「メノウ様!?きゃ・・・」
ブラックカードをテーブルに投げ捨て、裏口からサンゴを連れ出すメノウ。
「ちょっ・・・お父さん!?」
2人を追って、店を出るヒスイ。
「!!待て」オニキスがヒスイの後に続く・・・が。
「はーい。そこまで」
慣れた手つきで、コハクがヒスイを捕まえる。すっぽり、腕の中だ。
「だめだよ、過去に介入しすぎちゃ」
「離してっ!いくら事情を知らないからって、お母さんをお金で買おうとするなんてあり得ないでしょ!?」
「メノウ様が、本気でそんなことすると思う?」と、コハク。
暴れるヒスイの頬にキスをして、上手に宥める。
「大丈夫だから、ここで見ててごらん」



路地裏にて。

「びっくりした?」
サンゴの手を離し、メノウが悪戯に笑う。
「は、はい」
サンゴは息を弾ませ、胸元にうっすら汗をかいていた。
「あんなの、冗談に決まってんじゃん。サンゴを金で買えるなんて、思ってないよ」
「メノウ様・・・」
「そんなカッコして、こんなトコいるから、ちょっと脅かしてみただけ。コハクが付いてるからいいけど、そうじゃなきゃ結構アブナイ仕事だし」
「ご心配をおかけして、すみませんでした」
「・・・ま、なんか理由があんだろ?」
「はい。今夜だけはどうしても」
「だったらいいよ。店に戻りな」
「はい」
深く一礼し、路地を引き返してゆくサンゴ・・・



「・・・え?これだけ???」
ヒスイは拍子抜けしたような顔で、ひとり佇むメノウを見ていた。
「納得してる訳じゃないよ」コハクは睫毛を伏せて笑い。
「でもね ――」


「喧嘩できるほどの時間が、あの二人にはなかったんだ」


「!!」
「だからメノウ様は、“贈り物”の存在を知ることができなかった」
どういう訳か、サンゴもこの夜に隠された真実を伝えぬまま亡くなってしまったのだという。
「・・・そっか。じゃあ早く教えてあげないとね!帰ろう!お兄ちゃん!」
「母親の方はもういいのか?」と、そこでオニキスが尋ねる。
「うん。ちょっとだけだけど、お母さんがどんなひとかわかったから。充分だよ」
「・・・・・・」
(死者に情を移しても、戻ったとき辛くなるだけ・・・か)
コハクが設定した、過去滞在時間。
母と娘を再会させるにしては、短かすぎると思っていたが。
(そういうこと、か)




現代に戻ったヒスイがまず探したのは ― サンゴの日記だった。
「あったよ!お兄ちゃん!オニキス!」
コハクとオニキスが見守る中、そこに挟まれた一枚の紙を抜き取り。
「あ、これだよね」
それは・・・オーダーメイド品の引き換え伝票だった。
受け取りに指定された日付は、何十年も前だが・・・
幸い今も、モルダバイト城下にある老舗のものだった。
「引き換えに行ってみます」と、コハク。
「私も行くっ!」
そう言ったヒスイが、コハクの腕に飛び込んで。出発。※当然空路。


・・・それから30分もしないうちに、2人は戻ってきた。


無事、引き換えできたらしく、10cm近く厚みがある正方形の包みを、ヒスイが大事そうに抱えていた。
ちょうどそこにメノウが帰宅し。
「はい!お父さん!」
ヒスイがそれを差し出す。
「お母さんの“贈り物”見つけたよ」
「どゆこと?」
コハクが経緯を説明すると。何よりメノウは、ヒスイが同じ“声”を聴いていたことに驚いたようだった。
「開けてみて!」と、ヒスイ。
メノウが包みを開けると・・・
黒の表紙に銀色の蝶の刺繍が施された1冊のアルバムが現れた。
「これがサンゴの・・・」
メノウの言葉にコハクは頷き。
「メノウ様は生きて・・・思い出をたくさん作ってください、って、ことでしょう。産まれてくる子供と一緒に、ね」
「・・・だいぶロスしちゃったなぁ」苦笑いするメノウ。
その間、コハクはなんと30冊以上のヒスイアルバムを完成させていた。
「まだ間に合いますよ」と、コハク。
その場を離れたかと思うと、トパーズとジストを連れ、すぐに戻ってきた。
手には、ポラロイドカメラを持って。
「早速、家族写真でもどうですか?」
「お!いいじゃん!」
「それじゃあ、みんな並んで ――」


パシャッ!


「ヒスイ」
「ん?何?オニキス」
「先程の日記から、これが」
伝票の方にばかり気を取られていたが。
もう一枚、挟まれていたらしく。
オニキスはそれをヒスイに手渡した。
「え・・・これって・・・」
あの夜の、オニキスとヒスイらしき人物の似顔絵。
お世辞にも、絵心があるとは言えない出来だが、配色に間違いはなく。
そこには・・・


“ありがとう”


一言、そう書き添えてあった。
「・・・それはこっちのセリフだよ」ヒスイが呟く。


『生きる強さ。愛される自信。私が持っていないものを、すべて持って産まれますように』


まだ見ぬ我が子・・・ヒスイに。
(命がけの、祈りを捧げてくれたひと)
「ありがとう、お母さん」



窓辺に止まっていた銀色の蝶が、ふわり、飛び立つ。
ゆっくりと屋敷から遠ざかってゆくその姿を、ヒスイは長い間見つめていた。



死者の魂が蝶となり、一時、現世へと舞い戻る。



モルダバイトで古くから語り継がれている伝承である――



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