はぁ……疲れた。
溜息を吐きながら日誌を書いている僕は捜査一課のサルファー。
親友ジストやスピネルと一緒に試験を受けて合格し、配属された一課で知り合ったコハク先輩を心から尊敬し、大好きな漫画を描きながら充実した毎日を送っている。
だけど、今日は散々な目に遭った。

配属二年目で新人が入ってきても雑用は頼まれる。
別に嫌ってわけじゃない。ベテラン刑事だって通ってきた道だから。
だけどコハク先輩をデレデレにするあの女……ヒスイ刑事に警察手帳を届けるとなれば話も別だ。
ずっと交通課にいればいいのに。
でもコハク先輩も異動しちゃうだろうな。
わかりきっている事実に消沈。
所用があったトパーズ先輩の車に途中まで同乗し、徒歩で交通課の取り締まり現場に向かった僕は、忘れ物女王の頭上に手帳を落とした。
「届けてくれたの?ありがと」
「ドジ。お前のせいで貴重な時間が潰れた」
「お前じゃなくて先輩でしょ!」
「先輩なら僕の足を引っ張らないでくれ」
「く、くやしい〜」
一課では恒例の皮肉たっぷり口喧嘩。
だけど交通課の連中が驚いたように振り返り、気まずくなった僕らが肘での小突き合いに切り替えた時だった。
ピッ!ピピィーーーッ!!
スピード違反で路肩に停車するよう合図した車が、笛と制止の声を振り切って猛スピードで走り去る。
「乗って!追うわよっ」条件反射。
なんで僕が……と反論もせず、呆然としていた僕は慌ててミニパトに乗り込んでいた。
信号無視で必死に撒こうとする逃走車。
サイレンを鳴り響かせ、隅に寄った車の脇を走り抜けるミニパト。
そして心の中で絶叫している僕。
減速なしで曲がるたび遠心力で投げ出されそうになり、車外の景色もぼやけて見えず……僕は乗車してしまったことを即後悔した。
「スピード落とせよ!仮にも刑事だろっ」
「仮って何よ。追跡中に安全運転してどうするの」
「こっち向くな!前見て運転……危な」
ごつん!
いきなりサイドブレーキを引いてドリフト方向転換。
高等テク……あ、侮れない。痛い。
「話しかけるからよ!署に無線でナンバー確認してっ」
う、運転すると人格変わる典型!?
思いっきり窓にぶつけた頭の中で、感心と痛みと驚きがぐるぐる廻って。
何が何だかわからなくなった僕は、シートベルトを掴みながら無線も手にする。
「こちらS17。EPB−96の車輛確認を」
【了解………盗難届が出てますね】
「だから逃げたのね。私を撒こうなんて甘いわ」
無線を切ったと同時に、運転席からギュッとハンドルを握る音がして。
これ以上は……だけど……。
「降ろせ!お前なんかと自爆したくな、うわぁぁ」
分解しそうな音を発しているミニパトのアクセル全開。まさにカーチェイス映画……僕は騒動に巻き込まれた悲劇のヒロイン気分を味わう羽目になった。


「はっはっは。ヒスイ刑事もやるなぁ」
「笑い事じゃないよ。トパーズ先輩の方が安全運転だ」
「捕まえたんだからいいじゃないか」
あれからジェットコースターを超える恐怖を数十分も味わい、ふらつく足で署に戻ってきた僕はシトリン先輩に愚痴っていた。
先輩なんだけど“堅苦しいのは抜き”って言われてさ。すっかり打ち解けて、今じゃ何でも気軽に話せるいい人なんだ。
「パトカーが自動操縦なら安全なのに」
「自分で作ればいい。手伝うぞぉ」
「いいね。ついでにロボット変形するとかさ」
「おぉ。じゃあまずは設計図だな」
漫画ならともかく作る技術なんて持ってない。冗談ってわかってても、こういう話に乗ってくれるのが嬉しくて。僕の疲れも一気に吹き飛んだ。
「武器もいるな。ミサイルとか剣とか」
うんうん。カッコイイ。
「署に経費請求するとして、どこで買えるんだろう」
さすが。そんな細かいことまで。
「待ってろ。どんな手を使ってでも用意するぞ」
えっ!?
「ちょっと待って!あぁ……いないっ」
後を追って部屋を飛び出したけど、もう姿は見当たらない。
僕は冗談のつもりだった。もちろんシトリン先輩もそうだと思っていた。
だけど……どうやら本気だったらしくて。
どんな手を使ってでもって、何をする気なんだ?
ロボットは無理でも、そんな完全武装パトカーに乗ったら僕が逮捕されるっ!
「シトリン先輩ー!シトリン先輩〜っ」
泣きながら母を探す迷子気分。
外出しそうだったら足止めしてくれと受付に頼み、すれ違う署員にも見つけたら教えてくれと声をかけ―――僕はようやく休憩室でシトリン先輩を発見した。
「おいおい、お前ら暴動でも起こす気?」
「サルファーは正義の為に立ち上がる戦士なんだ!」
嘘だろ。話がでかくなってる。
ミサイル購入を持ちかけられたメノウ先輩の顔が、引きつってるのは気のせいじゃない。
「上に相談してみるよ……一応」
「やはり頼りになる。よかったなサルファー」
ははっ。うん……そうだね。
そうか。トップにまで話がいっちゃうのか。
これがあの女だったらメッタ切りで言い返すけど、好意で進言してくれたシトリン先輩が相手じゃ何も言えなくて。
購入却下は間違いないけどさ。


何を書いたらいいんだろう。
思い出したくもない一日を振り返り、僕は日誌と睨めっこを続けている。





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