楽しそうな笑い声が聞こえ、ふと顔を上げて窓の外を見る。
オレは初対面でメノウ刑事をジジイと呼び、コハク刑事を睨みつけて宣戦布告した捜査一課のトパーズ。
礼儀を知らないわけじゃない。何かと面倒をみてくれるオニキス刑事には敬意を払い、妙に懐いてしまったジスト刑事もオレなりに可愛がっている。
あの初対面挨拶には理由があった。
今、視線の先には署に戻ってきたヒスイがいて、その姿を追っていたオレは数年前のことを思い出していた。

まだ警察学校で研修を受けていた頃のこと。
可愛い子がいる。
つるむのが嫌いだったオレの耳にも届くほど、校内で噂になっている同期の女がいた。
名前はヒスイ。女同士でキャアキャア騒ぐでもなく、図書室で本を読んでいることが多い。
恋人がいるらしく、告白した連中は片っ端から断られている。
同期といっても大勢いて、研修はグループ別だから顔も知らない。
それなのに情報通。
いつも自由時間は寮でゴロゴロしているオレが、わざわざ図書室まで足を運んだのは興味本位だった。
そして、部屋を見回しただけで……こいつだとわかった。
幼く見えるが噂になるのも頷ける。
ただ、独特の雰囲気があり、積み上げられた本が境界線に思えて声もかけられず。
その日からオレの調子も狂い始めた。
「トパーズ君、運動したいのデスカ〜?」
「!?」
グラウンドで実習中のヒスイをぼんやり眺め、仁王立ちのサファイア講師に注意されることもしばしば。
印象付けようと合同訓練では必要以上に張り切り、見かけると無意識に姿を追っている。その意味を考えたくなかった。
―――それから卒業まで一度も言葉を交わす機会はなく。
交番勤務を経てストーン警察へ異動が決定。
出勤初日、会議中だから待っててと案内された部屋で、オレは明るく笑うようになっていたヒスイと再会した。
「今日から着任するヒスイです。初めまして」
初めまして……だと!?
「先輩。私は何をすればいいですか?」
同期だ……馬鹿。
名前は知らなくても顔くらい。
そんな淡い期待を裏切られ、当時の努力も無駄だったと知って密かに愕然。
無性に意地悪したくなったオレは、ポケットにあった飴を放り投げた。
「大人しく食ってろ。ガキ」
「子供扱いするならフルーツ飴にして」
「じゃあ返せ」
ガキ呼ばわりと一発で眠気も覚める飴。どっちに機嫌を損ねたのかわからないが、膨れっ面で口調も変わったヒスイが慌てて飴を口に入れる。
「あ〜辛いっ!すっごく辛い〜!!」
「食うなら文句言うな」
手加減してヘッドロック。必死にもがくヒスイの姿を楽しみながら、オレは少しばかり拍子抜けもしていた。たかが飴一個で普通に喋れるじゃないか、と。
接し方がわからず、見つめているだけだった当時が悔やまれる。しかし―――意地悪を満喫していたオレは、いきなり背後から奇襲攻撃を受けた。
「君は完全に包囲されている。人質を放せ」
「お兄ちゃん!お父さん!」
「ヒスイ〜。やっと一緒に仕事できるね」
隙をついて脱出したヒスイが嬉しそうに抱きついた男。こいつが例の恋人か……ピンときて不機嫌になったオレに、近づいてきたメノウ刑事が止めを刺した。
「プロレス技とは大胆過激。エロい新人だなぁ」
「黙れ、ジジイ」
「僕はコハク。よろしく」
「お前には負けない」
これが初対面挨拶の真相。接し方を学習して喜んだのも束の間、同じ職場にライバルがいると知って叩きつけた挑戦状だった。

あいつとオニキス刑事とオレの戦いは続行中。それでも、あの頃より研鑽を積んで接し方にも変化が出ていた。
「ただいま〜」パタパタと走ってくる音がして振り返ると、眩い笑顔を向けてくれるヒスイがいて……自然とオレの顔にも笑みが広がる。
「面白いことでもあったの?」
「まぁな。今日も無駄に違反キップ切ったか」
「やってないわよ。失礼ね」
怪しいもんだなと肩を竦めて渡したのも……フルーツ味の飴。オレのポケットは右も左も飴ばかり。もちろんヒスイ専用だ。
そして餌付けだけでなく、しっかり行動も起こしている。
「おい、遊んでやるから日曜は空けておけ」
「お兄ちゃんと遊園地行くから無理」
「ちっ……じゃあ次の日曜だ」
「お兄ちゃんと映画観る約束してるから無理」
その翌週はショッピング、そのまた翌週はドライブと果てしなく断られ―――
「ちょっと見せろ」
痺れを切らして手帳を覗き込んだオレは、不覚にも開いた口が塞がらなくなった。
土曜、日曜、夏季、正月。
休暇という休暇が、お兄ちゃんと○○で埋まっていたのだ。
あいつ……シメる。
いつも一歩先を行くオレのライバルは手強い。





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