか、くだけた雰囲気だ。
浴衣でワインという妙な構図。
軽くグラスの縁を合わせてから、両者ワインを口へと運んだ。
ここまでの経緯や子供達の話題で意外な程話は弾み・・・談笑。
「トパーズ」
「はい」
「・・・ヒスイが、好きか?」
不意にオニキスの口から出た言葉が空気を一変させた。
「・・・・・・」
トパーズは閉口。愛のキャリアが違う。
自分が産まれる前からヒスイを愛してきたオニキスに、その質問をされるのが怖かった。
今にして思えば、そういう理由でオニキスを避けていたのかもしれない。
育てて貰った恩があるにも関わらず、しでかした数々の親不孝を自覚していた。
長い沈黙の後・・・
「・・・すみません」
肯定の謝罪。
「なぜお前が謝る?」
オニキスは微笑みを深くして、恋愛の自由を諭した。
「何も気兼ねする事はない」
愛しても。愛しても。報われない者同士。
「・・・歓迎する」
オニキスにしては珍しく、少々強引に、乾杯。
それからこう語った。
「コハクは、ヒスイの為なら全てを捨てる覚悟ができている男だ」
「オレには・・・それができるかどうかわからん」
捨てるには・・・愛しいものが増え過ぎた、と。
温かい視線がトパーズに注がれる。
「すでにこの時点で、コハクには敵わないのかもしれんが・・・」
共に、足掻いてみるか。
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