とある夏の日・・・
「・・・海、いく」
座天使イズの第一声。ここは赤い屋根の屋敷だ。
「うん?海?」
コハクが聞き返す。
(またずいぶん唐突だなぁ)と、思いながら、イズの次の言葉を待った。
「・・・コハク、魔界島、知ってる?」
「知ってるよ」
魔界島とは、人ならざる者達のちょっとしたリゾート地だ。
紫外線が殆どなく、吸血鬼でも海遊びができるスポットとして知られている。
ただし・・・百年に一度、数週間だけ海底から浮上する島であるため、現在は沈んでいる。
「もうじき・・・姉妹島・・・現れる」
魔界島の姉妹島は、常に漂流を続けている島で。
位置さえ把握できれば、いつでも行ける。
魔界島より土地面積は狭いが、紫外線が殆どないという点では同じだ。
その割に認知度は低く・・・つまり、穴場だ。
「任務の・・・途中で・・・見かけた」
イズ曰く、クリソプレーズの沖辺りに、近日中に流れ着くとのこと。
「これなら・・・ヒスイ・・・いける。コハクも・・・いける」
「うん、そうだね。じゃあ、行こうか」
それから数日後・・・
コハク×ヒスイの熾天使カップル。
ラリマー×ルチルの智天使カップル。
イズ×ジョールの座天使カップル。
計6名が漂流島に到着した。
「わ・・・」(潮の香りがする)
ヒスイが感嘆の声を上げる。
誰もおらず、何もない島だが、それゆえ自然が豊かで。
静寂に包まれた一帯は、波の音しか聞こえない。
天候にも恵まれ、カラッとした暑さ。空はどこまでも青かった。
早速、木々の間にビニールカーテンを張り、男女に分かれて水着に着替える。
女子側にて。
ヒスイはいつになく張り切っていた。
なぜなら・・・今回の水着は白のビキニ。※初挑戦※
用意したのは、コハクではなく、スピネル。一緒に買い物に行ったのだ。
更に・・・
(これがパットってヤツなのね!!)
胸を大きく見せる裏技をスピネルから教わった。
(これを胸に詰めれば、私もそこそこ・・・)
そんなヒスイをよそに。
ジョールは競泳用水着。ルチルはパレオ付水着に着替え。
互いのスタイルを褒め合ったあと。
「「やっぱりヒスイさんは綺麗ねぇ・・・」」
揃ってうっとり。
なにせ“人間”には見えない。
性的なものを感じさせない体型が、高潔な美しさを一層引き立て。
見る者を惹きつけてやまない・・・のだが・・・
当の本人は、パットで胸を盛ることに必死になっている。
「ヒスイさん、髪、編みましょうか?」
メイド長ジョールの手が、ヒスイの髪へと伸びる。
「ううん、いい。お兄ちゃんにやってもらうから・・・何?ルチル」
「あっ・・・いえ・・・ヒスイさんに見とれてしまって・・・」
不快な思いをさせてしまったら、ごめんなさい、と、ルチル。
「別にいいけど・・・“銀”ってそういう種族みたいだから、いちいち褒めなくてもいいよ」
美しさで敵さえも虜にし、己の身を守る――銀の吸血鬼の、特性のひとつなのだ。
ぶっきらぼうなヒスイの物言いに。
ジョールとルチルは顔を見合わせ、こっそり苦笑い。
その時。
「できたっ!」
パットを入れ終え、不自然に膨らんだヒスイのバスト。
「どうかな?」と、いきなり二人に話を振った。
「「えっ!?」」((ヒスイさんの胸が大きく!?))
困惑するジョールとルチル。
パットを入れたであろうことは察したが、どうコメントしたらいいかわからない。
ヒスイが妙に得意気なので、とりあえず、ジョールとルチルも微笑んで。
「よくお似合いですよ」
「よく似合っています」
するとヒスイは・・・
「私っ!お兄ちゃんに見せてくるっ!」と、ビニールカーテンから飛び出していった。
「「あっ!?ヒスイさんっ!?」」
二人は慌ててヒスイを追った。
「お兄ちゃんっ!」
「ヒスイ」
男性陣は先に着替えを終えていた。
と言っても、コハクは薄手のパーカーを羽織っている。
人前で背中の紋様を隠すのはいつものことだ。が・・・
何故かイズもラリマーもコハクを真似てパーカーを着ていた。
「ジョール・・・こっち・・・」「はい」
「こちらへ来なさい、ルチル」「はい」
天使と花嫁のカップルがそれぞれ合流し。
そして・・・こちら、お馴染みの熾天使カップル。
ヒスイの変化にコハクが気付かない筈がない。
「くすっ、おいで、ヒスイ」
ヒスイの手を引き、入り江の端まで移動する。
コハクのコメントが気になり、上目遣いでチラチラと様子を窺うヒスイ。
「その水着、似合うね」と、言われ、嬉しそうに顔を綻ばせた。
「うんっ!スピネルが選んでくれたの!!」
コハクは笑いを噛み殺し。
「胸、一晩でずいぶん大きくなったね」
「そうでしょ!!あっ、でも触らないでね?」←バレるから。
目で見て楽しんで!などとヒスイが言うので、ますます可笑しく、愛おしくなる。
「ね、ヒスイ。どうしてここまで来たかわかる?」
岩場の影でコハクが尋ねると。
ヒスイは少々、照れて、むくれて。
「・・・えっち?」
「正解」
微笑んだコハクは、ヒスイの顔を両手で引き寄せ、キスをした。
「まずは、気持ちいい思い出、作ろうね」
「も・・・おにいちゃ・・・てばぁ・・・」
・・・コハクはともかく。ヒスイは知らない。
ヒスイのニセ胸を心配した花嫁達が、パートナーを引き連れ、すぐ傍まで来ていることを――
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