在りし日の、10月31日。

コハクはいつになく浮かれていた。
ハロウィン、初導入。仮装パーティをする予定なのだ。もちろん、二人きりで。
お菓子も衣装も、準備は万端だ。
あとは5歳のヒスイにパーティの主旨を説明する訳だが・・・
(その前に、ちょっとイタズラしちゃおうかな♪)
中身をくり抜いた、特大カボチャ。
更に、目と鼻と口を型抜きし、被り物にする。
「きっとびっくりするだろうなぁ」
驚く顔、笑う顔・・・脳内がヒスイで溢れかえり、痛恨のミスをしていることに、この時はまだ気付いていなかった。しかし ――


「しまった・・・」と、コハク。


被ってみたはいいが、脱げない。
呼吸に支障はないものの、顔面にぴったりフィットし、一体化していた。
「これ、魔界カボチャだ」
魔界カボチャは、一万個に一個という割合で、人間界のカボチャ市場に流出する。
見た目での判別は難しく、含有する魔力もごく微量のため、食べても人体に影響はない。
ただし。
「被るとまずいんだよね」
寄生タイプの魔界植物であり。宿主の魔力に応じて能力が強化するのだ。
従って、熾天使クラスにもなると、どうやっても取り外せない。
「たとえばこんな風に・・・」
裏庭に出て、薪割り用の斧を手にするコハク。
カボチャ化した頭部目掛けて振り下ろしても、軽く食い込むくらいで。
「ほら、割れない」
唯一の救いは、寄生がハロウィン限定であること。
10月31日が過ぎれば、勝手に腐って落ちる。
(まあ、これも仮装と言えなくもないけど・・・あんまりだ)
ヒスイとペアで、吸血鬼の仮装をするつもりだったのに。
「まいったなぁ・・・ヒスイに何て言おう」
ぼやきながら、コハクがキッチンへ戻る・・・と。
「あ・・・」



「ぎゃぁぁぁぁ!!!」



ヒスイの悲鳴。幼く可憐な顔に恐怖の色を浮かべ、しりもちをつく。
「!!ヒスイ!!」
コハクはカボチャ化しているのも忘れ、ヒスイを抱き起こすべく駆け寄った。が。
「こないで!!」
涙目のヒスイに思いっきり拒絶される。
シンク下の収納から古い鍋を引っ張り出し、兜がわりに被ってしまうほどの動揺ぶりだ。
(これはやばい!!!)コハク、心の声。
「こ・・・こわくないでしゅよ〜」
赤ちゃん言葉で、懐柔を試みるも。


「こわいよ!!」


・・・と、怒鳴られる。
「頭に斧刺さってるし!!」
「斧?ああ、これね」
確かに怖さ倍増だ。斧を抜き、下を向くと。
(あれ?いない)
どうやらヒスイは逃げたようだった。
(ヒスイは怖がりで、人見知りだからなぁ)
ちょっと驚かせるつもりが、泣かせてしまった。
(あんまり追い詰めるのも、かわいそうだし)
こういう時は、美味しいものをお腹いっぱい食べさせるに限る。
コハクは厨房に立ち、カボチャのシチューを作り始めた。



しばらくすると匂いにつられ、ヒスイが近付いてきた。
物陰に隠れながら移動し、今やその距離5m。
(よしよし、あと少しだ)
「あ・・・あの、かぼちゃマン」と、ヒスイ。
「うん?」(かぼちゃマン?僕のこと?)
「お兄ちゃんがいないんだけど、知らない?」
「知ってるよ。教えてあげるから、お鍋を取って、こっちへおいで」
コハクは、カボチャのシチューを皿に盛り付け、テーブルに置いた。
そろそろお腹が空いてくる時間だ。ヒスイを誘い込む自信があった。
「お兄ちゃんはね、ちょっとお出かけしてるんだ。かぼちゃマンはお兄ちゃんの友達だから、留守番を頼まれたんだよ。キミをひとりにしないように」
「お兄ちゃんの・・・ともだち???」
テーブルの下に隠れていたヒスイが顔を出す。
「そう。だからキミとも友達になりたいんだけど、カボチャは嫌いかな?」
「き・・・きらいじゃないけど」
「じゃあ、どうぞ召し上がれ」
コハクは、ヒスイを抱き上げ、椅子に座らせた。
「・・・・・・」
いただきます、のあと、シチューを一口。
「わ・・・」
ヒスイは、“おいしい!!”という表情をしてから、慌てて言った。
「で、でもっ!かぼちゃよりお兄ちゃんの方が好きなんだからねっ!」
(ヒスイ・・・)
胸にキュンとくる、甘い響き。
(カボチャと同列っぽいのがちょっと気になるけど、嬉しいよ!!)



食後のデザートまで済ませ、リビングで寛ぐ。
「そうだ、ハロウィンのお話をしようか」と、コハク。
「はろうぃん?」
満腹になったヒスイは、眠そうに目を擦っている。
「ハロウィンはね・・・」
ゆっくりとした口調で、コハクが話し出した。ヒスイを寝かしつける作戦だ。
「ふぁ・・・」と、そこでヒスイの欠伸。
話を聞いていたくても、眠気には勝てず。目を閉じる・・・
(かぼちゃマン・・・見た目は怖いけど・・・いいひと・・・)
※餌を貰うと好意的になります。



夜が明けて、ヒスイが目を覚ますと。

パジャマで、ベッドの上。いつもと同じ朝だ。
「あれ???」(かぼちゃマンがいない・・・)
コハクに話しても、「夢だよ」と、笑うばかりで。
かぼちゃマンが姿を現すことは、二度となかった。
夢か現か・・・迷宮入り。
ハロウィンの不思議な出来事として、ヒスイの記憶に刻まれたという。





それから、長い時が過ぎ ――

アイボリーとマーキュリーの双子を産んで5年目の、10月31日。
裏口からこっそり帰宅したヒスイが、ヘルメットのように抱えているのは、市場で買ったばかりのカボチャだ。
目と、鼻と、口を模った穴が開いている。
「今日はこれで私がイタズラしちゃうんだから!」
いつもイタズラばかりしている双子。
ハロウィンに乗じて、リベンジをする計画だ。
双子の通う幼稚園でも、ちょっとしたハロウィンパーティをするらしいが、そのお迎えに、カボチャの仮装で出向く気でいる。
「まだ時間があるわね」
試しにひと被りするヒスイ・・・だが。
「・・・あれ?抜けない???」
引っ張っても回しても、抜ける気配がない。
「ヒスイ?」
コハクの呼び声に、ヒスイはカボチャ頭のまま振り向いた。
「!!おにいちゃ・・・」
そこまで口にしておいて。
何を思ってか、ヒスイはいきなりこう言い放った。
「私はっ!!」



「ミ・・・ミセス・パンプキンよ!!」






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