赤い屋根の屋敷。ある夏の日の朝。

「おはようございます。メノウ様」と、コハク。
欠伸をしながらキッチンの椅子に腰掛けたメノウに、ミネラルウォーターを運ぶ。
「夕べはよく眠れましたか?」
「それがさー・・・」


「“贈り物を見つけて”って、サンゴが言うんだよなー・・・」


夢の中の話、だが。
「コハク、お前、なんか知らない?」
メノウは、探るような眼差しをコハクに向けた。
「残念ながら」
何食わぬ笑顔で返すコハク。と、その時。
「なんの話?」
ひょっこり、コハクの後ろからヒスイが顔を出した。
コハクの背面にくっついていたのだ。
「なんだ、ヒスイ。そこにいたの?」
気が付かなかった、と、声をあげて笑うメノウ。
「なんてことない夢の話、ってヤツだよ」
それだけ言って、席を立った。
「俺、これからすぐ出かけるから、朝メシはいいわ。んじゃな」


こうして、メノウが去ったあと。


「・・・お兄ちゃん」
「ん?」
そういえば私も〜と、ヒスイが話を切り出す。
「今朝早くね」
夢か現か・・・目覚めかけの微睡みの中。
「銀色の蝶が、肩に止まって。“贈り物を見つけて”って声が聞こえたの。不思議だよね」
「そうだね」
コハクはヒスイの頭を撫でながら、窓の外に目を遣った。
(銀色の蝶・・・か。サンゴ様が戻ってきているのかもしれないな)
ヒスイとメノウが、同じ声を聞いたのは偶然ではなく。
(贈り物って、もしかして、あの時の・・・)
「探してみようかな。本当に見つかったら、お父さんびっくりするね!」と、ヒスイ。
そうは言っても、手掛かりはなく。
「ん〜・・・」
コハクの背中に頭を擦りつけ・・・・・・閃めいた。
「あ!そうだっ!!」
ヒスイは一旦コハクから離れ。
階段を駆け上がると、懐中時計を持って戻ってきた。
タイムトラベルを可能にするレアアイテムだ。
ヒスイはそれをコハクに見せ、大胆なアイデアを述べた。
「お母さんに直接聞いてみるとか、どうかな?」
「サンゴ様に?」
「うん!」
「・・・・・・」
コハクはしばらく考えた後。
「それじゃあ、行ってみようか」
「うんっ!!」


そして二人は過去へと旅立った ――しかし。


「・・・どういうことだ?これは」
時空を超えるとなると、必然的にもうひとり・・・
ヒスイの眷属であるオニキスが同行することになる。
休日出勤で職場にいたのだが、そこから突然消える羽目になった。
「・・・・・・」(オレの都合は無視か)
とはいえ、今に始まったことではないので、怒る気もしない。
「オニキス、あのね・・・」
ヒスイが事情を説明すると。
「そうか、わかった」
オニキスは、惚れた弱みで断れない。
それを見越していたのが、コハクだ。
(この世界には“僕”がいるからなぁ・・・)
コハク自身は行動を起こしにくい。
そのため、オニキスをヒスイの護衛に付ける算段だった。
「お兄ちゃん、ここは?」
夕暮れの、モルダバイト城下。今とはずいぶん街並みが違う。
時代背景をヒスイが尋ねると、コハクはこう答えた。
「サンゴ様が初出勤した日、かな」



当時の赤い屋根の屋敷 ――コハク。
「お仕事・・・ですか?」と、主の妻であるサンゴを見る。
「はい。何かありませんか?」と、サンゴ。
「メノウ様から、高価な品物をいただいてばかりなので、お返しがしたくて」
身一つで嫁いだサンゴに、メノウは、ありとあらゆる品を買い揃えていた。
それはもう・・・度が過ぎるほどに。プレゼント責めなのだ。
「メノウ様のアレは、愛情表現のひとつですから。気にすることはないと思いますけど」
若くして実力で手に入れた莫大な財産。
余りある、そのごく一部を使っているだけだと、サンゴに言い聞かせるも。
「私が稼いだお金で、メノウ様にプレゼントしたいものがあるんです」
それがせめてものお礼・・・思い出の品となれば。
サンゴは、いつものおっとりとした口調でそう話した。しかも。
「・・・・・・」(メノウ様には内緒で・・・っていうのがなぁ・・・)
あまりいい予感はしないが。
「わかりました」と、コハクが返事をする。
「女性で夜のお仕事となると、だいぶ限られてしまいますが・・・」
するとサンゴは、迷いのない笑顔で。
「どんなことでもします」



そして、こちら。もうひとりのコハクの下で。

「お母さんの初出勤?何のお仕事なの?」
コハクは手描きの地図をヒスイに渡し。
「オニキスと、このお店へ行ってごらん。僕はそこの宿で待ってるから」
(色々と準備もあるしね)

出発前にコハクに着せられた上着のフードを被り、銀の髪を隠して歩く。
「オレから離れるな」
ヒスイの肩を深く抱き寄せ、オニキスが耳打ちした。
「ここは治安が悪い」
娼館や、酒場や、賭博場・・・ヒスイには馴染みのない店が並ぶ。
「モルダバイトにも、こういうところあったんだね」
「どこの国にも裏社会は存在する。ところで、お前は大丈夫なのか?」
「お母さんのこと?」
サンゴはヒスイを産んで間もなく息を引き取った。
母と娘の、思い出らしい思い出は、ひとつもない。
「だからかな、お母さんって言っても、知らない人と会うみたいで・・・ん?」
・・・と、いうことは。
「そうだ、私、人見知りだった・・・」
勢いでここまできてしまったが。今になって緊張してくる。
また、そういう時に限って、すんなり到着してしまうのだ。


「えーと、ここだよね?」


店名は・・・



『Night Butterfly』



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