「薪をどこに隠しやがった!畜生!!」


こちら、領主の館に到着したコクヨウ。
使用人はひとりもおらず、室内には一切明かりが灯っていない。
「チッ!!なんて様だよ!!」
階段を駆け上り、片っ端から扉を開け、死を望む領主を探す、と。
三番目の扉を開けた先に、その姿が。
「!!」(ガキも一緒か!?)
妻を亡くした領主に、幼い子供がいるとは聞いていない。
だが、目の前には、40代半ばほどのやつれた領主と、母親が死んだことさえ理解できないであろう齢の少女がいた。
暗闇のなか、窓を開け、迎えが来るのを待っている。
「なにやってんだ、テメェ!!」
領主を怒鳴りつけるコクヨウ。
すっかり頭に血がのぼっていた。
「妻が待っている・・・わたしを・・・この子を・・・はやく・・・いかなくては・・・」
ブツブツと、生気のない目に生気のない声で、領主が呟く。
「んなわけねぇだろが!!」


「“母親”が一番悲しむことすんな!!バカ野郎!!」


コクヨウはそう叫び、領主の顔を一発殴った。
「ぱぱをいじめちゃため!!」
幼い少女が、泣きながら、父親を庇う。
「ぱぱ、おまつりいこう。ままはおまつりがすきだから、さきにいっちゃったんだよ。いっしょにままをさがしてあげるから、おまつり、いこう?」
「っ・・・!!うぅっ・・・」
コクヨウの拳と、娘の言葉に、正気を取り戻した領主が泣き崩れる。
「・・・愛してやれよ。死んだ女の分まで」


(・・・言えたモンじゃねぇけどな)
リアカーに薪を積み込み、広場を目指すコクヨウ。
道すがら、自身の過去を振り返る――
サンゴの娘、ヒスイを、昔一度殺しかけたことがある。
(そんなこと、サンゴは望んじゃいねぇって・・・)
今なら、わかる。だが当時は、考える余裕もなく。
「・・・・・・」
血を分けた姉弟なのに。
サンゴの、本当の望みを、理解することができなかった。
(ここまでくんのに、ずいぶん時間がかかっちまった)
サンゴの死を受け入れられなかったのは、他に愛する者がいなかったから。
サンゴの孫であるアクアを愛するようになって、やっとそれに気付いた。
「サンゴ・・・」




コクヨウが広場に戻ると、そこではもう、祭りが始まっていた。
白銀の炎を囲み、飲めや歌えの大騒ぎで。
ことごとく霊を追い払う――が。
「サ・・・ンゴ?」
炎の中、揺らめく影。
町の人間には見えていないようだが、コクヨウには見える。
もともと霊感が強いのと、ヴァルプルギスの夜であること、その他諸々、条件が重なっているのかもしれないが・・・。
「サ・・・」
声を掛けようとして、躊躇うコクヨウ。
胸を張って話せることが何もない気がした。
一方で、コクヨウの到着に気付いたマーキュリーが。
「コクヨウ義兄さん」と、駆け寄る。
「・・・どうなってんだ?」
「お祖母さんが助けてくれたみたいです。見えますか?炎の中に」
「・・・まーな」
コクヨウは素っ気なくそう答えたっきり、炎の方を見ようとはしなかった。
「すみません。わざわざ運んでもらったのに」
「お前が謝ることじゃねぇよ」
サンゴが助けた、ということは。
「・・・危なかったのか?」
「はい、自己管理ができていませんでした」
マーキュリーは厳しい口調でそう言ってから。
「領主の方はどうでしたか?」
コクヨウは、明かりの灯った館を眺め。
「もう、大丈夫だろ」




白銀の炎で一際盛り上がった祭りも、終わりを迎えようとしていた。
夜明けが近いのだ。
「コクヨウ義兄さん、お祖母さんと話さなくて良いんですか?」と、マーキュリー。
「返事はないですが、こちらの言うことは聞こえているみたいです」
サンゴは、炎の中で、にこにこしている。
「あと数分で、日が昇ります」
腕時計に視線を落とし、マーキュリーが言った。
炎の勢いは弱まり、サンゴの輪郭が徐々に曖昧になってゆく・・・別れの時が迫っていた。
「っ・・・」(クソッ!!)
意を決し、コクヨウが顔を上げる。
「サンゴ・・・っ!!」
触れられないとわかっていて、それでも、炎の中へ手を伸ばした。


「今度は、オレのところに産まれてこい!!」


「アクアは、オレの女は、丈夫な奴だから、きっと健康に産んでやれる」
サンゴはただ微笑むばかりだったが、聞こえていることを信じて続ける。
「大事に育ててやる。太陽の下で、あいつと暮らせるようにしてやるから。だから――」
「――時間です。コクヨウ義兄さん」
朝日に照らされ、白銀の炎が・・・消える。
解き放たれたサンゴもまた、暁の空へ吸い込まれるように消えていった――


「・・・雨?」
朝日の眩しさに目を細めながら、マーキュリーが空を仰ぐ。
サンゴが消えた空から、ポツポツと雫が落ちてくる。
「違う、これは・・・」(涙・・・)
銀の姉弟の間で、何があったかは知らない。けれど。
温かく降り注ぐ“これ”は、きっと嬉し涙なのだと、マーキュリーは思った。
「・・・お前、好きな女とか、いねぇのか?」
マーキュリーの隣に並び、同じ空を見上げていたコクヨウが言った。
「・・・いませんよ」
マーキュリーは笑顔で答えた。
「・・・まあ、なんだ。“銀”の男は、色々面倒だかんな。わかんねーことあったら、いつでも聞きにこい」
柄にもなく、先輩風を吹かせるコクヨウ。
「ぷっ・・・ありがとうございます」
マーキュリーに笑われ、急に恥ずかしくなったのか、コクヨウは慌てて話を逸らした。
「迎えがくるまで、修業すんぞ!!」
「はい、ではお言葉に甘えて」
次の瞬間、マーキュリーが鞭を振る。コクヨウに向けて。
「!?うわっ!!おま・・・何すんだよ!!」
「実はこの鞭、対象者に、力を与えたり、奪ったり、できるみたいなんです」と、マーキュリー。
「コクヨウ義兄さんで、試させてもらってもいいですか?」
返事も待たずに、再度、鞭でコクヨウを狙う。
ギリギリのところで避けながら、コクヨウは「止めろ!!ちょっと待て!!」と、叫んだ。



(笑いながら嘘をつくところなんざ、サンゴにそっくりなのに)



「こいつ・・・」



(ドSじゃねーか!!)







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