問:魔力がなくなった魔道士はどう戦う。


現在。カルサイト。

「あいつ義父を何だと思ってんだよ〜・・・」
思わぬ苦戦を強いられたメノウのぼやきの相手は娘婿コハク。
「人使い荒すぎだっての」
毎回言っている台詞だが、今回は冗談では済まない。


生かさぬように。殺さぬように。


最初は順調だった、が。
「他の奴が倒した分だけ強くなるなんて聞いてね〜・・・」
騎士出現に於ける黙示録の魔力配給率は一定で、何処かが減れば何処かが増える。
(妙な形態になってきた・・・)
コハクが倒した青の騎士とジスト&スピネルが倒した白の騎士が合体吸収され、現時点で3体分を相手にしているのと同じ労力だ。
光の檻、よりも更にランクが上の拘束呪文。
幾重にも重なる鎖の束で動きは抑えた。
(とりあえず捉まえてから、どうしようか考えようと思ってたんだけど)
捕獲封印は、とにかく維持に骨が折れる。
「内側からガツガツ魔力喰ってくるんだもんな・・・あ〜・・・眠い」
魔力不足の典型的な症状が現れはじめていた。

しかも。

くしゅんっ!医者の不養生。
数時間前までは風邪の症状も軽かったので、さほど気にも留めていなかったが。
(あ〜・・・なんか熱出てきたかも・・・)
疲労やよくある類の病気に対しては魔法治療をしてはいけないという、魔法医師協会の規則があるのだ。
緊急事態とはいえ、使用を渋るメノウ。
(何でも魔法で治してたら、健康の有り難さも命の大切さも忘れちゃうもんな)
「痛みや苦しみは知る必要があるんだよ・・・」
熱のせいか、思考がどんどん脱線してゆく。
メノウは緻密なコントロールを要する魔法を多用する魔道士の為、風邪をひいているのが最大のネックとなっていた。
くしゃみひとつが効果に関わる。
馬から引きずり下ろし、騎士を磔にする予定が、大分違ってしまった。
無尽蔵の魔力を持つ人類最強のエクソシスト、と、誰もが認めていても。
体調不良のまま戦える程、甘くはなく。
神の創造物はやはり次元が違うのである。
このままではいずれ拘束が破られ・・・その時、魔力が底をついていたら戦えない。


「喰われた分は喰わして貰わないとな」


魔力吸収効果のある魔法の盾を創り出し、騎士の攻撃を直接受ける事にした。
「気合いと根性の戦士系じゃないんだけどな・・・俺」
ブツブツ言いながら、仕方なく魔法を発動させる。
(黒の騎士の武器が“天秤”ってのもよくわかんないよな・・・)
そして今は、コハクが一度は倒した青の騎士の武器ともいえる“黄泉の獣”を従えていた。
“黄泉の獣”の名を持つそれは、巨大な目玉に無数の触覚らしきものが生えており、“獣”より“妖魔”と表現した方がしっくりくる。
漂う死臭・・・ギョロギョロと目玉が動く様は、不気味としか言いようがない。
メノウが拘束を解いたと同時に、得体の知れない攻撃が開始された。
瞬間移動の能力を持っているらしく、メノウの視界から消えたかと思うと、すぐ隣に現れ・・・


「サ・・・ンゴ・・・?」


目玉の妖魔と目が合ったが最後。
奥に愛しい妻の姿が見えて。
妖魔の仕業だとわかっていても、ほんの一瞬、意識が逸れた。
途端、飲み込まれる。“黄泉”の闇に。
「・・・っ!やば・・・」
精神攻撃なので、何か特別なアクションがあった訳ではない。
けれども、メノウの息は止まり、体は硬直。
まるで石化でもしたかのように、バッタリと倒れ、動かなくなってしまった。




赤い屋根の屋敷。

「ち・・・」
トパーズの舌打ちが静寂を破った。
「兄ちゃん?どうしたの?」
「ジジイが・・・“黄泉”に捉まった」




スファレライト。付近。

「初めから水の匂いを辿れば良かっただろう!」
シトリンの激が飛ぶ。
「そんな事言われても・・・」
ジンが強く言い返す事は滅多にないので、夫婦喧嘩にはならない。
水と緑の精霊使いと称されても、ジンはすっかり平和ボケしていて、自分にそんな肩書きがあった事さえ忘ていたのだ。
「お・・・見えてきたぞ」
熾天使シトリンに抱えられての飛行は少々恥ずかしい。
特に、娘には一番見せたくない姿だったのだが・・・スファレライト到着。
「お父様!?お母様!?」


「「タンジェ!?」」


黙示録入りの麻袋と睨めっこをしていたタンジェが顔を上げた。
自立心が強いので、再会した両親に甘える事もなく。
(元気そうで何よりだけど・・・寂しい・・・)ジンの心中。
一方、母シトリンと娘タンジェは目の前の現実にしっかりと取り組んでいる。
その少し先ではサルファーが赤の騎士と壮絶な戦いを繰り広げていた。


「その中に黙示録があるんだな!?」


「ええ!そうですわ!!」
「ようし、貸せ!!」
「あ!シトリン!直接触っちゃまずいって・・・」
麻袋に手を突っ込むシトリンをジンが慌てて止めるが、聞いていない。
「こんなもの!さっさと燃やしてしまえ!!」
魔法が使えないシトリンは、こんな事もあろうかと用意していたマッチで火をおこし、黙示録へ着火した。
「お母様!?」
タンジェもまさかいきなり火を放たれるとは思いもしなかったらしく、母シトリンの暴走を制止し損ねてしまった。


ボッ!


「う・・・わぁぁ!!何だよ!?」
なんと、燃えたのは黙示録だけではなく、サルファーの前髪もだった。
優雅な巻き毛が・・・チリチリに。
本人にとっては大ダメージだ。士気も下がる。
ジンの精霊魔法で黙示録についた火を消すとサルファーの前髪を焦がしていた火も消え、ひとつの説が浮上した。
「まさか・・・黙示録とサルファー君は・・・」
完全に同化していた。
愕然とするジン、シトリン、タンジェ。
「恐らく・・・黙示録発動の時からですわ・・・」
何故気付かなかったのかと、タンジェが唇を噛んだ。
黙示録はサルファーであり、サルファーが黙示録でもある。
「もし黙示録を傷つけたりすれば・・・サルファー君も・・・」
黙示録はとりあえずジンが差し押さえるが、現状ではお手上げだ。
(王達が過去へ行ったのはこの為だったのか・・・)


羊のサルファーに黙示録の封印を解かれてしまったら・・・この世界では為す術がない。


「コハクさんはそのつもりで・・・」
難しい表情のジンが呟く。
「ならば!目の前の敵を倒すのみだ!!」
「姉さん!?」
威勢良くシトリンが宣言し、バトルフィールドに乱入した。
シトリンの強さはサルファーも認めているらしく、拒絶はしなかったが、姉の力を借りることにあまり乗り気ではないようだ。


熾天使姉弟VS赤の騎士。


(なんかもうオレの出番なさそう・・・)
自分は戦いの後の整地緑化係であろう予感がしつつ、ジンは二人の戦いを見守った。





“黄泉”すなわち“死の世界”。

大切な相手を失っている者ほど捉まりやすい。
妻を亡くしているメノウにしてみれば、相当厄介な相手だった。
そんな理由から、一度はコハクが引き受けたものの、私情により瞬殺。
黒の騎士と融合してしまう結果となった。
コハクが知ってか知らぬか・・・それは謎だ。
「あ〜・・・オレ死ぬのかな・・・」
メノウは闇の空間に立っていた。
現実の肉体は仮死状態、ここにいるのは精神体で、つまり・・・魂だ。
このまま真っ直ぐ進んでいけば、確実に死を迎え、魂が“世界”に戻る事はない。
悲しみも、痛みもなく妻の元へ逝けるのなら、それでもいいか、と。
恐れも、憤りもなく。歩き出すメノウ。


黄泉に捉まる、とはこういう事なのだ。


「お父さんっ!」どこからともなく、響くヒスイの声。
愛娘に呼び止められてもメノウの足は止まらなかった。
(お前にはコハクもオニキスもいるし、顔に似合わず、図太い神経してるから大丈夫だよ)
「じいちゃんっ!」「祖父殿!」
それから孫達の声が順番に聞こえて。
(あ〜・・・お前等みんなしっかりしてるよ。健全な変態だ。大丈夫。大丈夫)
「・・・ジジイ」
(トパーズか・・・)
そこで初めて足を止めたが、またすぐに歩き出した。
(一番心配だったお前も、今じゃ立派な未婚のオヤジだ。もう大丈夫だろ)


「ジジイ。目を覚ませ」
「んっ?」


トパーズの声だけが確かな響きをもって、再びメノウの耳へ届いた。
回想でも空想でもなく、現実からの呼び掛け。
「借りを返しにきた」
「借り?んなモン別に・・・」
問答無用とばかりに。
心地よい闇から引きずり出され。
無理矢理、心を肉体に戻される。
翡翠色の瞳を開くと、そこにはトパーズがいた。


「熱で気が弱くなってるだけだ」
「いてて・・・おい・・・」
メノウのこめかみを両手の拳で挟んで、ぐりぐり。
「とにかく長生きしろ。ジジイ」
一族はバカの比率が高いから、死なれると常識人の苦労が倍増する、と。
「それにまだ増える。アイツが言っただろう」
「そっか、俺・・・」


手のかかる奴がいなくなって、ちょっと寂しくなってたのかな。


ああ、だから。
コハクの奴「そろそろもうひとり・・・」とか言い出したのかぁ〜・・・。
あれってもしかして・・・俺を、こっちの世界に繋ぐため?


以前、コハクに言われた言葉を思い出す。


そうだ、あいつ。
「子供は目標1ダース!」って、笑って。
こう言ったんだ。



『逝かせませんよ・・・メノウ様』



「ったくも〜・・・どいつもこいつも」
熱でクタクタになりながらも、笑うメノウ。
「んじゃ、いっちょヤルか」
杖で肩を叩くのは、自身に気合いを入れた証拠だ。
「戻るぞ、オレは。そろそろ向こうも決着がつく」
「あはは!コハクとコハクかぁ〜・・・エロ対決でもしてんじゃないの?」







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