エントリーナンバーAトパーズ。

「クク・・・見つけたぞ」
「トパーズ!?」
「・・・脱げ」
ヒスイの浴衣の帯を掴んで捕獲。
禊ぎをさせるため脱衣を強要した。
「やっ・・・ちょっ・・・!そうだっ!トパーズにもお土産あげるからっ!!」
ヒスイは慌てて傍らの買い物カゴを引き寄せた。
“熱くて火傷する温泉”には入りたくない。
誤った理由から、勘弁して欲しいと哀願するヒスイ。
「・・・・・・」
土産といっても、代金を支払ったのはトパーズだ。
その上、ヒスイが差し出したのは・・・


お○ぱいチョコ。


ホワイトチョコレートを乳房の形に加工したものだ。
先端のピンク部分はイチゴ味となっている。
一口サイズの個別包装で透明な円柱形の入れ物にたくさん詰まっていた。
「・・・お前、オレを何だと思ってる」
「え?だって、好きでしょ?」
ヒスイなりに真剣なチョイスだったらしい。
「・・・本物よこせ」
押し倒し、浴衣の上から掴む胸。
たいした膨らみもないが。
「・・・バカ」
「ひあっ・・・こらっ!やめっ・・・!」
じたばたと藻掻くヒスイを押さえ込む。
ギリギリまで追いつめて困らせるのが・・・楽しい。
見事に歪んだ愛で、ヒスイ虐めに没頭・・・そして、思う。


この体が愛しい。


この体に残した罪が愛しい。


自分だけのものにしてしまいたい気持ちはあれど、一緒に罪まで消したいとは思わない。
“ヒスイを処女に戻す事は、罪から逃げるに等しい”と、トパーズは考えた。
「・・・やめた」
「へ?」
(罪は・・・この体に重ねる事にする)
トパーズの密かな決意を以て。
「だが・・・出張料はいただくぞ」
冗談なのか本気なのか、次に狙うはヒスイの唇。
強く顎を掴み、強引に奪おうとするが・・・

くしゅんっ!

「・・・・・・」
ヒスイの口からくしゃみが出た。

くしゅんっ!くしゅんっ!くしゅんっ!!

トパーズが唇を寄せる度、飛び出すくしゃみ。
「お前・・・喧嘩売ってるのか・・・」
「な、なんか鼻がムズムズして・・・でもキスは・・・しちゃだめ・・・くしゅっ!」
「・・・・・・」
ことごとく、ムードをぶち壊すヒスイ。
「このバカ・・・」
「え・・・?」
トパーズは舌打ちの後・・・ヒスイの頬にキスをして、離れた。
「・・・残りはツケだ」



「はい!!終了!!」
トパーズを突き飛ばし、ヒスイを回収したのはコハクだ。
「お前が邪魔するから・・・」と、背後でメノウがぼやく。
「ヒスイが蹂躙されるのを黙って見てろって言うんですか」
「蹂躙って・・・大袈裟だろ」
乱入しようとするコハクを抑えるのに手一杯で、二人の様子を見られなかったメノウ。
メノウを振り切るのに手こずって、二人の様子を見られなかったコハク。
お互い文句を言いながらの登場となった。
「メノウ様の企画に無理があるんでしょ」
「・・・おい、ジジイ」
トパーズも仕込まれていた事に気付き。
「全部嘘だな?」
「その通り」
メノウは堂々と嘘を認めた。
「そんなアホみたいな温泉あるわけないだろ」
オニキスに順番が回る前に暴かれてしまったが、幸いここにオニキスはいない。
(嘘?アホみたいな温泉??)
紅一点のヒスイは全く意味がわからず、男達が何をそんなに揉めているのか、首を傾げるばかりだっだ。
(結局何なの?この温泉・・・)



メノウとオニキス。

仕切り直しで、少し時間を置いてからの再開だ。
まずは“禊ぎの湯”捏造話。
コハクやトパーズをまんまと嵌めた話術で、甘く誘惑する、が。
「わかった。ヒスイには控えるよう伝える」
「え?それだけ?」
「それだけだが」
オニキスは“禊ぎの湯”の効能に食い付かなかった。
「処女に戻る必要がどこにある?」
処女でも、そうじゃなくても。
「ヒスイはヒスイだ」
(・・・大人だなぁ・・・こいつ)
昔からオニキスはからかい甲斐がない。
「お前さ、独占欲とかないの?」
一際顕著な男二人の後なので、メノウにしてみればかなり物足りない。
「独占欲も何も・・・ヒスイはオレのものではないだろう」
オニキスは苦笑いでメノウの話を軽く流した。
(・・・ま、いっか)
とりあえず公平にヒスイとの時間を演出してみる事にした。
「お父さん?また??」
ヒスイには有耶無耶したまま、オニキスとの合流地点まで誘導。

そして。



エントリーナンバーBオニキス。

「あれっ?オニキスも来てたの!?」
「・・・ああ」
やはりあの手紙の差出人はメノウだった。
と、いう事は。
(何か企んでいるな・・・)
無論、覚悟はしていた。
ヒスイに出会えたのだから、嵌められたとしても悔いはない。
「うわぁ・・・綺麗っ!」
コハク、トパーズ、メノウに振り回され、ヒスイはこれまで魔界温泉の景色を楽しむゆとりがなかった。
オニキスとの時間でやっと一息つけたという感じだ。
そこで初めて気付く。
今までヒスイが海だと思っていたのは、砂漠だったのだ。
高く昇った月の光を受け、白銀に輝いていた。
「魔界の砂漠は空の色を映し出す。原理は人間界の海と似ている」
「へぇ・・・そうなんだぁ。不思議だね」
「ああ、そうだな」
二人は何事もなく禊ぎの湯前を通過し、砂利の敷かれた小径を歩いた。
数歩先を行く、ヒスイの後ろ姿。
コハクの手入れが行き届いたヒスイの髪は、白銀の砂漠より眩しい。
「・・・・・・」


(オレが・・・ヒスイの体に残せるものは何もないが)


体に残せないのなら、せめて心に残るように。


(たまには・・・口説いてみるか)


「ヒスイ・・・」
「ん?あっ!見て!」
視界右には白銀の砂漠と丸い月。
その反対側は、漆黒の空と無数の星屑。
たまに星が流れたりして。
天体好きのヒスイは感激し、そのひとつを指差した。


「そういえば、いつ天文学者になるの?」


足を止め、オニキスを振り返る。
「王様じゃなかったら、なってみたかった、って言ってたでしょ?忘れちゃった?」
「・・・忘れる筈が・・・ないだろう」
何十年も前に交わしたささやかな会話をヒスイは覚えていて。
当たり前のように言うものだから・・・嬉しくて。
静かに情熱が呼び覚まされる。
(今夜は口説きそびれたが・・・)
「・・・また、星でも見に行くか」
「うんっ!」

くしゅんっ!

ここでまたヒスイのくしゃみ。
どうやら風邪の引き始めのようだ。
「寒いか?」
「ん・・・平気」
そう言いつつも、鼻を啜るヒスイ。
「・・・・・・」
浴衣一枚なので、いつものように貸してやれる上着もなく。
他にできる事といえば、冷たくなったヒスイの手を包んでやるくらいで。
寒がるヒスイをコハクのように温めてやれない事が、もどかしい。
「・・・旅館に戻るか」
「うん。そうだね」


(・・・全てを諦めた訳ではない)


「オニキス?」
強くヒスイの手を握り、誓う。


長い刻の中で、好機が巡ってきたら。


その時は・・・このぬくもりを全身で。



「なるほどな〜・・・」と、メノウ。
水晶玉の前で、感慨深げに呟いた。
一人一人の行動をそれぞれ3つの水晶玉で録画観察していたのだ。
離れた所から“禊ぎ”の様子を見つつ、ヒスイ回収に向かう寸法だった。
結果的にコハクとトパーズには嘘を見抜かれてしまったが、企画は大成功。
「こいつら・・・」
タイプは全然違うけど。


「揃って“今”のヒスイを愛してる」


これなら・・・安心だ。
俺に何かあったとしても。


「余興はこれで終わり、ってコトで」
目的達成で、大きく伸び。
メノウは4人が待つロビーへと移動した。
旅館に到着してからというもの、悪戯企画の準備で忙しく、温泉に入っていなかったのだ。
「んじゃ、入るか!」
「うんっ!」
先頭を行くメノウの後にヒスイが続く。
「あ、僕も」
当然とばかりにコハクも。
「・・・ついでだ」
トパーズまで参加表明し。
「・・・・・・」
オニキスだけは乗り切れない感じだったが・・・
「いいじゃん。ここ混浴だし」
メノウの言葉に後押しされ。
「お前がいないと3すくみの法則が成り立たないからさ」
「3すくみ?何だそれは・・・」
「まぁ、いいから!いいから!」
メノウは楽しそうに笑って。


「お前等、腰にしっかりタオル巻いとけよ?」


父と娘と、男3人。

いざ、温泉へ。


仲良く・・・悶々と。




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