モルダバイト。とある郊外。空き屋。


「ん・・・」


「サルファー!!良かったですわ!!」
ベッドはおろか家具ひとつない室内で少年サルファーは目覚めた。
すると、タンジェが首元に抱きつき・・・
「心配しましたのよ!!」
「な・・・なんだよ」
泣いて喜ぶタンジェに、柄にもなく狼狽えるサルファー。
「僕・・・どうしたんだ?」
黙示録を発動させた直後、“羊”は意識を失い、倒れた。
黙示録は開かれた状態のまま、夥しい光を放ち続けていた。
「あれを・・・」
「黙示録・・・」
タンジェの示す場所には黙示録が置かれていた。
古本屋で売り飛ばそうとした時に完全羊化したのだが、それは一時的なもので長くは続かなかった。
夜でも明かりがいらない程、目映く光るページ。
「これで解読しましたのよ」
と、タンジェが取り出したのはサングラスだ。
愛用の丸眼鏡をサングラスに掛け替え・・・似合っている。



「侵略」の象徴。白の騎士はモルダバイトの渓谷に。

「暴動」の象徴。赤の騎士はスファレライトの都市に。

「飢饉」の象徴。黒の騎士はカルサイトの田園に。

「死」の象徴。青の騎士はグロッシュラーの墓場に。



「放たれた・・・とありますわ」
「・・・・・・」
外の景色は平穏そのもので、今のところ黙示録が世界にダメージを与えている様子はない。
(父さん・・・)
父、コハクを想う。
(対処してくれてるんだ・・・)
一族の誰が何と戦っているか、正確には把握できないが。
「ジン義兄さんだけは今どこにいるかわかる」
「何ですって?一体どこに・・・」
「スファレライトだ」
「なぜそうと?」


水と緑の精霊使いジンカイト。


「スファレライトの都市はさ、荒野のオアシスみたいなもので水と緑が目立つ」
つまりはそれがジンの武器となる。
「ジン義兄さんと組むのは姉さんだろうし。二人とも移動魔法が使えないから、モルダバイトからそんなに遠くへは移動できない」
スファレライトはモルダバイトから馬車で1日程の距離。
ヒトに化けたシトリンが熾天使の羽根でジンを運びながら移動すれば、数時間とかからず到着できる筈だ。
100%とは言い切れないが、タンジェの両親はスファレライトで赤の騎士と戦っている可能性が高い。
サルファーはそう推理し。
黙示録が手一杯で自分達を操る余裕がない今なら、一族の誰かと合流し、託してしまうのが得策だと言った。
「尤もですわ」
タンジェが用意した麻袋に黙示録を詰め、二人はスファレライトを目指す事にした。


「ちょっと待ってろよ」
ポケットからチョークを取り出し、サルファーは床に複雑な模様を描き始めた。
モルダバイトへの直通魔法陣の応用で、行き先をスファレライトに描き換える。
魔法陣に関わらず、一度見た紋様なら大抵描ける・・・自慢の記憶力。
常に時間を惜しんでいるサルファーは、何事も手際がいい。
「・・・話かけてもよろしいかしら?」
「何だよ」
「この戦いが終わったら・・・わたくし達、どうなるのですの?」
「別にどうもならないだろ」
「け・・・結婚の話は・・・」
自分から話を振るのも恥ずかしいが、乙女としては当然気になる。
「するに決まってるだろ。相手を探す手間が省けて丁度いい」
恋愛する気ゼロ発言。
素敵な恋愛を夢見るタンジェにはキビシイ相手だ。
「いいか?僕の人生に於ける最優先事項は恋愛じゃない」
そんな事を言うのは一族の中でもサルファーぐらいだろう。
「なんで恋愛しなきゃなんないんだ?誰が決めたんだよ」
「男と女は求め合うものですのよ!?」
「・・・絶対幸せになれるとも限らないのに」
「なれますわ!!」
そこまで言われたら証明してやりたくなる。
女の意地・・・そして、持ち前のボランティア精神。
(これまでに何があったか知りませんけれど・・・)
「ここまで恋愛を否定するなんて・・・」
病んだサルファーの心を救済しなくては!と。
そんな気になって。
「・・・・・・」
(ジスト様・・・)
まだ少し、迷う。
可能性はないとわかっていても。
(いっそジスト様に恋人でもできれば・・・諦めもつくのに)
自虐的な事を考えるタンジェ。


「いいか?」
サルファーが再び強調した。
「僕が欲しいのは恋人じゃない。優秀なアシスタントだ」


『従って、お前は合格』


独自の理論で乙女の悩みを斬り捨てる。


『僕にはお前が必要なんだよ』


愛の言葉・・・ではないが。
そのストレートな響きに不覚にもドキッとしてしまう。
「トーンを削るお前が必要なんだ!!」
チョークを掲げ、サルファーの熱弁が続く。
「夫婦なら給料いらないしな!」
いつでも、思う存分コキ使える貴重な人材。
これは将来を見据えた賢い選択なのだ、と。
「・・・・・・」
アシスタントとして高く評価されても、タンジェの心中は複雑だ。


「あ、そうだ。今度お前の少女漫画貸せよ。試しに読んでみる」
「わたくしも、その・・・冒険漫画とやらを読んでみたいですわ。貸してくださる?」


・・・結局その話題に落ち着くあたりがまだ10歳の二人だった。





スファレライトは高い壁に囲まれた小規模都市だ。

都市中央にそびえる王立図書博物館は重要文化財であり、入都前に厳しい検問があるのだが・・・
「騒々しいな」
「ですわね」
赤の騎士は出現済。
攻撃はまだ始まっていないが、都市上空に現れた禍々しい存在に騒動が起きていた。
警備隊十数名が弓を構えているが、どうして良いかわからないという様子だ。
「お父様とお母様は・・・」
遭難中で、まだ来ていない。対応にも大きな遅れが生じていた。
「僕がやる」
サルファーは人混みを掻き分け、最前列へと躍り出た。


「エクソシストだ!悪魔を退治する!」


ハルベルトを豪快に一振り。
歳より老けて見える外見と、エクソシストの制服を着ていたのが幸いだった。
サルファーの言葉を疑う者はなく。
都市から避難せよという指示に皆が従った。
「って、言っとけば教会の評価が上がるだろ。依頼が増えればそれだけ儲かる」
(サルファー・・・ただの漫画家志望ではないですわ)
タンジェ。アシスタント目線。
漫画家志望、サルファーの場合。
ハッキリ言って、漫画の才能はなくても。
その他の才能には多々恵まれている。
(なぜあんなに面白くない話が閃くのか・・・逆に不思議なくらいですわ)


「女は下がってろ!」


「女、女って・・・っ!わたくしは軍・・・」
「黙示録を見張れ!直接触るなよ!!」
お役目を言いつかり、渋々タンジェが退いて。
サルファーは、淀んだ空と赤の騎士を睨み上げた。


「僕を羊に選んだ事、後悔させてやるよ。黙示録」





モルダバイト。森の渓谷。白の騎士戦。

はぁ。はぁ。

「オレ・・・も・・・だめ・・・」
大の字になって倒れている疲労困憊のジスト。
白の騎士から散々逃げ回り、ヘトヘトだ。
「お疲れ様」
笑顔でジストを労うスピネル。
(案外呆気なかった)が正直な感想。
炎系の最上級呪文で、白の騎士は跡形もなく消え去った。
魔力と集中力は消費したが、ジストと違い肉体的な疲労は殆どない。
「はい。これ」
スピネルはジストの上にパラパラと一口チョコの包みを落とした。
「疲れた時には甘い物がいいよ」
(スピネルって優しいっ!!)
スピネルの笑顔と、降り注ぐチョコレートにジストは骨抜き状態だ。
「食べさせてあげようか?」
ジストがぼんやりしたまま全く動かないので、スピネルはチョコの包みをひとつ拾い、上から覗き込んだ。
囮として貢献したジストの疲労も尤もだと思うのだ。
「う、うんっ!」
期待に満ちたジストの返事。
不毛と知りつつもスピネルの好意に甘えてみる。
「じゃ、口開けて」
「あ〜ん」


ご褒美のチョコレート。


しかしそれはジストの口に入ることはなかった。
「!!?わぁっ!!」
ジストを飲み込むようにポッカリ地面に穴が開く。
このタイミングで、この魔法は・・・
「兄ちゃんっ!?わぁぁぁ〜っ!!」




「・・・その通りだ」
トパーズの声が聞こえた時には、景色もすっかり変わって。
ジストは住み慣れた屋敷へと戻ってきていた。
「いいトコだったのに〜・・・」
また無理矢理連れ戻されてしまった。
「・・・力を貸せ」
「へ?」
トパーズが求めたのは、自分と同じ“神の力”。
隣にジストを並ばせ、作業を手伝わせようとするが、足元がふらつく。
「兄ちゃんっ!?」
「・・・大丈夫だ」
げんなりした表情で、魔法ドリンク一気飲み。
何日も続けて完徹した時でさえこうはならない。
「なんかよくわかんないけど、手伝うよっ!!どうすればいいのっ!?」
「・・・波調を合わせろ」
「波調っ!?何それ・・・」
「目を閉じて・・・呼吸を合わせればいい」
「呼吸?それなら・・・」


神の親子が瞑想に入った。


体力はなけなしでも、魔力は有り余っている神の子ジストの協力を得て。
安定した魔力の供給。トパーズの表情も若干和らぐ。



一方、渓谷に取り残されたスピネルは。
(ジストまで呼び戻すなんて・・・兄貴も相当苦しいんだな)
「いよいよ時間がない。えっちしてる場合じゃないよ・・・パパ、ママ」
日頃の行いから間違いなく一回や二回はしていると思うのだ。
「オニキス・・・大丈夫かな・・・」





過去。精霊の森。

天界の真下に位置するモルダバイトから精霊の森までは相当な距離があるが、運良く“現在”と同様の魔法陣が有効で、殆ど時間をかけずにここまで来た。

が、しかし。

オニキスの目前には驚くべき光景が広がっていた。
「これは・・・どういう事だ・・・」







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