完全なる、氷の世界。


外の吹雪は止んでいた。恐ろしいほど静かだ。
動きを失くした景色は、まるで時間が止まったかのように見える。
「なんか・・・芸術的だね」と、白い息を吐くヒスイ。
美しいといえば、確かに美しい。しかし、極寒。生きるには過酷な環境だ。
ヒスイを腕に抱え、コハクが言った。
「とにかく着替えよう」
エクソシストの制服をはじめとする、教会支給の衣類は、あらゆる事態を想定し作られている。
この状況下でも問題なく着用できた。
「これでよし・・・っと」
コハクはまずヒスイに制服を着せ、背中のファスナーを閉めた。
「ね、お兄ちゃん、これって魔石のせい???」
「間接的には、そういうことになるかな」
「間接的?」
「うん。主を持たない魔石に、ここまでの影響力はないからね」
なにせ辺り一帯がすべて凍りついているのだ。強い魔力が作用している。
「もしかしたら、僕等以外に魔石を狙う者が現れたのかもしれない」


コハクとヒスイ。サルファーとタンジェ。


4人はホールの扉の前で合流した。
どうやら無事なのは、人間ではないこの4人だけのようだ。
「これはどういうことですの!?」
しきりにタンジェが不審がる。が。
「説明聞く暇なさそうだぜ」
扉を開けたサルファーが長斧を構えた。“敵”を見つけたのだ。
ホールフロアに、全長1mほどの雪だるまがずらりと並んでいる。
一見ファンシーだが、各個体が魔力を帯びていた。
「・・・・・・」(これが?)「・・・・・・」(敵なんですの?)
半信半疑ながら、ヒスイはステッキを、タンジェはサーベルをそれぞれ構え・・・
そこでコハクが前に出た。それから後ろを振り向き、ヒスイを見て。
「ここは僕らが引き受けるから。タンジェと魔石の回収をお願いできるかな」
ヒスイを戦いに参加させるより、その方が安全と踏んだのだ。
「うんっ!!」
こうして男女別になり、ヒスイとタンジェはホール奥の別室へ向かった。
雪だるまの軍隊がぴょんぴょん跳ねて女性陣を追う・・・が。
コハクが回り込み、大剣をひと振り。百体近くまとめて消し去った。
サルファーも薪割りの要領で、次々と雪だるまを片付けていったが、コハクとの処理能力の差を痛感する。
「雪だるまのくせに凶暴なやつらだな」
動きが異様に早く、捕らえるのに約1秒。その間に、コハクは軽く10体斬る。
しかも・・・雪だるまの腕とおぼしき木の枝が、刃に劣らぬ切れ味で。
枝がしなる度、ホールの壁や柱に深い切れ目が入った。くらったら大怪我だ。
枝が伸びたり縮んだり。
上下バラバラになって飛んできたり。
頭上をくるくる回ったり。
「あー!もー!お前等鬱陶しいんだよ!」怒るサルファー。
斬っても、斬っても、数が減っている気がしないのだ。
これだけ体を動かしているのに、寒い・・・それも気に食わない。
「適当でいいよ。奥に行かせなければいいだけのことだから」と、苦笑いのコハク。
「このホールのどこかに、本体がいるはずだ。ヒスイ達が戻ったら、こっちから仕掛ける」


「お兄ちゃん!魔石集めてきたよ!!」


タンジェと協力し、厳重な金庫を抉じ開け、根こそぎ奪取。
ヒスイは、その両手に魔石をどっさりのせ、走ってきた。
「ヒスイ!そんなに走るとあぶな・・・」
ヒスイの姿を目にした途端、コハクの剣技が鈍る。
「わっ・・・とと」
「ヒスイ!!」
転びそうで、転ばず。やたらとコハクの気を引くヒスイ。
それを見たサルファーがイラッとする。
(転ぶなら転べよ!!!)
そう心の中で悪態をつく、と。
「わ・・・!!!」
本当に、ヒスイは滑って転んで、魔石をバラ撒いた。


「ヒスイ・・・っ!!」


凍った床の上で、べちゃりと潰れているヒスイ・・・そこを目掛け、雪だるまが一斉に攻撃を仕掛けてきた。
無数の木製トライデントにより串刺し・・・だが、コハクがいる限り、ヒスイが痛い目をみることはない。
「ヒスイ!!」
SPが如く、ヒスイの前に飛び出すコハク。刹那の間で、枝を斬れるだけ斬って。
防ぎきれなかった鉾先は、すべて左腕で受けた。
「お兄ちゃん!!大丈夫!?」と、心配そうな顔をするものの・・・
ヒスイの視線は、コハクの傷口から流れ出す血に釘付けとなり・・・ごくり、喉が鳴る。
「・・・父さんが怪我してるのに、なんで“おいしそう”みたいな目で見てんだよ。あの女は」
八つ当たりで、鬼のように雪だるまを斬り捨てるサルファー。
「仕方ありませんわ。アマデウスは吸血鬼ですもの」
タンジェも参戦し、雪だるまに斬りかかる。
「・・・・・・」(なんだよ・・・あれ・・・)再び、サルファー。
見るとコハクは、ホッとしたような笑顔で。
傷口から流れ出す血をヒスイに舐めさせていた。
それから、散らばっている魔石を一個拾い、高く掲げた。


「これを壊されたくなかったら、姿を見せてくれないかな?」


「・・・・・・」
最初の呼び掛けに答えはなかった。
「握り潰すくらいわけないんだけどね」
更にコハクが言って、指に力を入れてみせる、と。
「フフ・・・そこまで言うなら仕方ないね」
男のものと思われる声がどこからともなく聞こえてきた。
雪だるまが二列に並び、道を作る。
間にレッドカーペットが敷かれ、その上を歩いてくる男がひとり・・・
毛皮のコートにサングラスという出で立ちだ。
男は4人の前で歩みを止め、大袈裟なアクションでサングラスを外した。


「雪男界のスーパーアイドル、“スノープリンス”とはミーのことさ!!!」


「・・・・・・」(すげぇバカっぽいの出てきた)
サルファーが軽蔑の眼差しを向ける。


自称:スノープリンス。種族:Snowman

解説:色白で背が高く、クリーム色の髪、瞳はスモークグレー。掘りも深く、睫毛も濃い。
前髪がふわっとして、全体的に柔らかな印象だ。美形には違いない。ただし。
極度のナルシストであるため、自分より美しい者は認めない・・・視界に入らない・・・つまり、無視。
そんな特性を持っている。


「・・・・・・」登場早々、口を閉ざすスノープリンス。焦点が定まらない。
なぜなら・・・コハク・ヒスイ・サルファーは、揃って、超がつくほどの美形で。
スーパーアイドルの面目を保つため、視界から排除するしかなかったのだ。
そんなスノープリンスの目に唯一留まったのは・・・猫耳娘タンジェ。
「ユーの地味なフェイス!!ミーの美しさを引き立てる!!実にナイス!!」
瞳を輝かせ、タンジェの手を握る。と、サルファーがムッとしたようで。
後ろからスノープリンスの襟首を掴み、乱暴にタンジェから引き離した。


「お前の相手は僕がしてやるよ」




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