婚約者のタンジェを、自分が侮辱する分にはいいが、他人に侮辱されるのは不愉快。
そんな俺様愛で、スノープリンスの正面に立つサルファー。

プイッ!

スノープリンスは顔を背け、頑としてサルファーと目を合わせようとしない。
「おい、無視すんなよ」
理由を知らないサルファーが益々ムッとし、スノープリンスの胸ぐらを掴んだ。

プイッ!プイッ!プイッ!

激しい攻防・・・サルファーが右側から覗けば左側を向き、左側から覗けば右側を向くスノープリンス。
本当に、話にならない。
「・・・感じ悪いな、お前」
スノープリンスはヘの字に口を結んでいる・・・どうしてもサルファーと口を聞きたくないらしい。
「・・・いいぜ、お前がその気なら」
ついにサルファーが武器を構えた。無理矢理でも戦いに持ち込む気だ。
「・・・・・・」
スノープリンスはサングラスをかけ直し。
「レッツ!ゴー!!」で、雪だるまの軍隊を動かした。
総動員で、サルファーへの集中攻撃だ。
「っ・・・くそ・・・!!」
雪だるまの相手はともかく、スノープリンスの登場から、気温は更に低下していた。
息をするのも辛い・・・この寒さは初体験だ。
「サルファー!今わたくしも・・・っ・・・は・・・」
助太刀しようと武器を構えるタンジェだったが、寒さで手が震える。
思うように体が動かないのだ。するとヒスイが柱の裏側に回り。
「ア・・・アマデウス?」
「ちょっと待ってて。援護するから」と、歌を歌い始めた。南国を連想させる情熱的なメロディー。
柱の裏に隠れたのは、コハク以外の者に、歌っているところを見られるのが恥ずかしいからだ。
「ふしぎ・・・ですわ」
タンジェが呟く。
ヒスイの歌声に耳を傾けると、体が内側から温まってきた。どんどん力が沸いてくる。
コハク・サルファーにも同等の効果が現れていた。



こちら、スノープリンスと交戦中のサルファー。

素早さが上がり、手数が増える。雪だるまの撃破数もうなぎのぼりだ。
(体が軽くなった・・・あの女の歌が効いて・・・?)
ヒスイの歌唱魔法は教会内でも定評がある。
(ふぅん、ちょっとは役に・・・)
サルファーがヒスイを見直しかけた、その時。


ふ・・・くしゅんッ!!


くしゃみで歌が途切れ、同時に効果が切れた。
「!!!」
一気にサルファーの体が重くなる。あまりの落差に戸惑い、動きが鈍ったところに・・・
スノープリンスの攻撃。
突然巨大化した足がサルファーの腹部を蹴り上げた。そのまま天井に衝突だ。
「ぐふ・・・ッ!!!」
「サルファー!!!」
タンジェが叫ぶ。熾天使の体は丈夫にできているので、たいしたダメージはないが。
「・・・ってぇ」
(普通ならこんな攻撃避けられるのに・・・)
ヒスイの失敗のとばっちりだ。
(あの女は、どこまでヒトをイラつかせるんだよ!!)
「ヒスイ!!!」コハクが厳しい声を上げた。


(そうだ!お前なんか父さんに叱られればいいんだ!!)←サルファー、心の叫び。


ところが。


「大丈夫!?風邪ひいちゃったんじゃ・・・!!?」


コハクはすべてを投げうってヒスイに駆け寄り。
額と額を重ね、熱を測ると、自分の上着を脱いでヒスイに着せた。
「・・・・・・」サルファー、絶句。
(父さん、変だよ・・・そこ、怒るとこだろ?)
過保護すぎる・・・この両親には昔から振り回されっぱなしだ。
「いいよ!お兄ちゃんだって寒いでしょ!?」遠慮するヒスイだったが。
「平気だよ」と、コハクは笑い。「あとで温めて?」そう、ヒスイに耳打ちした。
「ん・・・」
ちゅっ。戦いの真っ最中。戦場のど真ん中で、キスを交わす2人。

「・・・なのになんで、攻撃されないんだよ」と、サルファー。
「それだけ力の差が歴然としているということですわ」と、タンジェ。
ヒスイとイチャつく一方で、コハクが周囲を威嚇しているのだ。
目に見えないプレッシャー。
スノープリンスは別の理由かもしれないが、雪だるま達は怯え、コハクに近付こうとしない。
サルファーもタンジェも鳥肌が立った。
「父さん・・・やっぱりすごい」
その呟きが聞こえたのか、コハクはサルファーに視線を向け。
「見せてくれる?君の力を」と、片目をつぶった。
「うんっ!!」
コハクに声をかけられ、サルファーのモチベーションが上がる。
(あの女に頼った僕が馬鹿だった!!)
ヒスイの歌よりも、コハクの言葉の方が、サルファーにとって力になるのだ。
期待には、応えるしかない。
「温存しとこうと思ったけど、あれ使うか」
ポケットから赤ペンを取り出す。
呪文効果を持つ、特殊なインクが詰められたペンだ。
サルファーはそのペンで、長斧の柄に小さな龍の絵を描いた。
たちまちそれが具現化し、炎の龍となって。長斧に巻き付く。
ボォォォ!!燃える音と共に、斧刃が赤黒く変色した・・・それだけ高温になっているのだ。
赤いインクを滲み込ませることで、対象物を炎の属性へと変える・・・色魔術。
「へぇ・・・」コハクが感心すると。サルファーは益々ノッてきて。
「お前等みんな、蒸発させてやるよ」
スノープリンスと雪だるまに向け、グレードアップした長斧を振り翳す。その時。


ドンッ!!


ホールに銃弾が撃ち込まれた。
誰にも当たらなかったが、これにより、戦いは一時中断。
ホール入口に、猟銃を持った男が立っていた。
顎髭を生やしたワイルド系だ。ダークグレーの長髪を後ろで束ねている。
顔立ちは良いが、雪焼けで肌は浅黒かった。
逞しい体つき・・・高濃度の男性フェロモンを漂わせている。
モルダバイトではあまり見かけないタイプの美形だ。
ちなみに、ホールにいるメンバーの中では一番年配に見えた。
「OH!!マイ、マネージャー!!!」
男に向け、嬉しそうに両手を広げるスノープリンス。だが。


ドンッ!!


迷いなく発砲する男。そして命中。
スノープリンスはその場でひっくり返り、動かなくなった。
「・・・・・・」×4。
謎の行動だ。突然現れたその男が、敵か味方かわからない。
「ちょっと話させてくんねーかな」
男はボリボリ顎を掻き、自ら“タイガーアイ”と名乗った。
「こちらも色々聞きたいことが」
コハクが一歩前に出て話に応じる・・・が。
「・・・あんた、男?すげー美人だね」
「・・・・・・」
今度は空気が凍りつく。
(お兄ちゃんが、また変な男のヒトに狙われてるっ!!!)
ヒスイはコハクの後ろから顔を出し、タイガーアイを睨んだ。
い〜っ!!!と牙を剥いてみせる。ヒスイなりの、しょぼい威嚇だ。
「よしよし」コハクはヒスイの頭を撫でながら。
「男ですよ。れっきとした、ね」
タイガーアイは「そーか、そーか」と、頷き。次の瞬間、コハクに銃口を向けた。


「だとしたら、あんた、撃っても死なねー類だろ?」


「試してみたらどうですか?」コハクは微動だにせず、にこやかに言った。
「ん〜・・・」タイガーアイはしばらく考えたのち。
「ここで撃ったら、死ぬのは俺だな」と。
潔く猟銃を捨て、軽く両手を上げて笑った。
「穏便に話し合いといこうや」
「そうですね。それが賢明だ」
「まず誤解のねーように言っとくが、俺ぁこいつのマネージャじゃねーから」
スノープリンスが勝手にそう呼んでいるだけで、実のところ単なる幼馴染らしい。

話はまずそこから始まった。

2人は他国の豪雪地方の出身で、雪男と人間が共存している村からやってきた。
“スノープリンス”とは雪男の中で最も強い魔力を持つ者の称号であり。
エクソシスト的解釈をするなら、(特)魔クラス。
ソレがコレであることは間違いないらしい。
「3ヶ月ほど前に、村の雪男どもがごっそり狩られちまってね。女の2人組だった。そいつらがまー、女とは思えねぇ強さでよ、まいったわ」
煙草を吹かし、ボヤくタイガーアイ。
狩られた仲間が魔石となって売りに出されるということを風の噂で聞き、スノープリンスと共に駆けつけたのだという。
「ん?」と、そこでコハク。何か、引っ掛かる。
「あなたの村に現れた・・・そのうち1人はナイフ使いの女性じゃないですか?」
「なんで知ってんだ?」
「あ、もしかしてウィゼ!?」と、ヒスイも思い出す。
アンデット商会は・・・相変わらずのようだ。



「ちょっと大人同士の話があるから」と。
コハクは、ヒスイ・サルファー・タンジェから離れ。
タイガーアイと2人で向き合った。
「・・・返してくんねーかな」と、タイガーアイ。
「無論、タダでとは謂わねぇよ。これで、うまいこと収めてくんねーか?」
タイガーアイがコハクに差し出したのは・・・一升瓶。
「地酒・・・ですか」(ん?これは・・・)
幻の銘酒。市場に出回らない品で、どれだけ金を積んでも、縁ある者しか口にできないと語り継がれる代物だ。持ち帰れば、総帥セレナイトもさぞ喜ぶことだろう。
「・・・・・・」(うん、悪くない取引だ)
もとより、魔石は返すつもりだったのだ。
アンデット商会が、魔石業界に参入していることがわかっただけでも収穫だ。
雪男を仲間とするタイガーアイ。悪用される心配もなさそうだ。
コハクは魔石“Snowman”5個をタイガーアイに手渡した。
「まぁ、あとはこっちで適当にやっときます」
「わりーね」
「ところで、このお酒はあなたの故郷で?」
「ん?ああ、気に入ったら来てみるといい。ちと遠いがな」
タイガーアイはそう言って、例の地酒と村への地図をコハクに手渡した。
タイガーアイ・・・話してみると、案外気さくな人物だった。
今後も、魔石“Snowman”回収の旅を続けるという。



こうして、無事交渉が成立し。

タイガーアイはスノープリンスを引き摺り歩き出した。
ズルズル、毛皮の襟を引っ張って。
ヒスイ・サルファー・タンジェの前を通り過ぎる・・・
「その方・・・大丈夫なんですの?」
タンジェが声をかけると。
「あー、こいつこんなんじゃ死なねーから」
タイガーアイはさらっとそう答えた。
「“スノープリンス”のくせに、こいつ阿呆だから」
何かと面倒な性格なので、しょっちゅうこうして黙らせているのだという。
・・・一同、納得だ。
「ほんじゃ、俺らは退散するわ」
タイガーアイは笑いながら手を振った。白い歯が、やたらと眩しい。
「こいつのこと、心配してくれてあんがとな、嬢ちゃん」



スノープリンスが退場すると、すべての魔法が解け、真冬から一転、うららかな春となった。
本来の気候に戻ったのだ。
目玉商品が紛失したことで、オークションは中止になったが、一行の手元には“Snowman”を除いた魔石が5つと、幻の銘酒が一升。任務完了だ。
コハクはちゃんと春物の服を用意していて。
「着替えておいで」と、ヒスイ・サルファー・タンジェにそれぞれ手渡した。
アクセサリーから靴まで、どれも有名人気ブランドの袋に入っている。
「素敵ですわ!」新品の洋服に喜ぶタンジェ。
「ありがとうございます!」と、コハクに頭を下げる。
「お兄ちゃん、ありが・・・」続いて礼を述べようとするヒスイだったが・・・
「アマデウス!わたくしが着せて差し上げますわ!!」
浮かれたタンジェに腕を引かれ。
「え・・・ちょ・・・わ・・・おにいちゃぁん〜・・・」
コハクに手を伸ばすも届かず、ホール右奥の個室へと消えていった。
「女の子同士、お洒落しておいで」
コハクは苦笑いでヒスイを見送った。

そして、数分が過ぎ。男性陣は着替えを終え、ホール左奥の個室から出てきた。
あとはヒスイ達を待つばかりだ。
「ねえ、父さん」
「ん?」
サルファーの言葉にコハクが耳を傾ける。
「あの女さ、いつもああなの?」
あの女=ヒスイのことだ。ヒスイのおかげで、今日は散々な目に遭った。
「そうだよ」何の気なしにコハクが答える、と。
「父さんの足、引っ張ってばっかだよな」
サルファーがそう吐き捨て。コハクは笑い出した。
「ははは!いいんだよ、ヒスイはあれで」
そうなるように育てたのはコハクなのだ。しっかりされては、むしろ困る。
笑顔のコハクとは対照的にサルファーは拗ねた顔で。
「だってあいつ、父さんがいないと何もできないし」
「逆だよ」
「え?」


「僕がね、ヒスイがいないと駄目なんだ。ヒスイがいないと、何もできない」


そう言って、ふたたび笑うコハク。
「ヒスイがいるから、料理して、洗濯して、買い物して・・・ヒスイの喜ぶことをしようと考える。ヒスイがいなかったら、きっと何も考えないし、何もしない。それはもう死んでいるのと同じことだ」
「父さん・・・」
「僕は、ヒスイがいないと生きられない」
「・・・・・・」(なんで僕が赤くなるんだよ)
まさしく、溺愛。聞いている方が恥ずかしくなる。
サルファーは何も言えなくなり、ポリポリ頬を掻いた。



「お兄ちゃんっ!!」
やっと着替えを終え、ヒスイが個室から飛び出してきた。
カーディガン+キャミソールのツインニットにふわふわのシフォンスカート。
あとに続くタンジェはストライプのシャツワンピースだ。
色つきのリップを塗っただけだが、2人ともずいぶん印象が変わっていた。
いかにも“女の子”という感じなのだ。
それぞれスプリングコートを手に持って。はち切れんばかりの笑顔だ。

「だからね・・・」コハクは、そんなヒスイを見つめたまま話を続けた。
「これは当たり前のことなんだけど」


愛する人が、毎日幸せであるように。


「尽くすよ、これからも」
そう言い残し、コハクはヒスイを迎えに行った。
駆け寄ってくるヒスイを抱き上げ、「すごく似合ってる」と、頬にキス。
「お兄ちゃん!ありがと!」
コハクの腕の中にいる、ヒスイの嬉しそうな顔といったら。
いつもながらに・・・憎い。※サルファー目線。
「でもやっぱり、父さんはカッコイイな」
(あんなにダメな女を、こんなにも深く愛することができるなんて)
ヒスイに比べれば、タンジェの方が断然好きだ。
そのタンジェを見ると、モジモジ・・・何か言って欲しそうにしている。
「・・・・・・」
(なんて言えばいいわけ?可愛いぜ、とか?)
そんな歯の浮くようなセリフは吐けない。
サルファーはタンジェの前まで歩き。


「・・・ま、いいんじゃね」


すると。タンジェの頬がさくら色に染まり。
ヒスイと同じように、とても嬉しそうな顔をした。
「・・・・・・」(ふぅん・・・)
こういうことか、と、理解する。
コハクに近付けたようで、サルファーも嬉しくなった。


愛する人が、毎日幸せであるように。


「僕も・・・」
(ちょっとだけ、父さんの真似、してみようかな)




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