“この家は、おかしい”
サルファー思案の刻。
父さん、兄さん、ジスト。
ひとりの女に寄ってたかって。
みんなあの女にかまいたくて、仕方がなくて。
ソワソワと落ち着かない・・・特にジスト。
手伝いにヒスイを参加させなかったのには、そういう理由もあった。
ヒスイがいるとどうしても3人の気が散るのだ。
「・・・甘やかし過ぎなんだよ」
チヤホヤされて、ふんぞり返って。
さっぱりわからない。
あんな女のどこがいいのか。
僕だけはあんな女の軍門に下るもんか!!
ゴトッ。
志を高く掲げたところで、不吉な音が響いた。
「!!!!!」
「あ・・・ごめ・・・」
原稿に広がる、恐怖のシミ。
最悪のタイミング。
ヒスイがインクの瓶を倒したのだ。
「“悪気がなかった”で済むんなら、この世に罪なんてなくなるだろ!許すもんか!」
「ヒスイだって謝ってるだろ!また描き直せば・・・」
なぜかそこでサルファーVSジストの兄弟喧嘩が始まる。
「そういう問題じゃないんだよ!!」
「どういう問題だよ!お前、心狭すぎ!!」
「なんだとっ!!」
取っ組み合いの殴り合い。
「え、ちょっと待って・・・」
溢したインクを慌てて拭いて、手も、服も、髪も、黒く汚れたヒスイが駆け寄る。
「なんでその女の味方ばっかりするんだよ!」
「大切だからに決まってるだろ!」
「こんな奴なんか・・・こんな奴なんかっ!!」
「消えていなくなれっ!!!」
キッチンまで聞こえる叫び。
すぐさまコハクがやってきてコツン!ゲンコツでサルファーを諫めた。
「その言い方は良くないな。君に命を与えてくれたヒトだよ?」
「ちょ・・・そんな大袈裟に言わなくても」
「ヒスイは黙ってて」
当人抜きの議論が益々溝を深めていく。
「もういいってば!ね、サルファー、どうすれば許してくれる?」
何度も謝罪はした。
汚してしまった分の原稿を描き直す手伝いも当然するつもりだった。
「土下座」
サルファーがそう言い放つまでは。
(土下座!?)
自分が悪いとわかっていても腹が立つ。
ヒスイ、逆ギレ。
「何でソコまでしなきゃいけないのよ!!」
(・・・コイツのせいだ)
敬愛していたコハクに怒られた。
軽く小突かれた程度でも、ショックは大きく。
ヒスイの土下座ぐらいで、心の傷は癒えない。
結局それが引き金となって・・・
「僕、この家出てく」
「ちょっと待てよ!出て行くってどこに・・・」
リビングを飛び出したサルファー。
ジストもそれとほぼ同時だった。
サルファー最後の呟きは、隣にいたジストにしか聞こえていない。
「エクソシストになるんだよ。あそこには寮がある。そこで気ままな一人暮らしだ」
「けど、簡単になれるってわけじゃないし・・・」
教会の規則が改正になり、未成年、就業中の者には試験審査があるという。
更に12歳以下の低年齢者はその内容も難しいとされていた。
「やってやるさ!文化系舐めるなよ!」
サルファーは勇ましく肩を鳴らして、宙を睨んだ。
翌日。
武器の扱いには、はっきり言って慣れていない。
学校で護身術程度の武術を学んだだけだった。
「父ちゃんに習っときゃ良かった〜・・・」
二人一組でないと申し込みができないので、名前を貸したジストもおのずと巻き込まれ、二人は今、自分専用の武器を見つけるために、屋敷内を探索していた。
「サルファー?どこいくんだよ」
地下室への階段を下る。
ジストはこの時まで地下室の存在すら知らなかった。
冷たいコンクリートの壁。しんとした未知への空間に思わずブルッ。
ジストはサルファーほど気が強くないのだ。
「いいからついてこい」
大きな錠の掛かった扉の前で、サルファーは鍵開けの呪文を唱えた。
(サルファーすげ〜・・・)
学校では習っていないはずの呪文。
一体どこで覚えてきたのだろう。
サルファーの行動力と、要領の良さにはいつも感心させられる。
「・・・なんでウチにこんなんあるの?」
そこは武器庫だった。
多種多様の武器がズラリと揃っている。
中には少し血の匂いが混じって。
居心地のいい場所とは言えなかった。
自分の家とは思えない・・・ジストは、ぽかんと間抜け顔。
「この家、使われてない部屋がたくさんあるだろ?探険してみろよ。あの女のケツばっかり追いかけてないで」
棘のある言い回しに、ジストが反論。
「“あの女”なんて言い方よせよ。お前、最近態度悪すぎだって」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
日頃は仲の良い二人も、ヒスイに話題が及ぶと喧嘩になってしまう。
この先、意見が食い違うのは目に見えている。
話し合いの余地もなく、喧嘩をしても解決しない。
お互いそれはよく分かっていた。
両者一旦黙り、そこで閑話休題。
「ここの武器持ち出したの、父ちゃんにバレたら“おしおき”だぜ?」
「たぶんそうだろうな。でも僕はやる。遅かれ早かれ、家は出るつもりだった」
早く自立したい。その為のいい機会なのだと、ジストに向けて熱く語る。
「オレは・・・ヒスイと、父ちゃんと、兄ちゃんと・・・みんなでずっと一緒に暮らしたいな・・・」
「好きにすればいいだろ。お前はお前で」
情に薄い少年、サルファー。孤高の一匹狼。
血を分けた兄弟でも、馴れ合いはしない。
ジストの“みんなで”に、自分が含まれていようが容赦なく斬り捨てる。
「・・・・・・」
(サルファーって、こういう奴だった・・・)
どうにも引き留めようがない。
(ま、いっか。エクソシストになれるかどうかもわかんないもんな)
「僕はこれにする」
「じゃあ、オレはこれ!」
サルファーが選んだのは、ハルベルト。
簡単に言えば、柄の長い斧。
ジストが選んだのは、パルチザン。槍だ。
それぞれ、とりあえずポーズを決めてみる。
「なかなかいいよな」と、ジスト。
「うん。悪くない」と、サルファー。
夢に向けて。
子供達の企み。
「いいか、ジスト。絶対内緒だぞ?」
「わかってるって!」
丁度時期が良かった。
一年に一度しかない、年少のエクソシスト希望者の為の審査会が近付いていた。
サルファーとジストが武器を盗み出して8日。
教会から通知を受けた二人の審査日がついにやってきた。
学校は、サボるしかない。
「両親が突然病に倒れ、看病が必要だから、今日は二人とも欠席します」と、サルファーがルチルに嘘の連絡をした。
コハクとヒスイはピンピンしている。
今日は仕事で早朝から家を空けていた。
教会にて。驚きの対面。
「な・・・んでヒスイ達がここにいんの?」
「エクソシストだもん。当然でしょ」
なんと、コハクとヒスイが試験官だったのだ。
「水くさいなぁ・・・エクソシストになりたいなら相談してくれればいいのに。うん、いい武器持ってるねぇ」
“おしおき”決定。コハクの笑顔に震え上がる兄弟。
(終わった・・・僕の夢・・・)
よりによって、天敵であるヒスイに運命を握られるとは。
「残念でしたっ!お兄ちゃんと私がえっちしかしてないと思ったら大間違いなんだからねっ!!」
「ヒスイ?いいの?そんなに大声で言っちゃって」
「え?」
周囲には他の試験官も受験者もいた。
皆、ヒスイの発言に目を丸くしている。
「!!!」
ヒスイはたちまち赤くなり、サッとコハクの後ろに隠れた。
そこから控えめに顔を覗かせ、サルファーへ・・・アッカンベー。
目立つのは嫌いと言いながら、ヒトと違う言動が結局目立っているヒスイ。
(もういい・・・恥ずかしいからやめろ・・・)
試験会場は、受験者ごとにくじ引きで決められる。
箱に手を突っ込んで、掴んだボールに書かれている場所がそうだ。
「げ・・・何だよ、この海底神殿って」
くじを引いたのはジストだった。
「この際どこでもいい」
サルファーが吐き捨てる。
両親が担当試験官ということで、すっかり意気消沈の二人。
会場よりも、この後に待っている“おしおき”のほうが気になる。
「出発は明日だよ。受験者用の部屋が用意されているから、今夜はそこでゆっくり休むといい」
コハクの笑顔は穏やかなものだったが、やはり恐ろしい。
「後で話聞きに行くから、逃げちゃだめだよ」
その後間もなく、子供達の悲鳴とコハクの楽しそうな笑い声が寮内に響き渡った。
晩刻。エクソシスト正員寮。
「まさか二人が試験受けにくるなんてびっくりだね」
窓辺に立つ夫婦。
ヒスイはコハクの腕の中にすっぽりと収まって。
共に夜空を見上げていた。
「・・・サルファーがね、家出たいんだって」
「へぇ〜・・・そう」
「うん、まぁ、僕はいいと思うけど。男の子だし。家からそんなに離れた場所でもないしね」
「うん」
「ヒスイはどう思う?」
「別にいいよ」
「淋しくない?」
「ううん。全然」
実にさっぱりとしたヒスイの回答。
ははは・・・
この二人にも困ったものだと頭を掻いて。
「ヒスイとサルファーは少し距離を置いたほうが、上手くいくかもしれないね」
そして、夫婦の時間。
「こうやってゆっくり星を眺めるのも悪くないでしょ?」
「うん」
「今夜は何もしないで、このままでいよう」
「え?」
滅多にないコハクのセリフに、ヒスイは目をぱちくりさせて腕の中から見上げた。
「“えっちしかしてないと思ったら大間違い”ってヒスイが言ったから。たまには、ね」
「も〜・・・恥ずかしいからソレ言わないで」
照れたヒスイが腕の中でモゾモゾと動く。
「あ・・・まんまるの月・・・おいしそう」
見上げた夜空のフルムーン。飴玉のようだとヒスイが笑う。
「月ってどんな味がするのかな?食べられる訳ないけど、そんなこと考えちゃう」
「くすっ。食べられるかも」
「え〜・・・無理だよ」
「あ〜んしてごらん」
あ〜ん・・・ぱくっ。
「わ・・・甘い・・・」
口の中に落とされた、大粒の飴玉。
「コレが溶けてなくなるまで、こうしていよう」
飴玉で膨らんだヒスイの頬をちょんと突いて、抱きしめる両腕に力を込める。
「それから?」
「一緒にお風呂に入って」
でもえっちはしない、と、自分に言い聞かせるように付け加える。
「よ〜く歯を磨いて」
「うん」
「少し早いけど、おやすみのキスをして眠ろう」
「うん!」
心が繋がる夜。
「お兄ちゃんも食べる?」
「ん?」
「ちょっとだけ、貸してあげる」
ヒスイがそっと舌を出す。先のほうに飴玉がのっていた。
(飴の貸し借りっていうのもすごい発想だ・・・ヒスイらしいというか・・・)
勿論いただく。
表面がいい具合に溶けた飴を口移しで受け取って、舐め転がす。
(うん、これはなかなか・・・味わい深い・・・)
ヒスイの唾液に包まれた、飴の味。
しっかりと堪能して、ひとまわり小さくなった飴玉をヒスイにキスで返す。
「ん〜・・・」
口の中には同じ味が広がって。
同じ味の舌を絡め合い。
混ざり合う唾液も、甘い。
くすくす・・・
「おにいちゃん、あま〜い・・・」
「うん。甘いね・・・すごく」
交わす微笑みも、とろける甘さ。
「・・・好き?僕のキス」
「うん。好き」
「・・・いちばん?」
「?うん。いちばんだよ」
聞くまでもない質問に軽く首を傾げて、ヒスイが答えた。
(それならまぁ・・・いいか)
わざわざトパーズの名前を出して、雰囲気をぶち壊しにしたくない。
ヒスイは・・・トパーズのキスを、許す。
それがどういうことか、ちゃんとわかっているのかな。
「お兄ちゃん?」
(わかってないだろうなぁ・・・。じゃなきゃ、こんなにまっすぐ僕を見ることなんてできないだろう)
「・・・さて、どうするかなぁ」
「お兄ちゃん?何か言った?」
「ううん。ね、ヒスイ、もう一度、飴貸してくれる?」
「うんっ!」
夜が明けて。
コハクとヒスイ、サルファーとジストの4名は、海底神殿へ向けて出発した。
同じ頃。
屋敷の留守を預かるトパーズの元へ、蒼い天使が舞い降りた。
「・・・座天使が何の用だ?」
「・・・たすけて」
‖目次へ‖‖前へ‖‖次へ‖