「・・・って何も起こらないけど?」
封印解除の瞬間。
ジストは固唾を呑んで見守った・・・が。
本当に何も起こらなかった。
風が巻き起こるとか。
光が差すとか。
(見た目が格好良く変化するとか?)
もっとそれっぽい反応があるのかと思っていたのだ。
「うん。何かにつけて地味なんだ、フェンネルは」
スピネルは木杖の先端を撫でて笑った。
「でも、いい子だよ」
「いい子?」
武器に人格があるような言い方をするスピネルに、ジストは不思議顔で聞き返した。
「世界には意志を宿している武器がいくつかあるんだ」
それらを総称して“魔剣”と呼ぶのだと。
「フェンネルもそのひとつ。聞いたことない?」
「う〜ん・・・全然」
「パパが使ってる剣あるでしょ?」
「あのデカイの?」
「うん。あれもそうなんだよ。名前はマジョラム」
「へぇぇ〜!なんかスゲェ〜!!カッコイイなぁ〜!!」
「くす・・・ジストの神槍だって相当なものだよ?」
「そうなの??」
「うん」
神にしか扱えないとされる伝説の武器。
その能力は計り知れない。
(“神様”がどれだけ凄いか・・・ジストはまだわかってないみたいだね)
森を抜け、開けた渓谷の空。
1点の白い光が見えた。
「スピネルっ!あそこっ!」
ジストが指で示した。
「うん。あれだね」
コハクの説明通り、白馬に跨った騎士の姿がそこに。
しかし、姿は見えども重量を感じさせない・・・言うなれば幽霊のようでもあり。
顔は、よく見えない。
「スピネルっ!下がってっ!!」
「うん」
(今のっ!男らしく決まったよな!?)
姫を守るナイト的ポジションに憧れているジスト。
仮想お姫様を背にご満悦・・・も束の間。
「わぁぁぁ〜!!」
上空から、手に弓を持つ騎士の猛攻を受ける。
見た目は旧式の弓だが、激しい連射。
地面に次々と刺さる矢は鋭く。
そしてここでもまた、ジストばかりが標的とされていた。
「わ、わ、わっ!!」
成人化で身体能力を補強しなければ避けきれない程。
矢はスコールのようにジストの頭上へと降り注いだ。
イマイチ使いこなせていない神槍で防ぐには限界があった。
(あ〜ぁ。狙われちゃって。“神様”は大変だね)
見守ることしかできないスピネル。
ジストは何にでも狙われる。
不憫な“狙われ体質”なのだ。
「ジスト、頑張って」
「おうっ!」
スピネルの激励に調子良く返事をしてしまったが、あまり大丈夫でもない。
(ジストには悪いけど、これってすごく都合がいい)
「一種のスキルかも」
敵の攻撃は100%ジストに。
(だったら後は・・・)
強力な呪文をぶち込むだけ。
多少詠唱に時間がかかっても問題ない。
ジストさえ逃げ切れれば、の話だが。
(ジスト・・・魔道士と相性最高だ)
「うん。楽勝」
天界。
「お兄ちゃ・・・んっ!!」
首を絞められた事など忘却の彼方。
ヒスイは元気よく熾天使の神殿へ走り込んだ。
「キミ・・・本当に戻ってきたの?」
逆に迎えたコハクが驚いた顔をしている。
「だって約束したし」
「約束・・・ね」
コハク、失笑。
黙示録を諦めて去るなら良し。
逃げるには絶好のチャンスを与えた。
すんなり行かせるのもなんとなく癪で・・・約束をさせたものの、ヒスイがそれを守るとは初めから思っていなかったのだ。
「やっぱり・・・コレ?」
コハクは左手に持っていた黙示録をヒスイの頭上に翳した。
「あ、忘れてた・・・」
衝撃的な事件が続き、当初の目的をすっかり忘れていた。
(コレを何とかしなきゃいけないのよね)
そもそも戦って勝てる相手ではないのだ。
話し合いで解決できるならそれに越した事はない。
「あの、お兄ちゃん・・・」
ヒスイはいつもの調子でコハクを見上げたが、ここは“過去”。
「・・・さっきから“お兄ちゃん”って・・・何?」
コハクから怪訝な表情で、「不愉快」と告げられる。
「キミに“兄”と呼ばれる筋合いはない。やめてくれる?」
「・・・・・・」
(じゃあ何て呼べばいいのよっ!!)
仕方がないとわかっていても腹が立つ。
「愛!愛!愛よ!愛!ブツブツブツ・・・」
何がどうでも“愛する”と決めたのだ。
ここは堪えなければならない。
最初に感じた“恐怖”は不思議となくなっていた。
「・・・丁度退屈してたんだ」
「え?」
「黙示録を賭けて遊ぶのもいい」
コハクは背後のベッドに黙示録を放り込んだ。
「脱いで」
「・・・え?」
「服」
(えぇぇっ!!?)
コハクの唐突な要求に焦るヒスイ。
「まだ心の準備が・・・」
(ん〜と。でもこのヒトはお兄ちゃんだから、えっちしてもいいのよね??)
「色々調べるって言ったでしょ?」
「は?」
(調べる?ソッチなの?)
「えっちじゃなかったんだ・・・」
思いっきり勘違い。顔から火を噴きそうだ。
(ホント私って馬鹿だわ・・・)
日々のSEX習慣は恐ろしく、コハクを相手にすると頭の中がソレばっかりになってしまう。
(この状況をもっと真面目に受け止めるべきよね・・・)
自分を恥じるヒスイだった。
パサッ・・・
ヒスイの戦闘服でもあるエクソシストの制服。
常に脱がされてばかりだが、今回は自分で脱いで。
潔く下着も全部外し、コハクの前に立った。
「へぇ・・・綺麗だね」
かぁぁぁっ。
同じ声でいつも言われている事でも、この場で聞くと一味違う。
ヒスイは真っ赤な顔で俯いた。
「また随分・・・変わった体をしている」
下腹部。吸血鬼のヒスイが太陽の元でも生きてゆけるようにと、産まれてすぐ刻まれた紋様があった。
更に背中には、小さな熾天使の羽根。
吸血鬼のヒスイが天界でも生きてゆけるようにと、他でもないコハクに与えられたものだった。
「その、手で隠してるところも見せて」
「そ、それはちょっと・・・」
胸は隠すほどない。
ヒスイが両手で覆っているのは、恥部だ。
いつもなら気にもしないが、この状況で晒すのは流石に抵抗があった。
「いい?キミは捕虜。答えはYESしかない」
言われた事にはすべて従え、と。
コハクの要求が続く。
「・・・・・・」
(お兄ちゃんのバカ・・・)
心の中で愚痴りながらも、相手はコハクという事で。
ヒスイは局部から両手を離した。
「どうなってるの、そこ?」
コハクの指が伸びて。
「・・・っ!!」
歯を食いしばるヒスイ。
ちょうどその時。
「セラフィム」澄んだラリマーの声。
「セラフィム」静かなイズの声。
二人が神殿を訪れた。
熾天使が幼い子供の命を奪っていないか心配しての事だ。
ところがそれがロクでもない事態を招く。
「やあ、丁度いいところに来たね」
神直属の3天使。
素の女体をナマで見るのは初めてだった。
「コレ・・・オンナノコ?」
「ひぁ・・・っ」
ツンツンとイズに突かれ。
「医学書によると・・・確かに女性のようですが」
ラリマーは人間界で入手してきた医学書を開いて、体の構造を照らし合わせる始末。
それを楽しそうに眺めるコハク。
狩ってきた獲物を子分に分け与える・・・そんな構図だった。
(この3人組嫌ぁぁっ!!)
神直属の3天使に性欲がないのはヒスイも知っている。
生涯ただ一人。「花嫁」にだけ欲情する体質なのだ。
「もっとよく見ていいよ」と、コハクは弟分である二人の前にヒスイを放り出した。
「お・・・おにいちゃ・・・何を・・・」
「“お兄ちゃん”じゃないって言ってるでしょ」
「っ・・・!!」
コハクの言動に怒りの感情が煽られるヒスイ。
「好きにすればっ!!見たければ見ればいいでしょっ!!いいわよ!!減るものじゃないんだから!!」
(よく考えてみたら、“現在”と大差ないわ。お兄ちゃん人前でえっちするの好きだしっ!!)
「やっぱりお兄ちゃんはお兄ちゃんなのよっ!!」と。
女性器も隠さず直立した・・・が。
一斉に視線を浴び、どっと恥ずかしさが込み上げる。
純粋な興味であるとわかっていても、また泣きたくなってきた。
(でもっ!ここで泣いたら負けな気がする!!)
ヒスイは意地になって叫んだ。
「こんなんで嫌いにならないもん!!」
現在。青の騎士出現ポイント。
それはグロッシュラーのスラム街、寂れた教会の裏手に広がる墓場だった。
薄暗い風景に全く馴染まないコハク。
光り輝く金髪が妙に浮いていた。
ニャァ〜・・・
騎士の出現より先に到着したコハクの目前を黒猫が横切った。
(縁起悪いな・・・)
「あ〜・・・ヒスイぃぃ〜・・・」
しゃがみ込み、両手で髪を掻き毟る。
(ものすごぉ〜く嫌な予感がする)
「“僕”がとんでもない悪さをしてたらどうしよう」
コハクにしては珍しく後ろ向きな考えに囚われて。
「お兄ちゃんなんか嫌い!って事にでもなったら・・・」
立ち直れない。生きる意味を見失ってしまう。
更には・・・
「まさか離婚とか・・・」
思い詰めた表情で、心配はそこまで及ぶ。
「こうしちゃいられない。早く僕も・・・」
対騎士戦へ向け、気持ちを切り替えなくては・・・と。
結婚指輪にキスをして、深く想いを馳せる。
(ヒスイ・・・愛してる)
「死」を司る青の騎士は、4体の中でも最強を誇る。
が、そんな事はどうでもいい。
全く負ける気がしない。
「さぁ、来い!!瞬殺してやる」
黒の騎士出現ポイント。
モルダバイトからかなり離れたカルサイト国。
人間はまだ世界の異変に気付いていない。
のどかな田園地帯をのんびりとメノウが歩く。
「コハクの奴、今頃焦りまくってるだろうなぁ」
ヒスイがいないと夜も日も明けないのは昔から同じだ。
「それにしても、肝心な事を言うのが遅いんだよ」
『騎士が役目を全うし世界に災いをもたらすか、他者に倒されるかした時点で、黙示録は次の段階へ移ってしまうんです』
過去で早々に決着が付けば良いが。
それも難しいだろうとコハクが語る。
生かさぬように。殺さぬように。
『メノウ様は時間稼ぎをお願いします』
(年寄りに持久戦なんてさ)
「ったく、人使い荒いよな・・・」
メノウは杖で肩を叩いた。
「・・・けど、俺がやるしかないよなぁ」
孫達に危険を冒させる訳にはいかない・・・少年祖父理論で己を奮い立たせる。
黙示録が処分されるまで続く戦い。
「ま、早いとこ頼むよ」
ヒスイ。オニキス。
‖目次へ‖‖前へ‖‖次へ‖