「うっ!うっ!ううんっ!!んっ!んっ!おにぃちゃ・・・」
今度こそコハクと絶頂を共にしようと、ヒスイが堪える。
両脚を大きく開いたまま、左右の拳に力を入れ、我慢のポーズ。
(か・・・可愛いぃぃぃ!!!)
窓の外にいるもう一人の自分。
さすがにそれで気が散っていたのだが、ヒスイの萌えポーズに危機感も吹き飛ぶ。
(今はコッチに集中しよう。早くヒスイをイカせてあげないと・・・)
今のヒスイを気持ちよくイカせるには自分が先にイクしかない。
イカせてからイクのが基本だが、たまには趣向を変えるのもいい。
意識をペニスに向けるとすぐ。
「っ・・・」
「あ・・・おにいちゃ・・・ん」
カラダの奥にもたらされた恵みに安心してヒスイも続いた。
「!?おにいちゃ・・・上っ!!」
「ん?」
外からは隕石が落下したように見えたかもしれない。
しかしそれは落下物というにはあまりにも鋭く。
宿屋の屋根を突き破り、余韻に浸ろうとしていた二人のすぐ脇に刺さった。
「マジョラム!?」
(トパーズだな・・・)
魔剣マジョラムの転送。
これからの戦いに備えて・・・という事だ。
(確かに気は利いてるけど・・・わざわざこんなスレスレに落とすことないのに)
ヒスイの上に乗っているコハクの背中を狙ったのでは、と思うほど、作為的なものを感じる。
(それにしても・・・)
魔剣はモノというより生物に近い。
あれば戦闘は有利になるが・・・
(トパーズにかかる負担も倍増しているはず・・・)
「早く決着つけないと・・・なぁ・・・」
「お兄ちゃん?」
くたびれたヒスイの割れ目からペニスを抜き、窓の外に向け口を動かす。
「ちょっと・・・ズボン履くの待っててくれる?」
「・・・無様だね」
気配はすれど、姿は見せず。
冷たい響きの言葉が返ってきた。
(くぅぅ!!嫌な奴だ!!何だ!その言い草!!)
お前が将来こうなるんだ!と大声で言ってやりたい。
「愛を知らない若造にやられてたまるか」
過去の自分をいきなり若造呼ばわりするコハク。
戦闘に於ける自分の癖ぐらい知っている。
手元には魔剣もあり、本気でいけばそれなりの戦いができるとは思う。
「若ければいいってもんじゃないんだ・・・ブツブツ」
そうは言っても、体がだるい。剣が重い。
後先考えず、2度の射精。
えっちの後のいつもの症状だ。
更に貧血も尾を引いている。
(ヒスイの前であまり手荒な事はしたくないし。それこそ戦いに巻き込むような事があったら大変だ。ここは退く)
ズボンに足を通しながら、考えるのは逃げる寸法。
攻撃を凌ぎつつ、この場から脱出し、オニキスと合流する。
おのずと、逃走先は精霊の森に絞られる。
精霊の棲む森。
精霊とは自然が生みだした存在だ。
天使、悪魔、人間・・・神の創造物とは関わりを断っている。
コハク達とて歓迎はされないだろうが、オニキスがなんとかしてくれる計算で。
ベルトを締める頃には考えもまとまった。
「さて、闘ろうか」
戦いの場を宿屋から森の中へと移し。
本来なら遠ざける所だが、連れて逃げるためヒスイは近くに待機させる。
足場のない上空戦。熾天使同士の戦いが始まった。
「・・・君は、僕?」
「さすがに察しがいいね。僕は・・・」
未来から来たのだとコハクが説明を始める前に。
「!?」
剣を構え、攻撃を仕掛けてくるもうひとりのコハク。
自分の太刀筋は当然見切れる。
魔剣で応戦するまでもなく、身をかわす。が・・・
「こら、ちょっと話を・・・」
「聞くまでもない」
かわせばかわすほど深追いされる。
「話を聞けって!」
「聞く意味がない」
(ホントにコイツどうしようもないな・・・って僕だけど)
人の話を聞かないタチなのは自分が一番よく分かっている。
「僕は君で、君は僕だ!話せばわかる!話せば!!」
我ながら妙な事を言い出した・・・と思う。
(でも、説得するしかない)
迂闊に手を出したら未来の自分にツケがくる。
ここは慎重にならざるを得ない。
「冗談じゃない。君が僕だというんなら、僕は未来を変える」
『羽根を4枚も失って・・・何やってるの?君』
「!!」
その言葉はコハク本人よりヒスイの耳に痛く響いた。
(お兄ちゃんは人間界で私を育てるために・・・)
これまでに明かされた真実を並べ、自責の念から表情が暗くなる。
(ああっ!!違うんだ!!ヒスイのせいじゃないんだよ!!)
暴言のフォローをしたくても、隙を見せる訳にはいかず。
沈んだ様子のヒスイが気になるコハク・・・微かに動きが鈍った。
「ふぅ〜ん。あの子の所為?」
「余計なお世話だ」
コハクも攻め込む。
しかし、それよりも早く“目には見えない何か”がヒスイへ向け放たれた。
現在でもコハクがよく使う技のひとつで、剣圧による衝撃波だ。
殺傷力は極めて高い。
「!!?」
(嘘だろ!?)
オニキスの話では“気に入っている”と。
(なのになんで剣を向けるんだ!!)
「試すつもりか!?僕を!!」
羽根の枚数が飛行スピードに関係している事は否めない。
上空から即、身を翻すも間に合わず。
ヒスイの元へ100%到達していない状態で、魔剣を盾に攻撃を反らすのが精一杯で。
防ぎきれなかった衝撃波の片鱗がヒスイの右脇腹を掠めた。
「っ!!」
「ヒスイっ!!」
鎧並みの防御力を持つエクソシストの制服が破け、血が滲んでいる。
「平気だよ。ちょっと掠っただけだもん」
ヒスイは気丈にそう答えたが、すでに顔色が悪く。
「ヒスイ!!」
血の海に身を置いて平然としているコハクも、ヒスイの血だけは別だった。
逆上する余裕もなく、動揺と後悔が一気に押し寄せる。
「・・・まさかこの程度の攻撃が防げないなんて」
先に剣を納めたのは過去のコハクだ。
「愚かな・・・未来の僕はこんなに弱くなっているのか」
もはや闘う意味もないと吐き捨て、現場を後にした。
「・・・何をしているんだ。僕は」
ほんの数日一緒にいただけの名前も知らない少女を追って。
連れ戻すつもりだったのか・・・それさえわからない。
「・・・・・・」
ヒスイを狙ったのは、未来の自分の力量を試す、ちょっとした余興のつもりだった。
「“傷つける”って・・・こんなに嫌な気分だったかな」
「ヒスイっ!!」
「・・・・・・」
なんとか意識は保っているが、痛みで声が出ない状態だった。
出血量は増し、鮮血が雫となって地面に落ちた。
ヒスイは回復魔法が使えない。コハクも然りだ。
(これだけの傷を治せるとしたら・・・)
「ラリマー・・・」
熾天使コハクが戦闘に特化した殺戮の天使なら、智天使ラリマーは回復に特化した慈悲の天使だ。
事態は一刻も争う。迷っている暇はない。
ここはまだ人間界・・・移動にどうしても時間がかかってしまう。
「もうちょっとの辛抱だからね」
コハクはヒスイを抱き上げ、智天使の神殿へ向かった。
天界の扉を抜け・・・智天使の神殿。
「話は全部後だ」
智天使ラリマーの喉元に刀身を当て、脅す、強行手段。
「今すぐこの子の傷を治せ」
現在。赤の騎士担当。ジン&シトリン。
目的地への道すがら。ジンの独り言。
「黙示録が消滅すれば、羊と花嫁の関係も解消されるんだよな」
強制的に結ばれたサルファーとタンジェ。
身の危険はないからと強く言い聞かされていたので、ジン最大の心配事と言えばそれだった。
(好き合っているんならいいけど・・・もし、そうじゃなかったら・・・)
あれでもまだ10歳だ。
恋愛で泣いて欲しくない。
「サルファーくんは、タンジェを幸せにしてくれるかな・・・」
結婚の話はまだ早いと思う、が。
仮説。サルファーが後を継いで、モルダバイトの王になったら。
(カリスマ性はあるかもしれないけど・・・)
確実にオタクの国となる。
「それはちょっと・・・」
「おい!ジン!」
「ん?」
「目的地にはいつ着くんだ?」
シトリンは珍しくヒトに化けており、愛用の大鎌を担いで少し先を歩いていた。
目的地はスファレライト。
大陸随一の王立図書博物館を担う者達が暮らす都市。
そこが赤の騎士出現場所だとコハクから聞いていたが・・・
「あれっ?」
言われてみれば、到着しない。
同じような景色が繰り返されている事に今初めて気付いた。
スファレライトは隣国にあたるのでわざわざ地図など必要ない、とシトリンに急かされ、勘に任せてここまできたのだ。
別の場所でジスト&スピネルコンビの戦いにも決着が付く頃合いだ。
メノウの戦いも始まっている。
コハクに至ってはすでに青の騎士を撃破し、過去にいる。
この緊急事態に、どうやら・・・道を間違えたようだ。
(これってヤバくないか)
騎士の出現に間に合わなかったらどうなるんだろう、と。
ジンは大慌て。
「お前が方向音痴だなんて聞いてないぞ!!ジン!!」
「オレだって・・・シトリンが方向音痴だとは・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「とにかく急ぐぞ!!」
「そうだな!」
再び天界。智天使の神殿。
「傷口は塞ぎました」
ヒスイの手当てに専念していたラリマーが静かに語り出す。
「回復魔法が効きにくい体質のようで時間はかかりましたが、もう大丈夫ですよ」
「ああ・・・ヒスイ・・・」
ヒスイの眠るベッド脇に膝をつくコハク。
小さな手を握り、指先に何度もキスをして。
「守ってあげられなくて、ごめん・・・」
血の気を失ったままのヒスイの頬をそっと撫でた。
「目が覚めたらいっぱい血をあげるからね」
ひとしきりヒスイを愛でてからラリマーに向き直り、お辞儀。
「ありがとう。手荒な真似をしてすまなかった」
「いえ・・・あなたは・・・セラフィムなのですか」
「うん。千年先のね」
コハクは“黙示録の脅威から世界を守るため、ここにいる”と話した。
その風貌と雰囲気。
話し方も声も。
セラフィムそのもの。
疑う余地はない。
「その子は・・・」
「僕の“花嫁”なんだ。名前はヒスイ」
「ヒスイ・・・美しい響きです」
智天使の微笑。その姿は聖人と言うに相応しい。
「少し熱が出るかもしれませんから、しばらくはここで安静に」
「いいの?僕等を匿っている事がバレたら、君は反逆者だ」
ラリマーの意向をコハクが再確認した。
真っ直ぐコハクを見て、ラリマーが答える。
「あなたは・・・幸せなのでしょう?」
「うん。わかる?」
「わかります。此処のあなたはそんな表情で話さない」
「・・・だろうね」
軽く肩を竦め、溜息を洩らすコハク。
(アイツ何て事してくれたんだ。ヒスイを傷つけた罪は重いぞ)
振り返ると、怒りが込み上げてくる。
その怒りを鎮めるような、ラリマーの一声。
「・・・協力しましょう」
『あなたが、セラフィムの幸せな未来を約束してくれるのなら』
「約束しよう」と、コハクは強く頷き。
「じゃあ、お礼にひとつ・・・」
気高く美しい熾天使の微笑みで、未来からのメッセージを贈る。
“花嫁”を得れば、世界が変わる。
今より幸せになるのは、僕だけじゃないんだよ。
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