数年後。
双子は、最大にして最後ともいうべき、途方もない悪戯をしでかすのだった。


・・・が、その前に。


「ヒスイ・・・っ!!ごめん遅くなって!!」
アイボリーのお仕置きに手こずったのか、コハクが教室に戻ってきたのは、作文発表の授業が終わったあとだった。
ほとんどの生徒は帰宅し、残っているのはマーキュリーと保護者のみ。
「お父さん、あーくんは!?」
父親に反逆した愚かな弟を心配し、マーキュリーが駆け寄る。
「磔にしてきたよ」
コハクは笑顔でさらっと受け流し。ヒスイの元へ。
「ヒスイ?」
「お・・・おにいちゃ・・・」
ヒスイは青い顔で手に細い棒を持っていた。棒の先には、赤く色が塗られている。
その様子からして、何かのくじ引きに当たったようだが・・・


「ごめ・・・PTA役員になっちゃった」


ほぼ固定メンバーで運営されているPTA役員会。
欠員が出たため、この度立候補者を募ったのだが、誰も手を挙げなかったのだ。ヒスイとて例外ではない。
「悪いっすねー。この時期は特に忙しくてー」と、コハクに耳打ちするオーケン。
話し合いで新規メンバーが決まらなかったので、やむなく“くじ引き”という強行手段をとったのだという。
「別に構いませんよ」と、コハクは快く引き受けたが・・・
「・・・・・・」(私、こういうのすっごく苦手なんだけど)
ヒスイは自身のくじ運の悪さを呪っているようだった。





「早速なんすけどー」
学食を貸し切りにして、PTA役員の会合があるらしい。
「・・・・・・」(知らないヒト、いっぱい・・・)
何年経っても、ヒスイの人見知りは治らない。
会合は1年〜6年まで合同で行われるため、半数以上が“人間”なのだ。
学食に移動して早々、緊張でガチガチになるヒスイ・・・するとコハクは。
「わ!?なに!?おにいっ・・・」
ヒスイを膝の上に乗せて着席した。大人の常識はこの際無視だ。
「お・・・おにいちゃ・・・なんか笑われてるよ!?」
「いいの、いいの、この方が落ち付くでしょ?」
「そう・・・だけど・・・」
コハクという鎧を完全装備。少々恥ずかしくもあるが、確かに安心する。

そして・・・

「・・・んぁっ!?」(話、全然聞いてなかった・・・っ!!)
打ち合わせ中に・・・居眠り。気付くとまた周囲に笑われて。
その時、ひとりの女性がコハクの腕の中にいるヒスイを覗き込んだ。


「ヒスイサン、お元気そうデスネ〜」


「サファイア!?」
サファイアは、世界蛇ヨルムンガルドを息子として育てている、堕天使シングルマザーだ。
その種族故の運命か、世界蛇ヨルムンガルド・・・アレキの成長は並外れて遅く、いまだに小学生をしている。従って、サファイアは熟練PTAだ。もうずいぶん長いこと会長職に就いているのだという。
種族の壁を超え、役員達に慕われている姿を見て、「なんか・・・すごいね・・・」と、ヒスイ。
同じ年代の子を持つ親として、かなり差がついてしまった気がする。
「イイですカ〜?ヒスイサン」
サファイアは昔と変わらぬ軽やかなノリで言った。
「愛されるタイプには2種類ありマース」


何かを成すことによって愛されるタイプ。

何も成さなくとも愛されるタイプ。


「ヒスイサンは後者なのデ、何もしなくていいのデス〜♪」と、ヒスイの鼻先をプッシュするサファイア。
どっと笑いが沸き起こる。
辛辣にも思える発言だが、悪意は感じられず。コハクも笑い。
ヒスイだけが、赤い顔で俯いていた。





それから数日後の深夜のことだった。

「聞いたぜ、PTA役員になったんだってな」
この偉そうな物言いは、サルファーだ。
珍しくヒスイの前に姿を見せたかと思うと・・・
「知ってるだろ?父さんが忙しいの」
いつも以上に刺々しい態度で迫ってきた。今夜もコハクは仕事で出掛けている。
サルファーがしているのは、教会の話だ。
厄介な案件があるとかで、総帥セレナイトが直々に動いているらしい。
その仮パートナーとしてコハクが同行しているため、ヒスイを残しての外出が増えたのだ。
「いいか、悪いのはお前なんだから、絶対父さんに迷惑かけるなよ」
「わかってるわよ!そんなことっ!!」
ムキになって言い返すヒスイだったが・・・
「どうせお前のことだから、何でも父さんに任せっきりなんだろ」
「ぐ・・・」
わざわざ言いにくるあたりが憎い。図星なだけに、余計。
サファイアやサルファーにここまで刺激されてしまっては、さすがのヒスイも“何かしなければ”という気分になって。
「そうだっ!明日の朝ごはんは私が作ろう!お兄ちゃんより早起きして!あーくんもまーくんもびっくりさせちゃうんだからっ!!」
料理のスキルは度外視で、ヤル気満々だ。夜更かししている場合ではない。
(早く寝なきゃ!!)と、思った矢先・・・


「ただいま」


裏口から、コハクの声。
「!!お兄ちゃん!!おかえりっ!!」
声を聞けば、顔が見たくなって。
顔を見れば、キスがしたくなる。
それはコハクもヒスイも同じで。
「んっん・・・」
唇が熱を持つほどキスをすれば・・・セックスしたくなるが。
「お・・・にいちゃ・・・こんや・・・えっち・・・しなくて・・・い?」
「・・・うん?」
思わぬタイミングで拒絶。コハクは驚き、ゆっくり瞬きをして。
「ヒスイ?何かあった?」
「な・・・なんでもないけどっ!!」(早く寝なきゃ、早く起きられないし!!)
言い訳に困った挙句、「おやすみなさいっ!!」で。ヒスイは2階に逃げていった。
「う〜ん」腕を組むコハク。
(あんなにえっちしたそうな顔して、えっちしなくていい?って言われてもなぁ・・・どういうことなんだろう)
当然コハクもその気になっていたので、ペニスがかなり肥大している。収めるのに苦労しそうだ。
(まさかおあずけされるとは、ね)
コハクは苦笑いで上着を脱ぐと、ひとり寂しくバスルームへ向かった。





翌朝、ヒスイは。

ぐっすり眠って、すっきり目覚めた。
ところが・・・時計を見て仰天だ。
「!!嘘でしょ・・・」(こんな筈じゃ・・・)
張り切っていたわりに・・・思いっきり寝坊してしまった。
子供達はすでに学校へ。あっさり、計画は失敗に終わる。
「・・・・・・」
(おかしいわね・・・私ってこんなにダメだったっけ???)
首を傾げるヒスイのところへ。
「おはよう、ヒスイ。朝ごはんできてるよ」
コハクが迎えにやってきた。
ちゅっ。ほっぺにキスを貰って、ベッドから立ち上がると。
「着替えそこに出てるから」
「あ、うん」
丸襟丸袖、マリン色、夏にぴったりなチュニックと、ホーダー柄のレギンス。
新品のうえ、サイズ直しまで済んでいる。
(お兄ちゃん・・・いつの間に・・・)
毎度のことながら、不思議に思う。と、そこで。
「そうだ、先にスイカ食べる?」コハクの嬉しい提案。
「スイカ!?わ!!なんでわかったの!?」
実は密かに食べたいと思っていたのだ。
「この間、市場に行った時、じっと見てたから。食べたいのかな、と思って。夕べちょっと仕入れてきたんだ」
「・・・・・・」(お兄ちゃん・・・)
ここまでくるともう感動の嵐だ。
「あーくんがタネ飛ばして、今ちょっとキッチンが大変なことになってるから、ゆっくりきてね」と、コハク。
朝からひと悶着あったらしく、布巾を手に持っている。片付けの途中なのだ。
「うん・・・」
爽やかなコハクの笑顔に見とれるヒスイ。
(顔にタネついてたけど・・・やっぱりカッコイイよ・・・お兄ちゃん)





PTA参加の学校行事として、もうすぐ『夏祭り』がある。

校庭を会場としたささやかなものだが、今回初めて、お好み焼きの屋台を出すことになった。
ちなみにお好み焼きは、異世界料理のひとつであり、作り方が知られていないため、事前に料理教室が開かれることになった。講師は勿論コハクだ。が。
授業参観以来、そのイケメンぶりが噂になり、PTA・一般問わず参加希望者が殺到・・・教室に入りきらない事態となっていた。
「・・・何よこれ」口を尖らせるヒスイ。
アシスタントとして共に壇上に立ったが、コハクに集まる好意の視線が気になってしょうがない。
「まずは、キャベツを切ります」と、コハク。
「ヒスイ、ちょっとそこの包丁取ってくれる?」
材料の説明をしながら、ヒスイの方へと手を伸ばす。
「ん〜・・・」
ヒスイは生返事で包丁を取った。
他者に刃物を渡す場合・・・自分が刃を持ち、相手に柄を差し出すのが常識であるが。
ヒスイはうわの空で。柄を握り、刃をコハクに差し出した。結果。
「んっ?」
グサッ!と、コハクの手に刺さり。その手から血が噴き出すと、教室は大騒ぎになった。
「!!ごめ・・・なさ・・・」
ヒスイが教室を飛び出し、コハクが後を追う。


「ヒスイ!!」


すぐに追いつき、肩を掴んで抱き寄せる、と。
「離してっ!!」
ヒスイは暴れて。まさしく逆ギレだ。
「大失敗だよ!?怒ればいいでしょっ!!」
「え?怒る???」
コハクはまるで意に介さず。
「ほらほら、泣かない、泣かない」
涙ぐむヒスイの目元を優しく唇で吸った。そのうえ。
「ごめんね、僕の注意が足りなかったんだ」と。
自分から謝る始末。甘やかし炸裂だ。
「っ!!だからぁっ!そうじゃなくてっ!!」
今回ばかりは、己のダメっぷりを自覚していたため、つい感情的になってしまうヒスイ。
「う〜ん」コハクは困った顔で。
(怒れって言われてもなぁ・・・別にこんな傷たいしたことないし)
なにせベタ惚れなので、どんな失敗でも許せるし、むしろ萌える。
(可愛いぃぃぃ!!!)が、すべてのダメージを無効にしてしまうのだ。
「血、舐める?」
「舐めないっ!!」
ヒスイはコハクの腕を振りほどき、両手をきつく握って叫んだ。
「私っ!家に帰ってるからっ!!お兄ちゃんはPTAの使命を全うして!!」





「う〜ん・・・お兄ちゃんの役に立つには・・・喜んでもらうには・・・どうすればいいんだろ???」
ヒスイにしては珍しく、頭を悩ませながら帰宅・・・すると。
「母上!!」「ママぁ〜!!」
門の前で娘達が手を振っている。シトリンとアクアだ。
「ね〜、ママぁ〜、これ見て〜」と、ヒスイに一冊の雑誌を渡すアクア。
「何これ???」
それは、セックスについて特集が組まれた女性誌だった。
膣のトレーニング法や、バストアップ法、最高のエクスタシーを得るためのノウハウやらが記載されている。
「アクアぁ〜、これでコクヨ〜を一発KOしようと思ってぇ〜」
「おい、母上の前で、あまりはしたないことを言うな」
姉シトリンが咎めるも、妹アクアは堂々とエロ話を続けた。
「泊りでぇ〜、アソコの修業しようと思うんだけどぉ。ママも参加しない〜?」
「!!お、おい、何を言って・・・」
狼狽するシトリンをよそに。
「・・・これ、お兄ちゃん喜んでくれるかな?」
真に受けたヒスイが、アクアを見上げる。
「パパ、絶対喜ぶよぉ〜、アクアが保証する〜」
「ホント!?」
「うん〜」ニヤリ、アクアの口元が歪む。
「私っ・・・!!やるっ!!これでお兄ちゃんを一発KOするもん!!」
ヒスイは、アクアのセリフを引用し、決意を告げた。
「母上!?本気か!?」シトリンの声が裏返る。
(うぉぉぉ!!心配でならん!!)
「私も行くぞ!!」勢いで、シトリンもまた『一発KO同盟』に加わり。


こうして・・・女子3名による夏合宿が決行されることになった。


「待ってて、お兄ちゃん!!私、すごい女になって戻ってくるからっ!!」





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