※番外編『過剰スキンシップ』を読破された方向けです。
モルダバイトの空一面に灰色の厚雲が広がる、真冬のある日。
エクソシスト教会の廊下を走る美少女、ヒスイ。
その手に抱えているのは、バスケット。
中にはカップケーキが沢山入っている。
いろとりどりのクリームでデコレートされたそれは、見ているだけでも楽しい。
3時のおやつにコハクが作った絶品スイーツを、寮にいる子供達に届けにきたのだ。
(お兄ちゃんのおやつ、みんな大好きだもんね!)
子供達の喜ぶ顔が浮かび、自然と足も速くなる。
ところがそこで。
「!?ひぁ・・・っ!!」
ヒスイが何かに躓き、体勢を崩した。
足元に、透明な一本の糸が張られていた。
思わぬトラップ・・・ヒスイは前のめりで、派手に転んだ。
「っ・・・いたぁ・・・」
「何やってんだ、お前」
「!!トパーズ」
良かったぁ〜、と、顔を緩ませるヒスイ。
転倒の際、勢いよくヒスイの手を離れたカップケーキ入りのバスケットは、トパーズが見事キャッチしていた。
・・・と、その時。
「ちょっとぉ〜、ママを苛めていいのは、アクアだけだって、前から言ってるよねぇ〜?」※女子では、の意※
次女アクアが廊下の角から姿を現し、ヒスイの背後に潜んでいた人物に言い放った。
「誰が決めた」
短くそう言い返したのは、食堂勤務エクソシスト、プレナイトだ。
「ヒスイはわたしが苛めて、遊ぶ」
堂々とアクアの前に立つ。トラップを仕掛けたのは・・・プレナだった。
「はぁ〜っ?何それぇ〜」
二人共かなりの長身で。睨み合うと物凄い迫力だ。
“ヒスイ苛め”を巡り、火花を散らす、ドS女子二人。
今にもバトルに発展しそうだ。
「え?ちょっ・・・」
ヒスイは訳がわからないまま、起き上がることすら忘れている。
「ホラ立て」と、そこでトパーズがヒスイの腕を掴んだ。
「来い。治療してやる」
「治療?あ・・・」
言われてみれば、膝がヒリヒリする。
擦り剥き、少し血が出ていた。
「でもアクア達が・・・ちょっとヘンだよ?」
「放っとけ」
アクアとプレナの周囲に人だかりができる。
教会恒例の賭けが始まったのだ。
コハクvsトパーズ、ジストvsサルファー、そしてアクアvsプレナへと引き継がれたようだ。
「最近あんな感じだ」
「あ・・・そう」
エクソシスト正員寮。トパーズの部屋にて。
「そこに座れ」
「うん」
言われるがまま、ベッドの端に腰掛けるヒスイ。
今日は寒いね、などと言いながら、足をブラブラさせる。
「動かすな。やりづらい」
そう言って、トパーズがヒスイの足首を握った。
膝に口づけ、ヒスイの傷を消し去ると、そこに舌を這わせる・・・
軽く足を持ち上げ、そのまま、ふくらはぎを舐めようとした時だった。
「あ!見て!トパーズ!雪だよ!」
ヒスイが窓辺を指差した。
「・・・・・・」
ヒスイの足から手を離し、雪を見るトパーズ。
モルダバイトで雪が降るのは珍しい。
これまでも数えるほどしかない。
「・・・・・・」
子供の頃、こんな雪の日に熱を出したことがあった。⇒カップル絵巻『No.7』参照。
あの時、ヒスイはいなかった。
けれども今日は、ここにいて。
窓を開け、嬉々とした表情で雪空を見上げている。
トパーズが後ろに立つと、視線を雪に向けたまま。
「ね、トパーズは今幸せ?」
唐突に尋ねてきた。
どうやらヒスイは、この質問をするのが好きらしい。
「教えない」と、トパーズ。
それから「お前はどうだ?」と、逆にヒスイへ質問した。
「私?幸せに決まってるでしょ」
得意気に鼻を鳴らすヒスイ。
「・・・だったら分けろ」
トパーズは、低く屈んでヒスイの背中に乗り掛かり、その頭部に顎を乗せた。
「これで分けられるものなの???」
ヒスイは不思議そうにしていたが。
(あったかいから、ま、いっか)
「・・・・・・」
ヒスイの世界を外側から見ていただけの頃は、幸せとは言えなかったと思う。
ヒスイの世界で共に生きるようになってからは――
(・・・まあ、幸せだ)
窓の外に目を遣ると、ジストが雪の中ではしゃいでいる。
「兄ちゃん!ヒスイ!雪だよっ!!」
窓辺にいる二人に気付くと、大きく手を振って。
「ジスト、犬みたいだね」と、ヒスイが笑う。
・・・幸せな、雪の日。
お題:管理人
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