「今日はぁ、コハクさんのお家に行くんですよぉ」
いつもの日曜日。
エリスはいつもと同じように起きて、いつもと同じように長い髪を櫛で梳きながら小鳥達と会話していた。
「コハクさんの“お願い”を叶えに行くんですぅ」
いつもと同じ間延びした口調。
「ダイヤさんが迎えに来てくれるんですよぉ」
いつもと同じ間延びした口調……でも、さっきの声とは潜んでいる色が少し違う。
その色が持つ意味に、まだエリスは気付いていない。
とある晴れた日。
小鳥も軽やかに歌いだしたその時……1人の精霊が世界に生まれ落ちた。
彼女は『エリスライト』と名づけられた。
エリスは花の精霊。
彼女が歌えば鳥達は羽を休め、共に歌った。
彼女が願えば力を無くし枯れる一途を辿っていた植物も綺麗な姿に生まれ戻った。
そんな彼女は他の精霊達にとても愛された。
時には親となり、時には兄弟となり、日々成長していった。
しかし……そんな成長も急に止まる事となった。
まだ精霊としての力が弱かった彼女は……自らのキャパシティを越える力をいつしか使うようになっていた。
全ては……綺麗な花を咲かせるため。
全ては……花を見て喜ぶ小鳥や虫を見るため。
全ては……自らを愛してくれた他の精霊達に褒めてもらうため。
そして……彼女は自らの力を花の種に変え……花の成長に費やし……自らの成長を止めることとなった。
そんな彼女でも成長する箇所があった。
それは『髪』……今では自らの身長を越え、あげくには自分で髪を踏んで転ぶという芸当まで出来るようになった。
何故、髪が成長するのかはわからない……エリスにも他の精霊にもわからなかった。
それでも……日々、エリスは生きていた。
大好きな歌を歌い、大好きな花を見て、大好きな小鳥達と会話した。
そして今……エリスの周りには自らの成長を見ていてくれた精霊以外の友人がいっぱい出来た。
どうして出来たのかは……たった一つの出会いがキッカケだという事にエリスは気付いている。
でも、エリスは気付いてない。
その時出会った子に……自らがこれまで抱いたことのない感情を持っていることに。
時間は数日前に遡る。
「私と? 市場に? ダイヤと?」
「そう。オレ……イマイチそういうのわかんねーし」
そういうの……って何買いに行くつもりなんだろ?
ヒスイはコハクの淹れてくれたハーブティを片手に考える。
急な訪問者のダイヤ。
そんな彼の前にコハク特製クッキーとハーブティを置いた途端の一言。
『ヒスイ……悪いんだけど、オレと市場に行ってくれない?』
……なんで私?
「市場って確か今度の日曜日に開催されるアレだよね?」
一緒に話を聞いていたコハクがダイヤに笑う。
「そう、アレ。色々と掘り出し物出るって噂」
「私とじゃなくエリスと行ったら?」
「だ、だから! そう、じゃなくて……つーか、えーと……あ、あれだ……えー……なんてゆーか……」
あ。
ピンときてコハクに視線を送ると……やっぱりいつもの微笑みを返すコハク。
未だに慌てふためくダイヤに聞こえないようにこそこそとヒソヒソ話。
「もしかしてダイヤって……」
「うん。エリスに買いたい物があるんだよ」
「私を誘った理由は……」
「自分じゃわからないからじゃない? やっぱり女の子の意見ってあるし」
「それにダイヤだもんね……」
恋に奥手だという事実がわかってる今、自分に助けを求められた以上断るわけにもいかない。
ほっとけないもんねぇ……ダイヤを見てると。
特にエリス関係に関しては。
そっとしておきたい反面、あまりにも進歩しない関係にこっちが息詰まってくる。
「うん、いいよ。一緒に行って選んであげる……髪飾りとかがいいと思う、私は」
「そうだね、買い物に行ってる間、エリスはウチに来てるといいよ」
「やったぁ! うん、エリスを連れてくるよ」
喜ぶダイヤに聞こえないようにまたまたヒソヒソ話。
「お兄ちゃん?」
「エリスに頼みたいことあったんだ」
「何? 知りたい!」
「まだ秘密」
こうして……エリスとヒスイに内緒の作戦が始まった――――
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