「お邪魔しますぅ」
コハク宅のリビングに間延びした甘ったるい声が響き渡る。
早速出てきたのは、コハク特製のハーブクッキーとハーブティー。
そして……小さな白い袋だった。
「これ、ですかぁ?」
そもそも今日の目的は……少なくともダイヤは『自分がヒスイと出かけている間、コハクにエリスを託す』のが目的だった。
しかし……コハクはダイヤがヒスイに約束を取り付け帰っていった後にこっそりとエリスに連絡していた。
それが……このエリスの掌の中にすっぽり納まる大きさの白い袋だった。
「中身、見てもいいですかぁ?」
「どうぞ」
小さく細い指が器用に紐を解く。
そして、袋を逆さにして……中身をその掌で受け止める。
パラパラ……乾いた音を立てて袋から零れ落ちたのは、小さな赤い種だった。
「これはぁ……」
「うん、100年くらい前の種かな」
「じゃ、少し前ですねぇ」
一瞬だけ、コハクの表情がピキッと固まる。
それも一瞬だけで、すぐにコハクはいつもの表情に戻る。
そうだった……この子、見た目が幼いせいで忘れてたけど……800年以上生きてるんだった。
「これ、どうしたんですかぁ?」
「メノウ様から頂いたんだけど、昔の種のせいか普通に植えたぐらいじゃ咲かないんだよね」
「ですねぇ。この子からは何も感じませんからぁ」
掌の小さな種を、その細い指で愛おしそうに撫でる。
「これを咲かせて欲しいんだ」
コハクの両手には植木鉢と土、スコップにぞうさん型ジョウロ。
「はいぃ、わかりましたぁ」
かくして、園芸作業が開始された。
「こんなもんかな、土と水は」
「はいぃ。これで大丈夫ですぅ」
そう言ってエリスは植木鉢をその胸にぎゅっと抱き寄せた。
その途端……エリスの周囲に小さな光が徐々に集まりだした。
そして……ふわり、と長い髪が浮かびだす。
その後は……不思議な光景の連続だった。
小さな唇から発せられるのは……花の精霊特有の言語による歌。
ふわふわと宙を彷徨う髪は、歌に合わせて踊っているようにも見える。
「……源は髪、か」
「あ、トパーズ起きた?」
不機嫌そうなトパーズにコハクは相変わらずの笑みで返す。
「うん、僕もそう思うよ……だから体の成長が止まっても髪だけが伸びるんだと思う」
本来ならば、体内に蓄えるべき力。
それがエリスの場合、体の成長が止まると同時に力の保有力も失われてしまった。
行き場の無い力は……このままでは体内でキャパシティを超えることになり……小さなキッカケで暴発してしまう。
その前に……力は、自らの居場所を求めてエリスの体内を探し回り……その結果――――
髪にその居場所を求めた。
「おそらく、髪がピンク一色ではなくグラデーションになってるのもそのせいだと思うよ」
エリスの髪は毛先に向かうに従って濃いピンクになっている。
それも……力が毛先の方に向かうほどより強く保有されているからである。
「歌……」
「ん? あぁ、彼女は歌声で力を発揮するからね。ダイヤの話では何も無くても歌ってるらしいよ」
「……あそ」
そういえば、音楽教師が今いないんだったな……。
エリス、就職先内定である(笑)。
夕方……ダイヤはエリスを自宅へと送りに行くその道中――――
「エリス……ぁ、あのさ…」
「はいぃ?……きゃん!」
振り返ったと同時に……自分で髪を踏んでその場で転ぶ。
「あ、エリス!」
慌てて駆け寄り……その小さな身体を抱き起こす。
「怪我は?」
「大丈夫ですぅ」
エリスは踏んでしまった髪を指で手繰り寄せ、労わるように撫でる。
「あ、あのさ……これ」
カサッ――――その手にはリボンがあしらわれている袋。
「これはぁ?」
「エリスに……どうかなって思って」
袋から出てきたのは、色とりどりの球体がピンで幾つも留められたヘアゴム数個。
そして、綺麗な布で作られたバレッタ数個だった。
「エリスに合うかなぁって。あ、ヒスイに選んでもらったんだけど!」
慌てた様子のダイヤとは対照的に落ち着いた微笑みを浮かべるエリス。
「嬉しいですぅ、ありがとうございますぅ」
そう言って……少しだけダイヤに向かって背伸びする。
ちゅ――――
「お礼ですぅ」
頬を手で押さえて呆然と立ち尽くす純情少年。
「コハクさんがぁ、教えてくれたんですよぉ」
ほんのちょっぴり……距離がまた縮まった瞬間――――
その頃、コハク宅では……。
「もう少しで咲くの!?」
ウキウキと興奮のあまり落ち着きの無いヒスイを後ろから抱きしめるコハクが苦笑する。
「うん。エリスがね、ヒスイが見られるようにって咲く時間を調節してくれたんだよ」
そう言った途端……何も無かった植木鉢の中心が少し盛り上がった。
「あ、そろそろかな?」
ゆっくりと……それでも、普段では絶対に見ることの無い花が咲き誇る瞬間。
少しずつ開かれていく双葉。
その合間から新しい芽が生え……先端に小さな蕾をつけた。
そして……徐々にそれが膨らみ始める。
時間にして30分後……それは甘い香りを放ちながら綺麗に咲き誇った。
「うわぁ……白くて大きいね!」
「うん、古い種だったから心配だったけど……エリスはさすが花の精霊だね」
「綺麗……でも、枯れちゃうのがもったいないね」
そう言ったヒスイの笑顔があまりにも綺麗で……思わず唇を重ねた。
大丈夫……花は枯れてなくなるけど。
咲き誇った思い出は消えて無くならないから。
そして……エリスも。
ダイヤと出会ったことによって、もっと綺麗に咲き誇るだろう。
永遠に枯れない……微笑みと共に――――
With an important daughter … In an important friend.
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