「お待たせしました」
コハクに連れられ、オニキスの前へ現れたヒスイは、息を呑むほど美しい大人の女になっていた。
目立ってしまう銀の髪は、栗色に染められ。ふんわりカール。
夜の街に相応しいドレスアップも済んでいる。皮肉にも、オニキス好みに。
「後はお願いします」と、コハク。
「・・・ああ」
オニキスはヒスイをエスコートし、宿を出た。
目的地は無論『Night Butterfly』だ。
そこでは夫婦のフリをすると決めて。
「お母さん、20歳未満は入れないお店で、何やってるんだろ?」
「・・・・・・」
疑問を抱くのが、だいぶ遅い。
オニキスは察していたが、「酒を扱う仕事だろう」とだけ言った。


こちら、『Night Butterfly』。


“上質なお酒を嗜み、女性接客員との会話を楽しむ”を、コンセプトとした店で、女性客も歓迎している。
・・・場所柄、男性客がほとんどだが。
「お客様のグラスにお酒を注いで、お話するだけでいいんですか?」
仕事内容を確認するサンゴ。
「まあ、だいたいそんなところかと」と、用心棒のコハクが答える。
ここは、メノウの知人が経営しており。
事情を話したところ、快く協力してくれた。
サンゴは、接客向けの衣装・・・胸を強調したロングドレスに着替え。
見事に髪を盛っている。完璧な仕上がりだ。
あとは先輩に付いて、おおまかな仕事の流れを覚えるだけである。



そして――



「いらっしゃいませ」
入店したオニキスとヒスイを迎えたのがサンゴだった。
「!!」(いきなりお母さん!?)驚きで硬直するヒスイ。
「とてもお綺麗な方ですね」サンゴが言うと。
「そんなことないよ。おか・・・あ、あなたの方が・・・」


「おっぱい、大きいし」


(・・・あれ?私、今、変なこと言っちゃったような)
コホン!と、そこでオニキスの咳払い。
「妻は、こういうところへくるのが初めてなものでな。少々・・・はしゃいでいるようだ」
「まあ、そうなんですか」
サンゴは、女神さながらの微笑みで。
「どうぞこちらへ。ご案内します」


「・・・・・・」


サンゴの隣に座ったものの・・・ヒスイは動揺していた。
(何しに来たんだっけ・・・)
考えをまとめようと必死になって。
「・・・あっ!そうだ!」
思わず、声に出る。
「贈り物のあり・・・むぐっ!!」
途中、オニキスがヒスイの口を手で塞ぎ。耳元で。
「落ち着け、ヒスイ。その質問は不自然だ」
過去と未来は本来交わってはいけないものだ。
正体を悟られずに、それとなく聞き出さなくてはならない。
自ら課したとはいえ、口下手なヒスイには難易度の高いミッションだ。
「世間話でも何でも構わん。とにかく会話に慣れろ」
「え、でも私、何話していいのか全然・・・」
「モルダバイトの歴史を思い出せ」
「それって時事ネタってこと?」
オニキスとヒスイがヒソヒソ話をしていると。
サンゴの方から。
「新婚さん、ですか?」
「えっ!?ううんっ!!熟年だよ!!子供も6人いるし!!」
ヒスイは慌てて。本当のことを言ってしまった。
「6人・・・なんて素敵」と、両手を重ねるサンゴに。
「えっと・・・あなたは、結婚してるの?」
ぎこちない口調で、ヒスイが尋ねた。
「はい」
「こ・・・子供は?」
「早く欲しいんですけど、できにくい体質みたいで」と、自身のお腹に手を置くサンゴ。
その姿はどこか寂しげで。
ヒスイは努めて明るく・・・自爆に近い質問をした。
「男の子と女の子、どっちが欲しいの?」
「どちらでも」と、サンゴ。
「ただ願うだけです」


「生きる強さ。愛される自信。私が持っていないものを、すべて持って産まれますように、と」


「・・・大丈夫だよ、きっと」
ヒスイが口を開く。そして、サンゴにこう告げた。


「あなたの子供は、太陽の下でしぶとく生きてる」


「・・・え?」
「あっ!これはそのっ・・・ただの勘だけどっ!」
「妻の勘は当たる方だ。何も心配することはない」
オニキスがそう言うと。サンゴは喜ぶように笑って。
「・・・・・・」(お母さんって・・・)
美人でも、気さくで、話しやすい。
それに気付くと、自然に次の言葉が出た。
「どうして、夜のお仕事始めたの?」
「夫に贈り物をしたくて」
そのための金銭を得るために。
「一晩だけ、こちらで働かせてもらうことになったんです」
「何を・・・贈りたいの?」
「実はもう決めてあるんです ――」



サンゴの口から、贈り物の在処を聞き出すことに成功した、その時。
「何、やってんの?」
不機嫌な声で、サンゴの腕を掴む人物・・・メノウだ。
「!!」(この時代のお父さん!?)
メノウは周囲に目もくれず、サンゴを問い詰めた。
「お仕事をさせていただいています」
「・・・なんで?」
「お金が欲しいからです」
「・・・金で女を買う趣味はないけど、しょうがないか」
「メノウ様?何をおっしゃって・・・」
するとメノウはサンゴの顔を覗き込み。
「サンゴの値段」


「一晩いくらか、って聞いてんの」



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