あれから数ヶ月・・・すべてがひと段落したある日のこと。

赤い屋根の屋敷――リビング。

そこにはメノウとヒスイがいた。
親子水入らずでティータイムを過ごしているところだった。
コハクはキッチンでケーキを焼いている。
「――でね、お母さん?みたいなヒトが、助けてくれたんだって」
マーキュリーから聞いた話だ。
「へー・・・」と、紅茶を口に運ぶメノウ。
「やっぱりお母さん、近くにいるのかな?」と、ヒスイ。
「私も、昔助けてもらったことあるよ。トパーズと色々こじれちゃった時に」
「俺の前には、姿見せてくんないなぁ」
メノウは苦笑いで、呟くように言った。するとヒスイが。


「もう心配ない、ってことじゃない?」


「なるほどなぁ」
ここでもまた苦笑いだ。
「あ、そういえば、お母さんのお墓ってないの?庭にお花沢山咲いてるし、もしあるなら持っていこうかな、って」
「ないよ」
「そっか」
メノウの返答は、思っていた通りのもので。ヒスイは頷いた。
赤い屋根の屋敷は、短期間とはいえ、サンゴが暮らしていた場所なのに、写真も飾られていなければ、遺品の類も殆ど見たことがない。
それはメノウが、サンゴの死と直面したくないからだと、解釈していた。
・・・が、そこで。
「でも、ま、そろそろ建ててもいかもな」
「え?お父さん?それって・・・」
驚くヒスイの頭を、正面から撫でるメノウ。
「・・・この世界に戻ってきた時さ、娘のお前がいて、すぐに孫もできて。何だかんだで、ずっと賑やかだっただろ。だから――」


「俺は、俺のことを考えずに済んだ」


サンゴがいない世界でも、気持ちがすぐ“生きる”方に向いたのは、そのお陰だ――と。
「お父さん・・・」
「自分のことだけを考えるって、楽っちゃ楽だけど、ちょっと寂しいだろ?」
「・・・うん、そうだね」
「俺もしばらく逝けそうにないし。いっちょ、立派な墓でも立てて、皆で手を合わせるか!」
「・・・ねぇ、お父さん」
「ん?」
「お墓はひとまず置いておいて、写真を飾るくらいでいいんじゃない?」
何を思ってか、ヒスイがそう口にした。
「周りにお花も充分添えらえるし。写真に時々話しかけたりして。お母さんの好きな物をお供えしたら、次の日にはなくなってるかも」などと言って、笑う。
齢を重ねたせいなのか、顔立ちは幼くとも、あたたかみのある、奥深い笑顔だった。
「あはは!何だよ、それ」と、メノウも笑い。
「――けど、そうなったら、面白いな」




――翌日。

「お父さん、こっち!」
ヒスイに手を引かれ、庭を横切り、辿りついたのは、離れの建物。
「中へどうぞ、メノウ様」
待機していたコハクが扉を開ける・・・と、そこには。
「!!」(サ・・・ンゴ・・・)
写真や遺品が揃った、サンゴを偲ぶ空間。
「・・・・・・」
しかし、どんなに年月が経っても、懐かしい〜では済まず、感情が揺れる。
立ち尽くすメノウに、コハクが言った。
「本家の方にも、写真は飾ってありますが――」


「サンゴ様のことだけを考えたい時もあるでしょう?」


「そういう時は、いつでもここへ来てください」
「・・・そうさせてもらうわ」
写真立てを手に取り、メノウがそう口にする傍ら、ヒスイが歌い始めた。
レクイエムなどではなく、幸せを伝える歌だ。
「・・・お母さんが、今どこにいるのかわからないけど。目に見えないところへは、目に見えないものの方が、届くような気がしない?」と、ヒスイ。
花も、香りの良いものを選んだという。


間もなく、ヒスイの歌声を聞きつけた双子兄弟が、離れに顔を出した。
「お!これ、ばーちゃんの写真じゃんか!」
アイボリーが写真立てを覗き込む。
「やっぱ、ばーちゃん、乳デケェ」
悪気のない口調でそう言って、ヒスイの胸元を見た。
「シトリンもアクアもデケェのに、なんで?」
「私はお父さん似だから、いいのっ!!ペッタンコでも!!」
ほら、そっくりでしょっ!!と、メノウの隣に並ぶ。
「ちょっ・・・何で笑うのよ!お兄ちゃんまでっ!!」
アイボリー、マーキュリー、コハク、そしてメノウ。
皆が笑う。拗ねていたヒスイも、次第につられて笑い出す。
「あはは!ま、確かにヒスイは俺似だよ」
メノウは笑いながら、再び写真立てに目を遣った。




“家族”の楽しい笑い声。




もし届いているのなら。




(一緒に笑ってくれよな、サンゴ)








・・・はい。メノウさま。







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