教会を囲む森の奥で。

「隣国までこれで移動するから」と、しゃがみ込むヒスイ。
魔法のステッキの柄を使い、地面に魔法陣を描き始めた。
「完成まで、研究員Aの護衛をお願い」
人見知りのヒスイらしく、必要最低限のことしか喋らない。
ちなみに・・・モブキャラ扱いのネーミングだが、研究員Aとはジストのことだ。
プレナは返事すらせず。無言のまま、ヒスイと一定の距離を取り。
手裏剣、吹き矢、捕獲投げ網等々、ヒスイに攻撃を仕掛けるが、それらはすべて黒子が処理していた。
見事な手腕だ。
振り向いた時には、姿を消しているので、ヒスイは「へんなの」と、言いつつ、気付かない。
「・・・・・・」
(父ちゃん・・・だよな???)と、ジスト。
最初こそ見逃してしまったが、何度も現場を目撃しているうちに、黒子の正体がコハクであることに確証が持てるようになった。
なぜこんなことになっているのか、一向にわからないが。
コハクがヒスイを守っているのなら、ひと安心だ。

ところが今度は。

ヒスイに忍び寄り、魔法のステッキを取り上げるプレナ。
「ちょっと!邪魔しないで!」
立ち上がったヒスイが睨む。必然的に作業は中断となり。
「返して!」と、言ったところで、プレナが素直に返すはずもなく。
しまいには、追いかけっこになって。
「はぁはぁ・・・何なのよ・・・もう・・・」
ヒスイは息切れ。魔法のステッキは手元に戻ってこない。
「私のこと嫌いなら、はっきり言えばいいでしょっ!!」



こちら、尾行組。

「ヒスイのこと好きなのはわかりますけどね」と、黒子役のコハクが苦笑いする。
同性同士ということもあり、多少のスキンシップは大目に見ざるを得ないが。
ヒスイの気を引くための、過剰な行為を見過ごす訳にはいかない。
「そもそも、これ、昇格試験じゃないですよね」
コハクの話し相手は・・・セレだ。
「昇格試験というのは、彼女の口実だろうね。さて、これからが本番だ」
そう言ったセレの手には、虫カゴ。
「へぇ“ミ=ゴ”ですか、珍しいですね」
コハクが中を覗き込む。
ミ=ゴは、人間界に生息するものではない。昆虫系の魔物だ。
セレが虫カゴから放った途端、ヘリコプターほどの大きさになった。
蜂に似た姿をしており、体躯は甲羅に覆われている。
比較的大人しい魔物だが、好物は“脳”というグロテスクな一面を持つ。
若いものほど旨そうに食すのだ。
従って、狙われるのは、年齢的にも体質的にもジストをおいて他にいない。

それから間もなく、ヒスイとプレナ、そしてジスト扮する研究員Aのパーティーが、ミ=ゴの襲撃を受けた。
「うわ・・・っと!」
本来は恐れるに足りない相手だが、研究員Aは非戦闘要員であるため、戦う訳にはいかない。
プレナとヒスイの即席コンビが何とかするまで、逃げ回るしかないのだが・・・
ヒスイはまだ、専用武器を取り戻せていなかった。
「ちょっとっ!それ返してくれないと・・・」
当然、応戦できない。
「昇格試験に合格したいんじゃないのっ!?」
真面目にやりなさいよっ!!そう、プレナに向けて怒る。
ミ=ゴは、耳障りな羽音をさせて、ジストの上空を旋回していた。
プレナはフンッ!と、露骨に反抗。
「殺ればいいんだろ」
どこからか鎖鎌を出し、ミ=ゴに斬りかかった。
しかし、ミ=ゴの甲羅に傷ひとつ付けることができず。
それならば、と、ミ=ゴの昆虫肢を掴んで投げ飛ばす・・・が、またすぐ寄ってくる。
ダメージを負っているようには見えない。
ミ=ゴはターゲットをジストに絞っているらしく、プレナを無視してジストに攻撃を仕掛けてきた。


「!!」


接触寸前のところで。


「わんっ!」


・・・ヒスイが吠えた。ミ=ゴの動きが止まる。
「ジストも吠えて!アレはね、犬が苦手なの!」
「わかったワン!!」
「わんわん!」「ワンッ!ワン!ワンワンッ!!」
ヒスイとジストが犬になりきって、威嚇すると。
あれだけ執拗に付き纏っていたミ=ゴが、次第に離れていった。
どうやら獲物を諦めたらしい。
「・・・なんだ、今のは」と、プレナ。
良くも悪くも、茫然といった様子で。
「倒すのが目的じゃないんだから、いいのよ、これで」
そう言って、ヒスイはやっとこさ魔法のステッキを取り返すことができた。
「・・・・・・」(疲れた・・・)
こんなに骨の折れる任務は正直初めてだ。
(とにかく最後までやり遂げなくちゃ・・・)
ヒスイは再びしゃがみ込み、魔法陣の作成を再開した。



しばらくして。



トントン!肩を叩かれたヒスイが振り向くと。
ブスッ!頬にプレナの人差し指が突き刺さった。
「痛いってば!!なにす・・・」
「わたし・・・友達いない」
「私も友達いないよ。それがどうかした?」
「・・・あっ!!」
そこでジストの閃きの声。
プレナの行動の意味が、やっとわかった。
「あのさっ!もしかして、ヒスイと友達になりたいんじゃ・・・」
昇格云々より、ヒスイと友達になることの方が、プレナにとっては重要なのだ。
(父ちゃんと、セレのおっちゃんは、知ってたんだ!)
「・・・え?そうなの???」
プレナは、こくり、頷いたが。
「えーと・・・」


「ごめんなさい」


ヒスイが丁寧に頭を下げた。驚いたのはジストだ。
「ヒスイ!?」(断っちゃうのっ!?友達ってそういうモンだっけ!?)
ちょっと有り得ない展開だと思う。
「わたしが嫌いか」と、プレナ。
「ううん」ヒスイが頭を振る。
「そうじゃなくて。私はね・・・」



“お兄ちゃんさえいればいい”



「そういうタイプだから。友達には向かないよ」
「・・・・・・」
「プレナくらい勇気があれば、きっといい友達ができると思う。意地悪は、少し控えた方がいいかもしれないけど」と。
ここへきて、ヒスイは初めて笑った。その笑顔を見て。
「・・・やっぱりかわいい」
ぼそり、プレナが呟いたのを、ジストは偶然聞いてしまった。
「・・・あれっ???」
(女の子同士でも、可愛いとか、そういうのは、あると思うけど・・・)
改めて観察してみると、ヒスイを見る目がなんとなく自分と同じような気がする。
(なんて・・・)



「・・・まさかなっ!」





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