漂流島は、上から見ると林檎の芯に似た形をしている。
熾天使カップルの濡れ場を後にしたルチルは、木々の間を抜け、島の反対側へと出た。
そこも同じような入り江になっている。
邪念を振り払うつもりで、ルチルは海へ入った。
準備体操も、自分が泳げないことも、忘れていた。
そして間もなく・・・
「!?」
ルチルは波に攫われ、溺れてしまった。
「ルチルさん!?」
そのことにいち早く気付いたのは、ジョールだった。
ジョールもまた、島の反対側に来ていたのだ。
イズは・・・昼寝をしている。
「ルチル!!」
ラリマーもすぐ傍まで来ていたが・・・
「私に任せてください!」
ラリマーを制し、ジョールが飛び込む。
華麗な泳ぎでルチルに追いつき、陸地へと引き戻し。
それから、人口呼吸。
ジョールはライフセーバーの資格を持っていた。
ルチルはすぐに意識を取り戻したが・・・自分がしてしまったことに茫然としている。
「ルチル!!怪我はありませんか!?」と、ラリマー。
「あ・・・はい。すみませんでした。ジョールさんも・・・」
「いいえ、私、昔から泳ぎは得意なんです」
と、そこで。
「ジョール・・・先祖が、人魚・・・」
砂浜にイズが姿を現した。
まだ眠そうな顔でしゃがみ込み、ジョールのふくらはぎを指す。
左右両方に人魚の鱗を思わせる痣が薄く浮かんでいた。
「海水に・・・濡れると、出る」
「あら?そうなんですか?」
今までそんなことはなかったのに、と、ジョール。
「花嫁に・・・なって・・・太古の血、目覚めた」
そうは言っても、ジョールの場合、泳ぎに磨きがかかった程度で。
肌が乾けば、痣も消える。
その血は、これから産まれてくる娘に色濃く受け継がれることになるのだが、それはまた別の話――
「何かあったの?」と、ヒスイが木々の間から顔を出した。コハクも一緒だ。
ヒスイはポニーテール姿で。胸はしっかり盛り返している。※コハクが詰め直しました※
「私が溺れてしまって、ジョールさんに助けていただいたんです」
ルチルは精一杯の作り笑顔で答えた。
「ちゃんと準備運動した?」
「それが・・・忘れてしまって。駄目ですね、私」
「ルチル?なにかあったの?ちょっと変だよ???」
「そんなことは・・・」
ヒスイとルチルが微妙な会話をする一方で。
「セラフィム、もしタオルなどお持ちでしたら貸していただけませんか?」と、ラリマー。
「髪が濡れたままでは、ルチルが風邪をひいてしまいますので」
「くすっ、過保護だね、君も」
コハクは笑いながらも快くタオルを手渡した。
「ところで君、ルチルさんに何か余計なこと言ってないよね?」
「余計なこと?」
ラリマーは心当たりがない様子だったが・・・
「例えば――昔の話とか」
「昔の話と言われても・・・ヒスイと一緒に暮らしていたことぐらいですが・・・」
「・・・・・・」(言っちゃったんだ・・・)
「セラフィム?何か問題でも?」
「ヒスイ、ちょっと」
コハクはヒスイを呼び寄せ、耳元でコソコソ、内緒話。
「えっ!?そうなの!?わかった!!」
あとは任せて!と、ヒスイ。
ラリマーからタオルをひったくり、一路、ルチルの元へと駆けていった。
「ルチル、ちょっと二人で話さない?」
「あ、はい」
「とりあえず、髪、拭いて」
タオルをルチルに渡し。波の届かない砂浜に、二人並んで座る。
「えーっと・・・」
決して話上手とは言えないヒスイは少し考えてから。
「ラリマーのことなんだけど」と、切り出した。
「一緒に暮らしてたって言っても、ほんの何週間かだし、その頃にはもう私、お兄ちゃんの“花嫁”だったから――」
(安心して!って言うのもおかしいかな???う〜ん・・・)
「安心して!って言うのもおかしいかな???う〜ん・・・」
・・・心の声が口に出ている。※本人は気付いてません※
「ヒスイさん・・・」(もしかして、私を気遣って・・・?)
花嫁同士でいても、あまり慣れ合わないヒスイが、懸命に話をしている。
その言葉に、ルチルの気持ちもずいぶん和らいだ。
なぜあの時、心にわだかまりができてしまったのか、不思議に思うくらいに。
「・・・私もね」と、ヒスイが話を再開する。
「時々やきもちやくよ?」
「ヒスイさんも?」
「うん。お兄ちゃんとジョールって、趣味が合うの」
二人が手芸の話題で盛り上がっている時、自分は会話に入れず、寂しく思うこともある、と、打ち明ける。
「ヒスイさん・・・」
「私達は“天使の花嫁”で。心配することなんて何もないってわかってても、そういう感情って消えないよね」
ヒスイが膝を抱えて笑った次の瞬間。
「そうだったんですか」
「!!」「!!」
はっきりした声に振り向くと、そこにはジョールが立っていた。
「実は私もさっきイズさんから・・・」
『えっちなヒスイ、何度も見たことある・・・昔から綺麗・・・』
という言葉を聞き。色々邪推してしまい、落ち込んでいたのだという。
「・・・あれ?なんで今、その話が出てくるの?」
鋭いような、鈍いような、ヒスイの切り返しに。
「「え!?」」
ジョールとルチルが慌てる。
「「あの・・・それはその・・・」」
声を揃え、再び赤面・・・
ちょうどそのタイミングで。
「ヒスイ」
コハクが遠くから手招き。
「あ!お兄ちゃんが呼んでる!私、行くね!」
こうしてヒスイはコハクの元へ戻っていった。
「ねぇ、ルチルさん」
「はい」
「私達はもう、姉妹のようなものだと思うんです」
「ジョールさん・・・」
「どんな時も、信じ合い、助け合って、生きていきましょう」
「はいっ!」
このバカンスの拠点としている場所に、ジョールとルチルの二人が到着すると。
ヒスイはそこで待っていた。
「まあ!ヒスイさん、素敵!」
ヒスイの姿を見るなり、そう言って、両手を重ねるジョール。
ヒスイの髪には赤いハイビスカスの花が飾られていた。
「お兄ちゃんがくれたの!」
ヒスイは満面の笑みで。
「ジョールとルチルの分もあるよ!」
「「え?」」
「ジョール・・・これ」
ヒスイの言葉に続き、まずはイズがジョールの艶やかな黒髪に花を添えた。
ヒスイと同じ赤いハイビスカスだ。
「まあ、ありがとうございます。イズさん」
それからラリマーが軽く咳払いをしてルチルの前に立った。
「さっきはごめんなさい」と、ルチル。
「それはもう良いのです。私の方が配慮が足りませんでした」←コハクからレクチャーを受けた。
ルチルの柔らかな金髪に花を添え、微笑む。
「よく似合っていますよ。私の“花嫁”」
昼食を済ませ。それぞれが思い思いに過ごす時間。
ジョールとルチルが仲良く肩を並べ。
相変わらずコハクにべったりのヒスイを見て、くすくすと笑う。
「楽しいですね」「ええ、本当に」
どちらともなくそう声を掛け合ったあと、島の景色を眺める。
二人が口を閉ざすと、波音に混じってコハクとヒスイの笑い声が聞こえた。
「・・・楽園、ですね。ここは。ラリマーと来られて良かった」
太陽の光に目を細め、ルチルが言った。
隣で海風に吹かれていたジョールも笑顔で頷く。
「ええ、私もそう思います。イズさんと来られて良かった」
天使と花嫁。
男と女。
アダムとイブの楽園――。
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