コハクが(しまった!)と思った時には遅かった。
ヒスイは走り去り、自分は激しい目眩に襲われ動けない。
「ヒ・・・ヒスイ・・・」

ドサッ・・・

「ついに倒れたか」
メノウとカーネリアンは倒れて当然とばかりに頷き合った。
「昼はファントムだろ、夜は調教だろ、時間があればヒスイの世話を焼いて、そのうえまだ隠れて何かやってるみたいなんだよな」
「マメな男だねぇ、ホントに」
カーネリアンも倒れるまで働くコハクに感心している。
「もういい加減寝てないんじゃないの、こいつ。しかも俺がさ、コクヨウの首輪外しちゃったから、ヒスイいつ襲われるかわかんないし、全く気が抜けないだろ」
「ちょっとやりすぎじゃないかい?」
「可愛い娘をくれてやるんだから、このぐらいの意地悪って思ったけど、こいつもいっぱいいっぱいだったんだなぁ・・・」



「ヒスイ・・・っ!!」
ガバッとコハクが起きあがった。
ヒスイが気がかりで寝込んでなどいられない。
最初に視界に入ったのはメノウだった。
「お前ちょっと無理しすぎなんじゃないの?」
「無理・・・してるつもりはないんですけど・・・」
「お前、何で自分が倒れたかわかってないの?過労だよ、過労」
「あ〜・・・すみません・・・」
「別に謝られることじゃないけどさ。疲れてるんならヒスイにちゃんと言えばいいじゃん」
「・・・・・・」
「それでヒスイと喧嘩してちゃ、どうしようもないだろ」
「喧嘩ってわけじゃ・・・」
(っていうか何で知ってるんだ・・・?)
「・・・それに最近ちょっと苛めすぎだろ。ヒスイのこと」
「・・・かもしれません」
「お前は根が鬼畜だからなぁ」
「そうなんですよねぇ・・・」
コハクは自分自身に対して溜息をついた。
苛めすぎと言われるが、これでもまだ我慢しているほうなのだ。
鬼畜な自分はもっとヒスイを欲しがっている。
メノウもそれを知っていて、言うだけ無駄だと思いながらも一応コハクに釘をさした。
「・・・やりすぎて愛想尽かされんなよ」



今宵は満月。

ヒスイは夜の散歩をしていた。
「・・・私、お兄ちゃんが何でもできるからって、色々なことを求めすぎてるのかも・・・」
不用心にもひとりで雑木林の中にいた。
「お兄ちゃんだって・・・疲れることあるよね・・・」
(お兄ちゃんに大切にされるのがいつの間にか当たり前のようになってたから・・・最後までかまってもらえなくて・・・拗ねただけ)
「子供みたい・・・」
自嘲。そして反省。
「お兄ちゃんが相手だと、どうしても甘えちゃうのよね・・・」
竹藪を抜けた先に使われていない石造りの小屋がある。
少々壁は崩れているが、雨風は凌げる。
小屋の目の前にある池はとても澄んでいて、くっきりと天空の月を映し出していた。
まだ誰にも教えていない秘密の場所・・・
ヒスイは小屋の裏手にまわり、甘酸っぱい苺の実を摘んだ。
「今度お兄ちゃんにここ教えてあげよう。でもその前に謝って仲直りを・・・」
しかしながら“顔も見たくない!”と威勢良く啖呵を切ってしまった。
(・・・謝りにくいなぁ・・・)
ヒスイはしゃがみ込んで口をもぐもぐさせながら悩んだ。

グルル・・・

背後から獣の声が聞こえた。
「コクヨウ?」
振り返るとそこには銀の獣・・・コクヨウの姿があった。
「・・・馴れ馴れしくヒトの名前を呼ぶな。ブス!」
「ブ・・・ブスぅ!?」
ブスと言われたのは生まれて初めてだ。
またもやヒスイは怯んだ。
(私って・・・ブスだったの!?)
池を覗き込んで顔を確認する・・・
月の女神さながらの美しい顔立ちだ・・・が、ブスと言われた。
(ひょっとして私って・・・周りが騒ぐほど美人じゃないんじゃ・・・)
そんな気までしてきた。
だが、そんなことで悩んでいる場合ではなかった。
「・・・殺しにきたぞ」
「・・・え?」
グワッ!!と大きく口を開いて、コクヨウはヒスイに飛びかかった。
「チャロっ!!」
多用すまいと決めていた腕輪を掲げる。
結局、何だかんだとチャロには世話になっていた。
「・・・なんじゃ、ずいぶん手厚い歓迎じゃの」
一瞬だった。
チャロは自分の拳をコクヨウの口に突っ込んだ。


『入魂爆破――』


そのままコクヨウの体内に直接魔法をぶち込んだ。
コクヨウが吹き飛ぶ・・・
「ごめんね、急に」
この時間は“取り込み中”のはず。
現にチャロは服を着ていなかった。
「よい。よい」
ホレここに、と早速代償のキスを求める。
いつもの場所にヒスイは軽くキスをした。
(・・・この女ずいぶん手駒が多いじゃねぇか・・・)
コクヨウはペッと血を吐いた。
チャロの攻撃で内臓がやられていた。
(ちっ・・・油断した。早いトコ勝負つけねぇと・・・)
コクヨウの武器は爪と牙。
一方チャロはどこから取り出したのか右手にチェーンを握っていた。
先端に棘の付いた鉄球がぶらさがっている。
これがチャロの武器だ。
それをブンブンと振り回す。
コクヨウは距離を取って深く息を吸った。

フアァーッ!!

凍てつく氷のブレス。
「は!痛くも痒くもないわ!」
チャロは振り回した鉄球で難なく掻き消したが、ブレスで凍った地面に足を滑らせて転んだ。
そこにコクヨウが襲いかかる。
「チャロ!」
「くるでない!主に怪我をさせる訳にはゆかぬ!」
間に入ろうとしたヒスイをチャロが諫める。
「そんなこと言ってる場合じゃ・・・」
「だめじゃ!主は“守られる側”じゃ!黙ってみておれ!」
(“守られる側”?)
少し胸に引っかかった。
「なに、これしきでやられはせぬ」
両手両足を封じられているチャロはコクヨウに頭突きをした。

ガツン!

チャロの上に乗っていたコクヨウは噛みつく前に頭突きをくらい、フラフラと後ろに下がった。
「・・・淫魔のくせにやるじゃねぇか・・・」
コクヨウは頭を振った。
目前にチカチカと星のようなものが見えたからだ。
「愛・・・もとい、友情パワーじゃ!!」

ぷっ。

チャロのあまりにも恥ずかしい台詞にヒスイは吹き出した。
チャロ本人は大まじめというのがまたおかしい。
(・・・変なのが増えた・・・)
コクヨウは白けた顔でヒスイとチャロを見た。
(あの女の周囲にはまともな奴がいないのか・・・?)



チャロとコクヨウ・・・互いに魔法を駆使して戦ってはいたものの、結局最後は取っ組み合いの泥試合だった。
もつれ合い、地面を転がる・・・

ドボーン!!

「チャロ!?コクヨウ!?」
2人の落ちた池にヒスイは迷わず飛び込んだ。




「・・・で、ここはどこなの?」
3人は見知らぬ街角に立っていた。
裏路地のようだ。
ざわめきは聞こえるが、人の姿はない。
不思議なことばかりだった。
3人とも同じ格好をしている。
素肌の上にロングのマント。
池に落ちたのに、体は全く濡れていなかった。
「コクヨウが・・・獣じゃない・・・」
「うるさい!見るな!」
コクヨウは“銀”の看板を背負うだけある美形だった。
すらりとした筋肉質で、かなり背が高い。オニキス以上の長身だった。
そして髪も長い。真っ直ぐに伸びた銀の髪を後ろで一つに束ねている。
「これは・・・夢なの??」
「3人で同じ夢みるかよ。馬鹿じゃねぇの。もうちょっと考えてから物言え!」
コクヨウは唾を吐いた。綺麗な顔をしているが言動はえげつない。
「・・・・・・」
(こんな叔父さん嫌だけど・・・お母さんの弟だっていうんだから仕方がないわよね・・・)

一時休戦。

ヒスイを挟んで右にコクヨウ、左にチャロ。
3人は歩き出した。
本能の導く場所へ。
ここがどこだかもわからないのに、3人の足が向かう場所はひとつだった。
狭い路地を抜けると小さな店が扉を開いて待っていた。
(?ここは・・・何屋さん??)
ヒスイは店の看板を探した。
(あ!あった!)


“あずかり屋”





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