モルダバイト某所の居酒屋。

「今年はママがね、盆踊りの音頭歌ってるんだって」と、話すスピネル。
「あの子がかい!傑作だね!!」と、笑うのはカーネリアン。
スピネルにとっては一応母親。カーネリアンにとっては可愛い妹分。
2人の酒の肴になるのは、やっぱり“ヒスイ”である。
「夏祭りにはウチの子供等連れてくよ」
ウチの子供等・・・とは、義賊ファントムで保護している孤児達のことだ。
夏祭りは学校行事であるため、基本的には関係者以外立ち入り禁止。
けれども、毎年ファントムの子供達も参加し、賑わっている。
「ああ、トパーズの奴がさ、取り計らってくれんだよ」
「兄貴が?」
「毎年、必ずさ。あれで結構義理堅いんだよ」
トパーズの話になると、カーネリアンは甘い顔をする。そして。
「ったく、普段は連絡のひとつもよこさないで」
まるっきり母親のような愚痴を言った。
「兄貴ってそんなにファントムと縁があるの?」
興味深げにスピネルが尋ねる。
「ガキの頃からウチに出入りしてたからね」
そのためファントムに顔見知りが多いのだという。
「あの子にとっちゃ、ヒスイは高嶺の花だったから、他に甘えられる相手もいなくて、しょうがなくアタシんとこ来てたんだろうけど」
「・・・ノロケに聞こえるよ、それ」
苦笑いで、ウイスキーを飲むスピネル。
「少し酔ったみたい」
ネクタイを緩め、上目遣い。イケメンのオーラ全開で、テーブルの空気を変えた。
すると・・・
「嘘つきなさんな」
そんなスピネルの鼻をひとつまみしてから、カーネリアンがそそくさと席を立つ。
お開きにするつもりなのだ。
しかしそこでスピネルが、手首を掴んで引き止めた。
「待って」


「口説かせてもくれないの?」


「はっ!何、血迷ったこと言ってるんだい!」
きつい口調で突っ撥ねるカーネリアン・・・2人で飲みに行く度、もう何度もこのやりとりを繰り返していた。
そうして、ついにこの夜、カーネリアンは言った。


「結婚して、子供産んで。そういうのが、当たり前じゃない女だっているんだよ」


「カーネリアン?」
あくまで穏やかに、スピネルが瞬きする。
「とにかく、アタシは恋愛に向かないんだ。だからもういい加減、馬鹿なこと言うのやめとくれ」





深夜、離島コスモクロア。

トパーズの住処に、かなり酔った様子のカーネリアンが転がり込んできた。
しかも窓から。入室の許可も得ずに、だ。
「酒くさいぞ、ババア」
トパーズは目もくれず、机に向かっている。
「なんだい、なんだい、ヒスイなら喜ぶくせにさ」
写真立ての中にいるヒスイを横目で見ながら、トパーズに接近。
酒豪のカーネリアンが、こんな悪酔いをするのは初めてかもしれない。
「絡むな。仕事の邪魔だ」
「ちょっとくらいいいだろ」
カーネリアンは、トパーズの口元から煙草を奪い、それを咥えた。
「・・・話があるなら聞いてやる。それで気が済んだら、さっさと帰れ」
仕方なくトパーズが応じると、カーネリアンは少しの沈黙の後、言った。
「・・・あんたの弟、趣味悪ぃよ」
「・・・・・・」
トパーズは黙って席を離れ・・・バスタオルを手に戻ってきた。
それを乱暴にカーネリアンへと投げ付け。シャワールームの場所を告げる。
「先に酔いを醒ましてこい」



それから30分・・・

「頭ん中まで酒が回っちまったみたいだよ」
悪かったね、と、謝罪するカーネリアン。
トパーズは煙草を吹かしながら、鼻で笑って。
「それで何だ?恋愛相談か?」
「笑わせんじゃないよ。アタシゃもうババアさ」
外見年齢は30代半ばの熟女・・・セクシャルな美しさは衰えていない、が。
「・・・アンタはさ、どうせ知ってんだろ?スピネルに言ってやりゃいいんだ」
というカーネリアンの言葉に。
「だがそれは、あいつを退ける理由にはならない」
トパーズがクールに答える。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
お互いはっきりと口には出さないが・・・
一般の吸血鬼には、決まった繁殖期間がある。
齢100を超えたカーネリアンは、繁殖力を失くした吸血鬼なのだ。
「・・・若がえらせてやろうか」と、トパーズ。
「余計な気、回すんじゃないよ、ガキのくせにさ」
カーネリアンは伏せ目がちに笑って。
「“神”の力を借りるなんざ、まっぴら御免だね」と、気丈に語った。
「アイツを想って、生きてきた日々をチャラにされてたまるか、ってんだ」
亡くなった恋人を今も変わらず愛していると胸を張って。
「何の悔いもないよ。むしろ、女の誇りだと思ってるさ」
「だったら――」
トパーズはカーネリアンを見据え、言った。


「もっと堂々としてろ。あいつと向き合え」


「・・・わかったよ」
苦笑いで肩を竦めるカーネリアン。
「気が済んだら、さっさと帰れ。オレは忙しい」と。
次の瞬間、トパーズにベランダへと追い出される。
「・・・・・・」
コスモクロアは避暑地で。夏でもかなり涼しい。
夜風に当たっていると、ますます頭が冷えてきた。
「・・・“女の誇り”なんて言っときながらさ」
頑なに口を噤んで、ずいぶん長い間、スピネルの気持ちをはぐらかしてきた。
「しょうがない女だね、私も」
単純な真実を打ち明けられなかった理由を、トパーズに見抜かれたうえ、気まで遣わせて。
「馬鹿と天才は紙一重ってよく言うけど、意地と誇りも似たり寄ったりなのかもしれないねぇ・・・」





夏祭りの夜――

スピーカーからヒスイの音頭が流れ出す。
歌唱魔法の使い手だけあって、それは聴く者すべてを楽しい気分にさせた。
やぐらの下で輪を作り、大人も子供も夢中になって踊っている。
会場となっている校庭には沢山の屋台が出店している。
特にお好み焼き屋は大盛況で、例年にない賑わいだ。
その片隅で。浴衣の男女が向き合っていた。
「アタシは高齢で・・・もう子供は産めない。この意味、わかるだろ?」と、カーネリアン。
「長い間、黙っててすまなかったね」と続け、深く頭を下げた。
「さっさと言っちまえば良かったんだ・・・けど、こんなババアでも、女の意地があったみたいでさ」
「・・・・・・」
「まあこれでアンタも考え直して・・・」
「・・・・・・」
スピネルは、自分が恋愛対象にされなかった理由を知って、さすがに驚いた顔をしたが・・・
「・・・あの人、知ってる?」と、サファイアを指差した。
堕天使にしてPTA会長のサファイアは、子供達と一緒に盆踊りをしていた。
「職場の同僚・・・というか、大先輩なんだけど。あの人も、アレキを・・・世界蛇ヨルムンガルドを、息子として育ててる。シングルマザーだよ」
明るく逞しく・・・些かファンキーな笑い声が、ここまで聞こえてくる。
「“世界”には、いろんな女性がいるって、わかってるつもりだよ?」
スピネルは、視線を再びカーネリアンに戻した。
「子供を産んでも母親になれない人がいるみたいに、子供を産まなくても母親になれる人がいる。ファントムで子育てを続けているあなたの生き方は――」



きっと、正しい。



「カーネリアン?どうしたの?」
カーネリアンは下を向いたまま、顔を上げようとしない。
「女泣かせだね、アンタ」
そう言った声が震えていた。
「できれば、いつもみたいに笑って欲しいんだけど・・・無理なら、そのままでいいから聞いて」
「・・・・・・」
「改めて――」


ボクとお付き合いしていただけますか?





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