エクソシスト正員寮。
「はぁ・・・」
うっとりと、恋する乙女タンジェの溜息。
全20巻。読み終えた少女漫画の最終巻を胸に抱き、壮大なラブストーリーの余韻に浸る。
(サルファーと・・・こんな恋がしてみたいですわ)
外見は申し分ない。まさに王子。しかしいかんせんロマンスに欠ける。
サルファーは少女漫画に登場するような恋愛体質の男ではないのだ。
同棲してセックスして・・・一応恋愛中だが、甘さ不足。
サルファーに少女漫画を見せ、仄めかすも・・・
「こんな男、実際にいるわけないだろ」
今日もバッサリ斬り捨てられる。漫画を描くくせに夢がない。
タンジェはがっくり肩を落とした。その時。
「いるよ」と、ヒスイ。
タンジェに借りた漫画を返しに来たのだ。
読書好きのヒスイは、タンジェに勧められ、漫画も読むようになった。
それで最近仲が良いのだ。
「どこにいるんだよ、そんな男」
ムッとした顔でサルファーが言い返す。
「お兄ちゃん」ヒスイは胸を張って答えた。
「漫画に出てくるどんな男の子よりカッコイイよ」
確かにコハクは恋愛体質だ。
極上の美形で。そのうえ、甘くて、優しくて・・・エロくて、ときどき意地悪だが、ヒスイへの愛にかけるエネルギーは半端ではない。
「まあ、父さんなら・・・」
敬愛するコハクを引き合いに出されたら、サルファーも納得するしかない。
「でしょ?」ヒスイは得意気な顔で頷くと。
「あ、そうだ。今回任務一緒なの知ってる?」
今回は・・・魔石回収の任務だ。
魔石とは、その名の通り魔力を宿した石で、魔獣や幻獣を宝石化させたものだ。
地方貴族が集まる仮面舞踏会で、そのいくつかがオークションにかけられるという。
仮面舞踏会に参加し、すべての魔石を競り落とすことが目的だ。
「でね、ジストの代わりをタンジェにお願いしたら、ってお兄ちゃんが」
ヒスイが言った。
「ジストはちょっと・・・学校の追試があって。その日はどうしてもダメだから・・・」
「わたくし?ええ、宜しいですわよ?」
こうして、コハク&ヒスイとサルファー&タンジェの4人パーティーが結成された。
出発当日。
汽車でアンダリュサイト地方に向かう一行。
車内の一室を貸し切り、2対2で向かい合わせに座る。
今回の任務でタンジェに声をかけたのには、もうひとつ理由があった。
「ホテルが男女別らしいんだ」と、コハクが話す。
広大な敷地の東側が男性専用の建物で、西側が女性専用の建物。
その中間にダンスホールがあるのだが、男女が行き来できないよう厳しく管理されているのだという。
「やった!」
それを聞いたサルファーはご機嫌だ。
つまり今夜はコハクと二人きり。女人立入禁止なら、ヒスイに邪魔をされることもない。
「・・・・・・」
一方ヒスイは不機嫌だ。
(お兄ちゃんと別々になるなんて・・・)
旅行気分だったが、がっかりだ。
「ヒスイのこと、お願いしていいかな?」と、コハクがタンジェに頼み込む。
タンジェもどちらかといえば面倒見の良い方なので、喜んでヒスイの世話を引き受けた。
「ええ!もちろんですわ!」
それから6時間後、4人は現地に到着した。
「・・・・・・」「・・・・・・」
駅を出て、女2人が絶句する。
そこは・・・雪国で。雪がしんしんと降っていた。
積雪により、地面も建物も真っ白だ。馬車を走らせることもできない。
そして何より・・・寒いのだ。
「ここからは徒歩だよ。準備はいいかな?」と、コハク。
帽子とマフラーと手袋・・・コハクの用意した防寒装備で出発だ。
「いくぜ。モタモタすんなよ」
サルファーは知っていたのか、白銀の世界にも動じず。
大雪の中、歩き出す4人・・・だったが。
間もなく、体力のないヒスイが遅れ始めた。
それに伴い、コハクも遅れる。
「ヒスイ、おんぶするからおいで」
「だ・・・だいじょうぶ・・・だもん」
とは言ったものの、ヒスイはすっかり息が上がっていた。
サルファーの前だと、ヒスイは特に強がる。コハクはお見通しだ。
悪天候の中、可愛いヒスイに無理はさせたくない。そんな気持ちから。
「言うこときかないと、お仕置きだよ?ヒスイ、おいで」
コハクはにこやかに、強行手段に出た。
「サルファー達は先に行ってて」
ヒスイを背負い、キャリーバッグを引くコハク。
傍から見れば、かなり無理な格好だ。
「父さん、僕、荷物持つよ」
見兼ねたサルファーが申し出た。
コハクからキャリーバッグを引き取り、背中のヒスイを一瞥。そして一言。
「とんだお荷物だな、お前」
「な・・・」ヒスイが言い返そうとすると。
「ほらほら、怒らない、怒らない」
コハクは背中を揺らし、ヒスイを宥めた。
まるで小さな子供の相手をしているようだ。
しかも、かなり甘やかしている。
「・・・・・・」
見ていて・・・面白くない。サルファーは雪を掻き分け、パーティーの先頭を早足で歩いた。
「サルファー!?歩くのが早すぎませんこと!?」
チェックインを済ませ、男女別々のホテルに入る。
こちら、男性用ホテル。
やっとコハクと二人になれた。こんな機会は滅多にない。
(父さんと朝まで語り明かすぞ!!)
意気込むサルファーに、コハクはしょうが湯を勧めた。
「体が温まるから、飲んで」
「ありがとう、父さん」
こんな風にコハクと過ごせるなんて・・・夢のようだ。
日頃ヒスイに向けられている優しさが、自分に向いているのだ。
幸せを感じずにはいられない。
「そうそう、この雪なんだけどね」と、コハクが言った。
「うん。僕もおかしいと思ってた」と、サルファーが頷く。
サルファーは、任務に手を抜くことはない。
この地方の気候についても、きっちり下調べしてきていた。
「本来ここは温暖な気候で、雪なんか降らない筈・・・」
コハク特製しょうが湯を飲みながら、眉をひそめるサルファー。
「そうなんだ。もしかしたら・・・今回回収する魔石の中に、“Snowman”が混じっているのかもしれない」
Snowman=雪男。雪深い土地に棲む、精霊に近い生き物だ。雪を自在に操ることができる。
この吹雪は、魔石“Snowman”の影響である可能性が高い、と、コハクは説明した。
「父さんと一緒なら、どうってことない」
サルファーの強気な発言に、コハクは優しく笑い、暖炉に薪をくべた。
パチパチパチ・・・炎が燃える。
しょうが湯の効果で、サルファーの体はポカポカ温かくなってきた。
そして不覚にも・・・眠くなる。
投稿漫画の〆切に追われ、万年寝不足なのだ。今夜も例外ではなく。
「僕・・・父さんに話したいことが・・・色々あるんだ・・・聞いて・・・くれる?」
「もちろん」
コハクがそう答えた時には、サルファーは眠っていた。
「大きくなったなぁ・・・」
サルファーをベッドに運び、しみじみ思う。自分と同じ金の髪を撫で。
「おやすみ、サルファー。良い夢を」
(でもって僕はヒスイのところへ!!)
窓の外は猛吹雪となっていた。
雪交じりの風がビュービュー吹いている・・・が。
「ははは!こんなものは屁でもないね!」
笑い飛ばすコハク。男子禁制ホテルに忍び込む気満々だ。
熾天使の翼は強靭で、吹雪の中であろうと飛行可能なのだ。
コハクは誰にも止められない・・・
「今行くよ!!ヒスイ!!」
こちら、女性用ホテル。
キャスター付きのキャリーバッグ。
寝間着に着替えるため、ヒスイは荷物を広げた。
中にはコハクが揃えた宿泊グッズがびっしり詰まっていた。
ぬいぐるみやお菓子まで入っている。
ヒスイは、ネグリジェにガウンを羽織り、ルームソックスを履いて。
「アマデウス、よく似合ってらしてよ。とても可愛らしいですわ」
その姿を見たタンジェが絶賛する。
ちなみにタンジェは、ホテルに用意されたシルクのパジャマを着ていた。
「これ全部お兄ちゃんの手作りなんだよ!」と、嬉しそうにヒスイが喋る。
「これが手作り・・・!?」(すごいですわ・・・)
クオリティの高さに驚くタンジェ。加えてまじまじとヒスイを見た。
綺麗な顔立ちをしているのは勿論のこと、肌も髪も、ツルツル、ツヤツヤだ。
愛されて、大切にされているのがわかる。
「な・・・なに???」
「・・・・・・」
(おお・・・神よ!!この差は何ですの・・・!?)
漫画家志望のサルファーの手伝いで、徹夜する事も多く、髪はボサボサ・・・肌も荒れ気味だ。
(男性によって、こうも違うものですのね・・・)と。
初めて気付くタンジェだった。その一方で。
「・・・アマデウス?どうされましたの?」
ヒスイは・・・窓に張り付いていた。
(今頃サルファーがお兄ちゃんにベッタリ・・・)
そんなことを考え、悶々としている。
「・・・・・・」
(サルファーぁぁぁ!!!)かなり、恨めしい。が。
「・・・サルファーは昔から、お兄ちゃんのこと大好きだもんね」ひとり呟き。
(たまには・・・いいかな・・・)とも思ってみたり。
「・・・・・・」
(う〜ん、でもやっぱり・・・私もお兄ちゃんと一緒がいい・・・東のホテルに行っちゃおうかな)
「だけど・・・ここは大人の余裕?を見せた方が・・・」
ヒスイはブツブツ言いながら、窓を開けたり、閉めたり。行動が不審だ。
「ア・・・アマデウス???」心配したタンジェが傍に寄る、と。
コンコン。コハクが隣の窓ガラスを叩いた。
「お兄ちゃんっ・・・!!」
即、部屋に迎え入れ、コハクの体についた雪を払うヒスイ。
「お待たせ、ヒスイ」
「お兄ちゃぁんっ!」
暖炉の前で抱き合い、キス。
ヒスイはコハクの首に両腕を回し、コハクはヒスイの髪を撫でながら、唇と舌を重ねた。
(なんて素敵なんですの!!!)
恋愛漫画の一コマのような二人の姿にタンジェはいたく感動し・・・
(わたくしも・・・!!)
と、猛吹雪の中、飛び出していった。
「サルファー!!只今参りますわ!」
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