「あれはもしや!!ヒスイたんでは!!」


何というタイミングか・・・
アザゼルが階段を下りようとした先の踊り場に、ヒスイがいた。
しかも、ひとりだ。
「え?誰???」(ヒスイたん???)
目を丸くしてアザゼルを見上げている。
後方のサルファーは舌打ち、だ。
(よりによって、こんな時に、こんな所、うろついてんなよ!!)
「まさしく運命であります!!」
アザゼルが狂気じみた歓喜の声をあげ、ファインダーにヒスイの姿を捉えた。
「そいつから逃げろ!!」と、サルファー。
「え?なんで?」
瞬きをして聞き返す・・・ヒスイは今日も暢気だ。そして。
フラッシュを焚かれた、次の瞬間。
ヒスイもまたセレと同じように、その場から跡形もなく消えていた。



「・・・ここ、どこ?」(もしかして、カメラの中???)
果てしない暗闇・・・底面はあり、立つ事はできた。
被写体を閉じ込める、写真機。そういった魔道具が存在することは知っていた。
もう少し早く思い出していれば、回避できたかもしれないが、今となっては手遅れだ。
「カメラからフィルムを抜いてくれないと、出られないのよね。しょうがないわ」
それまで寝て待つという結論に至るヒスイ。
大きな欠伸をひとつしたところで。
「・・・風?」
吹かれて、前髪が捲れる。
吸血鬼は本来夜目が効くものだが、どんなに目を凝らしても、何も見えない。
つまりはそういう空間なのだ。
かわりに耳を澄ませると・・・
「!?」それが風ではなく、何かの呼吸であることに気付く。
「・・・誰か、いるの?」
確かな気配・・・しかし、返事はない。敵か味方かの判別に迷ったが・・・
「!!」一撃繰り出され、それが明確になった。
象の鼻のようなものが、ヒスイの頭上から振り下ろされたのだ。
辛うじて避けるも、床に叩きつけられたそれの衝撃波で、体が飛ばされる。
ただ、この空間には壁がなく。ヒスイは長い放物線を描き、ある程度減速してから落下した。
エクソシストの制服を着ていたため、ダメージも少なかった。
「いったぁ〜・・・」
ヒスイはお尻をさすりながら立ち上がり。
「まずいわね」深い闇を見据える。
そこに潜む“何か”は、特(魔)クラス・・・それ以上の予感。
職業柄、多くの魔物を見てきたが。
「“コレ”はたぶん、初めて・・・」



相手は恐らく、途轍もない巨体・・・だが、目視できないため、自分との距離も測れない。緊張の汗が流れる。
いつ攻撃されてもおかしくない状況で、呪文の詠唱に入れる筈もなく。
(無駄な魔力の消耗は避けるべきよね)
専用武器のステッキなら、詠唱なしで魔法を使えるが、それで倒せる保証はないのだ。
「だったら・・・闘り合うより、捕縛術で動きを封じた方がいいわね」
確実に、生き残ることを考えるならば。戦法は慎重を期する。
(ひとりで戦うって、こういうことなんだ。本気でやらないと・・・死ぬ)
両手で頬を叩き、恐怖を祓うヒスイ。
「・・・絶対生きて戻るわよ」


「私、まだまだお兄ちゃんの子供産みたいもん!!」


ステッキの柄で素早く描き出した魔法陣の上に乗ると、円柱の光に包まれ。
その光を操るように両手を左右に広げる。
「守りの鳥籠!!」
光は、鳥籠の形状となってヒスイを囲った。
方々から滅多打ちにされるが、守りの鳥籠の名の通り、すべての攻撃を防ぐ。
・・・とはいえ、時間稼ぎの結界だ。
(そんなに長くはもたない・・・早く仕掛けなきゃ・・・)
捕縛術は直接相手の体に触れる必要がある。
しかし、今のままでは、力が足りない。
術を送り込む前に、吹っ飛ばされるのがオチだ。
「ほんの少しの間でいいから・・・攻撃を素手で受けられる力が欲しい・・・」
ヒスイはそう呟いて。右手に着けていたブレスレットを見た。
純銀製で・・・オニキスからプレゼントされたものだった。
「・・・・・・」
(これ食べたら、パワーアップしちゃったりして)
ホーンブレンドで銀の弾丸を撃ち込まれた時、体に力が漲ったのを覚えている。
(試してみる価値はあるわね)
「ごめん!!オニキス!!」
銀のブレスレットを外し、口に入れる。
それはまるで砂糖菓子のように。あっという間に溶けて消えた。期待通りだ。
「んっ・・・ん・・・ふぅ・・・はぁはぁ・・・」
手足が伸びる、奇妙な感覚・・・馴染むのを待つ時間はなかった。
次の一撃で、鳥籠が破壊されてしまったのだ。



「っ!!!」
砕かれた光の破片が散らばる中。
例の、象の鼻のようなものに横から薙ぎ払われたが、両手で返し。


「“縛”!!」


言葉を送ると、まず相手の体に“縛”の一文字が刻み込まれた。
ヒスイが呪文を唱えると、文字は瞬く間に増殖、全身へと転移し。
そこから一斉に鎖が伸び、“何か”を、がんじがらめにした。

ズゥゥゥン・・・!!

重く沈む音がする。
ヒスイは汗を拭って息を吸い。続けて、歌唱魔法を執行した。
強力な睡眠効果があるものだ。
しばらく歌を聴かせると、荒々しかった呼吸が、静かになって。
戦いの終わりを告げる――
「はぁはぁ・・・」(助かったぁ〜・・・)
座り込むヒスイ。力を使い果たし、すでに元の姿へと戻っていた。



それから間もなくして・・・闇が裂かれた。
「わ・・・なに???」
カメラから解放されたヒスイの視界に入ったのは、多くのギャラリー。
殴り合った様子のサルファーとアザゼルもいる。
サルファーがカメラを勝ち取り、フィルムを抜いてみたのが功を奏したようだ。
「えっと・・・どういうことか、説明してくれる?」と、アザゼルを見るヒスイ。
夢にまでみた“ヒスイたん”から話しかけられ、アザゼルの声が上擦る。
「りょ・・・了解であります!!」と、ここでも敬礼。
有頂天のまま、真実を語り出した。
「実はですな。“熾天使被害者の会”たるものを結成したであります」
昔、コハクに殺されかけた堕天使達を中心に発足したという。
「熾天使被害者の会?何よ、それ」
当然、ヒスイの気に障る。カメラに監禁されたことなど、今はどうでもいい。
「もっと詳しく聞かせて。活動内容は?」
アザゼルが言うには、主に愚痴。
自分はこんなに酷い目に遭わされた〜とか、それぞれ不幸自慢をしているだけらしいが・・・
「これがなかなか盛り上がるでありますよ」
「・・・わかったわ。そういうことね」
両手を腰に、アザゼルを睨むヒスイ。
「熾天使被害者の会なんて、名ばかりじゃない」
コハクの話で盛り上がる・・・ということは。


「結局、みんな、お兄ちゃんのこと好きなんでしょ!?」


「ヒ・・・ヒスイたん???」
ストーカーのアザゼルでさえも困惑させる・・・ヒスイの解釈。
その時、何食わぬ顔でギャラリーに混じっていたセレが笑い出した。
「ヒスイ、その考えからは、そろそろ離れた方が良いのではないかね?」
宥めるように。大きな手で、ヒスイの頭を撫で回す。
「セレ?なによ、もうっ・・・」
(何かと勘違いは多いが、大した子だ)セレ、心の声。
宿した悪魔が、暴走の兆しを見せていたので、あえてカメラに囚われたのだ。
ヒスイまでも転送されてきたのは予定外だった。
望まぬ戦いに発展してしまったが。
(ヒスイでも私を“抑えられる”。有難いことだ)
それに・・・
(コハクはドSだから、気絶するまで容赦なく斬ってくるけれど、ヒスイは違う)
今回は痛みが殆どなかった。
(できることなら、これからもヒスイを指名したいくらいだよ。睡眠導入の歌唱魔法は実に良かった)
今も内なる悪魔は眠っている。おかげで随分体が楽だ。心まで癒される。
「やはり女の子だね」
「???当り前でしょ」
ヒスイにとっては見知らぬ逢瀬。“誰と”戦っていたか、わからぬまま。
きょとんとするのも無理はない。



「家まで送ろう」と、セレ。
「いいよ、別に」きっぱり、ヒスイが断る。すると。


「私が、もう少し君といたい気分なのだよ」


口説きめいたその発言に。ヒスイは渋い顔をして。
「だから、そういう台詞は誰にでも言っちゃだめなのっ!」
小さな体で、大の男にお説教、だ。
「私、そういうの嫌い」
「それは困ったね。君に嫌われたくない」
「・・・・・・」
暖簾に腕押し。これ以上、何を言ったら良いやら。
ヒスイが黙ると、セレは笑って。
「では、まーくんに会いたいと言ったらどうかね?」
「!!最初から素直にそう言えばいいのよ!!」
ヒスイは、打って変わって機嫌を良くして。
笑顔でセレの手を引いた。
「じゃあ、早く行こ!!」




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