エクソシスト正員寮。302号室。サルファー宅。


「オタクには、恋する権利もないでありますか」


堕天使アザゼルの切なる訴えから始まる――
ヒスイのストーカー歴、○年。
募る想いを綴った手紙は、コハクにことごとく燃やされ、届いた試しがなく。
破壊された双眼鏡は数知れず。盗撮も盗聴も許されない。※当然です。
ヒスイとのコンタクトは至難を極めていた。
そして今日ついに・・・


(これ以上、ヒスイに近付いたら・・・殺すよ?)


立てた親指を首の前でスライドさせ、コハクが死刑宣告をしてきたという。
「熾天使の、ヒスイたんへの執着ぶり・・・尋常ではないですぞ」
「お前もな」(何だよ、“ヒスイたん”って)
親友が、自分の母親に恋をする・・・気持ち悪い展開。
とはいえ、長年、同人活動を共にしてきた仲だ。縁を切る気はない。
(こいつも普段はいい奴なんだけど)
美少女・・・特にヒスイに関しては、人が変わったようになってしまうのだ。
一級レア悪魔のアザゼルは、堕ちても天使なだけに、それに見合った美しい造形をしている。
けれども、オタクファッションにこだわりがあるらしく、ビン底眼鏡やら、バンダナやらが、イケメン度を著しく低下させていた。
アザゼルもまた、残念な美形のひとりである。
しかも今日は、片方のレンズにヒビが入っている。
どうやら、コハクに追い払われた際に出来たものらしかった。
「しかぁし!!屈辱の日々もここまでであります!!」
熱く叫んだアザゼルに目を遣ると、何かがいつもと違う。
首から下げている、トレードマークの一眼レフが別物だ。
「新しいの買ったにしちゃ、随分古いデザインだな。ま、レトロなのも悪くないけど」と、サルファー。
「さすがサルファー氏!お目が高い!これはですな・・・」
そこまで言って、アザゼルは急に歯切れが悪くなった。
「サ・・・サークル仲間に譲り受けたものでありまして・・・」
「はぁ?サークル?何だよ、それ。僕に内緒で勝手に」
サルファーが不快感を示す。
「ち、違うであります!!これには深い訳が・・・」
「深い訳?」
「熾天使の血縁であるサルファー氏には、とても言えないことでありまして・・・」
「・・・お前、くだらないこと企んでるだろ」
語るに落ちるとは、まさにこのこと。口を開けば開くほど、状況が悪化してゆく。
「拙者、失礼するであります!!」
一眼レフカメラを手に、302号室からアザゼルが飛び出す。
「おい、待てよ!」
サルファーも追って外に出た。
「待てって言ってるだろ!!」
アザゼルの肩を掴んだところで。サルファーの肩を誰かが掴む。
「!!」(総帥!?)
なにせ、エクソシストの寮内だ。こんな出会いがあっても、おかしくはない。
「おや、珍しいカメラを持っているね」と、アザゼルの手元に視線を送るセレ。


「どうだろう、一枚撮ってはくれないかね」


「いいぜ」
アザゼルに代わり、サルファーが答える。
「サルファー氏!!駄目であります!!」
「別にいいだろ。一枚くらい」
アザゼルが止めるのも聞かず、カメラを構えるサルファー。
セレが、被写体の表情を作る。
そして・・・パシャリ!シャッターを切ると。


「・・・おい、総帥どこ行ったんだよ」


フラッシュと共に、セレの姿が忽然と消えていた。
「カメラの・・・中であります・・・」
「は〜ん。そうか、お前、これ使ってあの女を拉致る気だったんだろ」
確かにこれなら、一瞬で事が済む。大層な犯罪アイテムだ。
コハクの隙を突く可能性はゼロではない・・・かもしれない。
「その通りであります!!」
アザゼルは、開き直って、敬礼。
「生写真、サイン、できれば握手も・・・ブツブツ・・・」
完全に美少女マニアのスイッチが入ってしまっている。
「止めても無駄ですぞ!!」と、アザゼルはいつになく声を荒げ。
「何百年も前から、熾天使にはいたぶられてきたであります!!そのうえ、ヒスイたんを独り占めとは・・・うぉぉぉぉ!!!!」
雄叫びを上げ、走り出す・・・すでに、玉砕フラグが立っている。
「・・・・・・」(死なれても困るしな)
仕方なく、サルファーが後に続く。
(それにしても――)



「あいつ、総帥を監禁してること、忘れてるよな」




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