かけがえのない命“スピネル”と出会った夜。
コハクと交わした約束。


「先に言っておくが、今夜のことは・・・」
「わかってるよ。誰にも言わない」


一度だけヒスイを抱くつもりで寝室へ向かった。


だが、そこにはコハクがいて。
「どうもこんばんわ〜」
「・・・・・・・・・」
仕組まれたのだとオニキスはすぐに気づいた。
(どう足掻いても“駒”のひとつという訳か)
目の前のコハクにスピネルも驚いているようだった。
「スピネル。君の気持ちはよくわかった。オニキスの遺伝子が欲しいと言うのなら、それもいいだろう」
と、爽やかに微笑んで。
「だからって、ヒスイの体で勝手にヤられちゃ困るんだよねぇ?」
笑顔のまま凄味を利かせるあたりが、コハクらしい。
それからオニキスに視線を流して・・・
「今は魔法医学が発達していますから、わざわざそんなことしなくても・・・」
同情の笑みを浮かべながらも、言うことはハッキリ言う。


「ヌイてください」


「・・・・・・・・・」
「後はメノウ様とトパーズで何とかしてくれます」
採取したものをスピネルinヒスイに持たせ、二人が待機する研究所へ向かわせた。
「今後については本人に任せるつもりです。スピネルはあなたを選ぶと思いますよ。お願いしてもいいですか」
「ああ。あいつがそれを望むなら・・・何だ?」
コハクが笑いを噛み殺している。
「立ち直り早くなりましたね」
「・・・・・・」
「ついでと言っては何ですが、もうひとつお願いがあります」
オニキスの返事は待たずに話を続ける。
「スピネルと一緒に“あるモノ”を探して欲しいんです」
「・・・・・・」
「引退して、どうせ暇でしょ?」
「・・・・・・」
否定できないところが辛い。
王家につかず離れず10年。影で王政をささえてきたが、それも潮時と考えていた。
「退屈はさせませんよ」
「・・・いいだろう」




そして現在。国境の町ペンデロークにて。

「で、見つかりましたか?“黙示録”は」
「・・・いや、まだだ」
定期報告。
一ヶ月に一度はコハクと落ち合い、打ち合わせをしていた。
「前神の残した厄介な遺産です。できるだけ早く・・・」
コハクはいつもと全く変わらない様子で。
喧嘩のことは一言も語らない。
「・・・家へ帰れ」
「・・・何の事ですか」
オニキスの言葉に一旦シラを切るが、「さすがに情報が早い」と、皮肉。


「・・・僕がいなくなって、ヒスイがトパーズを選ぶようなら、それで終わりだ」


「・・・それでどうするつもりだ」
「さぁ、どうしましょうかねぇ。とことん悪役でもやってみようかな。結構イケちゃうと思うんですよね、僕」


「・・・執念深いのが僕のウリですけど。愛する者の幸せを願う気持ちはあなたと変わらないつもりだ」


二枚舌。勿論そんな事は思っていない。
“ヒスイが誰を好きでも、絶対に手放すもんか”心意気はそんな感じだ。
深刻な事態をアピールして、オニキスが仲裁役を買って出るよう仕向けるつもりだった。が・・・
くっくっく・・・
オニキスが笑い出し、拍子抜け。
「何を言い出すかと思えば・・・いつからそんなに物分かりが良くなった?」
「・・・・・・」
しっかり本性を見抜かれている。
「・・・お前まで老け込んでどうする。年寄り臭くなるのは、オレひとりでいい」
「・・・ぷっ。もっともだ」
つられてコハクも笑い出す。
ヒスイと喧嘩別れしてから、はじめての笑顔。
「あなたの特技は、敵に塩を送ることらしい」
「それを言われると、耳が痛いな」
大きく溜息を洩らすオニキス。


「・・・大丈夫だ。ヒスイは必ずお前を選ぶ」
「・・・だと、いいですけどね」





同じ頃。赤い屋根の下で。


ヒスイを笑顔にするのがアイツの役目なら。
泣かせるのは、オレの役目。


「・・・選べ」
「そんなこと言われても・・・あ・・・っや・・・」
乳輪ごと摘んで、引っ張って、捻る。
椅子の上でヒスイが暴れるが、逃がさない。
「・・・ジストに兄弟でも作ってやるか?」
「!?ちが・・・っ・・・そんなつもりじゃ」

そんなつもりで一緒にいたわけじゃない。
髪も瞳も同じなのが嬉しくて。愛しくて。

(“好き”って言ったら、そうなのかもしれないけど、でもそれは・・・)
「や・・・だめっ・・・おにいちゃんっ!おにいちゃんっ!!」
「・・・・・・」

“おにいちゃん”

ヒスイの口から出た、その呼び声と同時にトパーズが離れた。
「・・・ジジイ。交代だ」
「コハクを追わずに様子見てろって、こういうコト?」
「・・・・・・」
ヒスイを残し、部屋を出ていくトパーズ・・・すれ違い様メノウが呟く。
答えが返ってこないのは承知の上で。



「・・・これでわかった?」
託されたヒスイは髪も服も息も乱れて。
「・・・・・・」
泣き出す寸前。
ギリギリのところで堪えている・・・そんな顔だ。
「人の気持ちばかりはさ、そう都合よくいかないもんだよ。自分が“息子”と思っているから“母親”と思えなんて無茶な話だ」
トパーズの中ではもうとっくにケジメがついていて。
“母親”を求めていたあの頃とは違う。
「自分の子供を産んだ女を母親とは思えないだろ、普通」
「・・・・・・」
「トパーズはずっと我慢してた。コハクも我慢してた。しょっちゅう喧嘩して、お互い鬱憤を晴らしてたワケだけど・・・」
メノウはゆっくりと瞬きをしながらヒスイを見た。
「それでも・・・あいつらが10年我慢したのは何でだと思う?」
「・・・・・・」



「お前の“幸せ”を守りたかったから」



「私の・・・幸せ・・・?」


お兄ちゃんがいて。トパーズがいて。
それが当たり前だと思ってた。

どっちかを選ぶとか。
どっちかを失うとか。

そんなの考えたこともなくて。

お兄ちゃんに対する“好き”とトパーズに対する“好き”は違う。
だからって・・・何でも許されるわけじゃない。

お兄ちゃんの甘いキス。少し苦いトパーズのキス。

両方じゃ、いけなかったんだ。

“親子”でいられないなら尚更。

キスは・・・しちゃいけない。


「・・・・・・・・・」
無言で固まっているヒスイ。
(お〜・・・考えてる、考えてる。ヒスイはあんまりコッチの方で頭使わないからなぁ〜。まぁ、あれだけ愛されて平然としていられるのもヒスイならではなんだけど)
「おにいちゃんに・・・あやまらなきゃ・・・」
ぶわっと。ヒスイの瞳から涙が溢れたところで。
(答えが出たみたいだな)
父親は、やっぱり娘に甘い。
ヒスイの頭をそっと撫でて。
「くる?」
胸を貸してやるつもりで両手を広げる。
「お・・・とうさ・・・」
そこにヒスイが飛び込む・・・と、思いきや。
そのままスルーして部屋を出ていく。
(え・・・マジかよ・・・)
「ありがとっ!私っ!お兄ちゃん探すっ!!」
泣いてる暇なんてない!と、袖口でゴシゴシ顔を擦って。


「・・・・・・」


(ひょっとして父親が一番報われないんじゃ・・・)
親バカ故に。それでも世話を焼いてしまう。
「まぁ・・・頑張れよ、娘」




それから半刻。

「わざとあんな言い方したんだろ。ヒスイにわからせるために」
「・・・・・・」
裏庭でひとり、煙草をふかしているトパーズの隣にメノウが並んだ。
「・・・選ばれないってわかってて聞くのもツライよな〜・・・」
「・・・別に」
日常の仕草。煙草を咥えたトパーズが言葉を続けた。
「サルファーが・・・」
「んっ?サルファー?」
「ヒスイをイビる様はなかなか見物だ」
くくく、と楽しそうに笑って。
「アイツがいれば体も鈍らない」
バキバキと拳を鳴らす。
「オレは、今の生活が気に入っている」
(半分は本当だろうけど、半分は強がりだな。こりゃ)


ヒスイと暮らし始めたのが17の時だから。
ヤリたい盛りによく我慢したよな。


それもみんな・・・

「・・・ジスト。可愛いもんなぁ」
「・・・・・・」
「お前の子供とは思えないくらい素直で正直で。人なつこくて」
何を言われてもトパーズは黙ったまま。そっぽを向いている。
「・・・あんな風に甘えたかったんだろ?ヒスイに」
「・・・・・・」
「ジストは、お前が欲しかったものをみんなちゃんと持ってるよ」
青い空。流れる雲。メノウは大きく伸びをして笑った。


「親が子に救われるのは、世界の理だ。俺はそう信じてる」


「・・・・・・」
「良かったなぁ。ジストがいて。俺もさ、ヒスイがいなかったら、サンゴの後追って死んでたと思うし」
「・・・・・・」
「馬鹿な娘だけど、可愛くて仕方ないワケ」
「・・・・・・」
「アレでもさ、最高の親孝行だよ」
メノウは誇らしげにそう言った。
「この屋敷だって、最初は俺ひとりだったんだ。けど今は、6人も住んでる。夜になれば明かりが灯って。いつ家に帰っても、必ず誰かが迎えてくれる」
「・・・たまにしか帰らないくせに」と、珍しくトパーズがツッコミを入れて。
「まぁ、そう言うなって。何かと忙しいんだよ、これでも」
肩を竦めてメノウが答える。
「それにさぁ、顔が似てるってのも嬉しいし」
双子親子と称される程、よく似ているメノウとヒスイ。
「似てるって言えば、お前のトコも案外そうだよな。性根が優しいとことかさ」
「・・・バカ言え。ジジイ。ついにボケたか」
フーッ・・・煙草の煙を吹きかけて。鼻で笑うトパーズ。
あはは!
「そんだけ元気がありゃ、大丈夫だな」





災いの火種。ヒスイ。自室にて。

「絶対、お兄ちゃんを見つける。でも、その前にやることがあるわ」
反省の気持ちがズレた方向へ。
「そう、これっ!」
先日の古本市で見つけた逸品。


『取引代償一覧』


本付属の“取引申込用紙”。
見るからに怪しく、普通なら疑う。しかし・・・
「便利な時代になったわねぇ・・・」
前向きに解釈したヒスイはペーパーナイフで指先を切って。
羊皮紙に血文字で、必要事項の記入を開始した。
「オニキスに恋人ができたら、こうするって決めてたし」

眷族の運命は、絶対じゃない。

「払うものさえ払えば。で・・・」
ハタ迷惑なヒスイ理論。
「まずは私の命を担保に・・・ええと・・・確かこの辺に・・・」
ページを捲り、内容を確認しながらひとりごと。


“最初に契りを交わした相手以外と関係を持ったら、命を落とす”


「簡単に言えば、お兄ちゃん以外のヒトとえっちしたら死ぬってことよね」
(お兄ちゃん以外のヒトとえっちするわけないし、どうってことない代償だわ)
「だけど、これじゃオニキスの心臓には全然足りないと思うから、後は寿命で」
この時、ヒスイは気付いていなかった。
用紙の裏面。
端のほうに小さく書かれた注意事項に。


“取引代償は記入内容と大きく異なる場合がございます”


本来悪魔と取引するにはかなりの専門知識を要するが、誰でも取引ができるよう仲介する組織があり、そこから悪意ある魔本が出版されていた。
ヒスイが入手したのは、そのさきがけとなる一冊だった。


「息子とセックスすることがいいか悪いかもわからないの?」


(お兄ちゃんにもう二度とそんな心配させないように)
「これでわかってくれるよね」
取引の証として体に刻まれる紋様の図柄は、こんな感じで。
申込書には指定したい図柄を描き込むスペースもあった。
「ホント、至れり尽くせりね」
ハートに矢が刺さった、ありきたりのデザイン。
顔以外ならどこでもいいや、と。


オニキスには“自由”を。
お兄ちゃんには“永遠の愛”を誓う。


「うん。一石二鳥」



「申込書は火にくべればいいのよね」
早速暖炉へ火を入れて。
チロチロと燃え始めた炎の中へ・・・ポイッ。
見直しもせずに放り込んでしまった。
ボッ!!!
瞬間、炎が大きくなった。悪魔が宿ったのだ。

<・・・汝ガ取引ニ応ジル>

「!?」
一瞬全身が炎に包まれた感じがしたが、何ともない。
鏡を見ると、胸元に紋様。取引完了の証。
暖炉の炎は悪魔と共に消えていた。
(取引内容は文書で確認できるって書いてあったけど・・・)
ひらり・・・
頭上から一枚の羊皮紙が降ってきた。
「どれどれ・・・」
寿命を何年ぐらい支払ったのか、体は痛くも痒くもないが、とりあえず知っておきたい。
「・・・え?」
だが。そこに書かれていたのは・・・“子宮”の二文字。
「子宮?それってもう子供産めなくなったってことかな・・・まぁ、仕方ないわね」
(あれ?でも何か忘れてる・・・ような・・・)
「子宮・・・子宮・・・あ・・・」


「スピネル!!」


そこで冷や汗。
「ど・・・どうしよう」
(まさか一緒に持っていかれちゃったとか・・・)
あまりの動揺にただウロウロするばかりのヒスイ。




「・・・っ・・・」
「オニキス?どうしたの?」
突然足を止め俯くオニキスを、スピネルが覗き込む。
「・・・く」
心臓が、燃えるように熱い。
そして、激しい眩暈。
オニキスは胸を押さえ、苦悶の表情でその場に跪いた。



「ヒスイ・・・何を・・・」






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