ヒスイと森のハンモック。


ぐっすり眠り込んでいて、至近距離から覗き込んでも目を覚ます気配はない。
「舌足らずって話、ホントだったんだな〜。かっわいいよなぁ〜」と、親馬鹿メノウ。
もともと小柄なヒスイだが、更に小さく、愛らしさも凝縮されていた。
「・・・馬鹿っぽい」と、コメントしたのはトパーズだ。
「とか何とか言って、めちゃくちゃズキューンときてない?」
「・・・・・・」
(おい、おい、否定しないのかよ)
トパーズの“無言”は主に肯定の場合に用いられるのだ。
「あ!触っちゃだめだって・・・」
メノウの忠告も時空旅行におけるルールも無視で、トパーズの暴走が始まった。
「チビがドチビになっただけで、所詮はヒスイだ」
「言葉と行動がバラバラじゃん・・・」
言葉ではなじりつつ、ヒスイをハンモックから抱き上げ、衝撃の頬ずり。
「おに〜ちゃぁ?」

くんくん。

寝惚け半分で匂いを嗅ぐヒスイ。
トパーズの匂いに違和感がなかったらしく、そのまま再び眠りについた。
「お前今、口の中、唾でいっぱいだろ」
「・・・・・・」
メノウに指摘された通りだった。
ヒスイに触れるといつもそうだ。口の中が唾液でいっぱいになる。
齧りたくて。虐めたくて。幼女相手でも本能が疼く。


「クク・・・一段と美味そうだ」


(うっわ〜・・・トパーズがやばい・・・)
「おい、ちょっと落ち着けって・・・攫ってどうすんだよ」
ヒスイを連れ、森の奥へ、奥へと。誘拐紛いの展開に。
「コハクがブチ切れるぞ・・・」
(まいったなぁ・・・)
遠くから幼いヒスイを見るだけのつもりだったのに。
ハンモックから愛しき姫の姿が消えたとなったら、コハクが血相を変え追ってくるのも時間の問題だ。
もはや、ただでは済まないだろう。


「むにゃぁ・・・あり?おにいたんじゃない・・・」


目を覚ましたヒスイは、トパーズとメノウの顔を交互に見て、ポカン。
危機感に欠けるのは生まれつきか・・・
状況を全く理解していないようだった。
「だりぇ?」
モゾモゾと動き出したヒスイをトパーズは地面へ降ろした。
「おとうしゃんでしゅよ〜」
トパーズの暴走に便乗し、メノウまで。
しゃがんで顔を近付け、こっちへおいでと誘うが・・・
「ちがゆよ」
ヒスイに存在を否定された。



『ひしゅいにはおと〜たんもおか〜たんもいないもん』



「でも、おにいたんがいるから、しゃびしくないよっ!」
(・・・ま、当たり前っちゃ、当たり前だな)
ヒスイの笑顔は幸せそのもので。
両親がいない事を嘆く様子もない。
(コハクに任せときゃ大丈夫って、子育て放棄したも同然だし)
この頃、メノウは自らの魔法で自らを仮死状態に追い込んでいた。
心身共に復活した時にはもうヒスイは18歳になっていて、コハクと恋仲、すでにエッチ済みだった。
(俺も偉そうな事言えないなぁ、こりゃ)
メノウはまず自分の頭を掻き、それからヒスイの頭を撫でた。
「良かったなぁ。“お兄ちゃん”がいて」
「うんっ!ひしゅい、おにいたんだいしゅきっ!!」
「お〜・・・そうか、そうか」
今も昔も“お兄ちゃん大好き”なヒスイ。
結局、コハクに任せて大丈夫だったという事で。
(俺ってすげぇ影薄い・・・)と。
自嘲するメノウだった。



「ひしゅい、おうちかえる」
滑舌は悪いが、言葉はよく知っている。
「おにいたんがしんぱいしゅるから」と、ちびっこヒスイは帰路に就いた・・・が。
屋敷とは反対の方角を向いている。
「・・・待て」
そこでトパーズが、誤った方向へ踏み出したヒスイの頭を上から掴んだ。
「ぎゃっ!!」
驚いたヒスイは妙な声を出した。
「う゛ぅ〜っ!はなちてっ!めがねのおじたん!」
「・・・・・・」
“おじたん”表現にトパーズの眉が吊り上がる。
一方メノウは大笑いだ。
「・・・お前にオヤジ呼ばわりされる筋合いはない」
かわいさ余って憎さ百倍現象。
ヒスイの頭を掴んだ手に思わず力が入った。
「や〜!!いたいっ!!」
ヒスイが涙目で暴れ出し、ついに。
「おにいたぁんっ!!」
コハクの名を呼んだ。すると・・・


「ヒスイを離せ」


疾風の如く、コハクが現れた。
手に持っていたジャガイモを放り投げ、トパーズを見据える。
幼いヒスイの手前、武器を振り翳す事はないが、放つ殺気は本物だ。
「・・・・・・」
トパーズはヒスイを解放した。
「おにいたんっ!!」
ヒスイがコハクに飛び付く様は“今”と全く変わらず。
「ヒスイ、怪我はない?」
「うんっ!あり?おにいたん?」
エプロンを握り締めるヒスイの耳を両手で塞ぎ、コハクの口が動いた。
視線はまっすぐトパーズへと向けられている。


「逃げても無駄だよ。見たところ銀の血族のようだけど、ヒスイに手を出したら“死刑”だ」


「ほらな、“今”ほど丸くないんだよ」
トパーズの背後からメノウの声がした。
「額に“印”をつけられたら確実に殺られる」
それは、死刑囚の烙印。熾天使の死刑宣告。
どこに逃げても見つけ出されてしまうのだ。


「お前、昔からそういう狩り方するもんな」


話し相手をトパーズからコハクに移し、間に割って入るメノウ。
「あれ?メノウ・・・様?」
コハクの殺気は一瞬にして消えた。
「ちょっとヒスイに会いたくなってさ。ココの俺は氷の中だよ」
それだけで通じたらしく。
「それは・・・失礼しました。ヒスイの事になると、どうも見境なくなっちゃって」
コハクは爽やかに笑い、「すみませんでした」と、頭を下げた。
“今”よりずっと女性的な雰囲気で、長く編んだ金髪がコハクの動きに合わせて揺れた。
「どうですか?お茶でも一緒に」
「ん〜・・・やめとく。そろそろ退散するよ」
「そうですか」
「ヒスイの事、よろしく頼むね」
「はい」


「おにいたん!ひしゅい、なんにもきこえないよ〜!!」


両手で耳をピッタリ塞がれているヒスイが口を尖らせた。
「ごめん。ごめん。さあ、お家へ帰ろう」
「うんっ!!おにいたん、だっこ!!」
聞き入れたコハクがヒスイを抱き上げる。
「よっ・・・と」
それからメノウへ向け軽く会釈をし、ヒスイと森を後にした。



「マジで殺られるトコだったぞ」
「ジジイ、余計な事を・・・」
「ここで取り合っても無駄だって事ぐらいわかってるだろ」
メノウは大きく伸びをして。
「さて、俺達も帰るか」


やっぱり“今”が一番いいや。


そして“今”。
二人は満月の夜に帰還した。



夫婦の部屋の前だった。

メノウとトパーズが過去に行っている間も愛の儀式は続行されていて。
「うっ・・・はぁ、はぁ、ぁ、おにぃ・・・」
ヒスイはコハクの膝の上で脚を開き、薄暗い中心部に指での愛撫を受けていた。

くちゃっ・・・

コハクの指が音を鳴らし。
「ん・・・っ!!」
月明かりの下、ヒスイの中にねじ込まれてゆく様がよく見える。
「あ・・・あぁんっ!」
膣内でコハクの指が激しく動いているのだろう。
ヒスイはビクビク震えて。
「あぅっ・・・おにぃちゃ・・・」
「よしよし、いい子だね〜・・・」
開ききった場所に、コハクの長い指が出入りを繰り返す。
「うっ・・・」
指先に絡みついた愛液が淫らに糸を引いた。
「そろそろアレが欲しいかな?」
「う・・・んっ・・・おにいちゃぁ・・・」




「甘えた声出しちゃって・・・ま、いっか」
扉の外。メノウは小さく呟いた。
愛娘がどんなに乱されていても、特に嫌悪感はない。



『コハクは俺の変わりになれるけど、俺はコハクの変わりにはなれないし』



コハクを信じて託すしかないとわかっているのだ。
「父親ってそんなもんだろ・・・あ、今の愚痴っぽかった?」
嘆きではなく、悟りなのだが、つい口から出てしまった。
「・・・“そんなもん”でも存在意義はある」
隣にいたトパーズが言葉を返した。
「存在意義?」
「そうだ」


お前がいなきゃオレもいない。


「“そんなもん”だが、しぶとく生きろ、ジジイ」
途中の説明がだいぶ省略されているが。
つまりは祖父と孫の間柄。繋がったひとつの流れである、と。
(そう言いたいワケ?)
「・・・やっぱ俺、お前のこと好きかも」
「オレは寝る」
メノウの告白を聞き流し、去りゆくトパーズ。
「ったく、つれない奴だなぁ」
とはいえ、トパーズが素っ気ないのはいつもの事だ。
「ふぁぁ〜っ・・・俺も寝よ・・・」
大きな欠伸をして、メノウは扉から離れた。



「あ・・・おにぃ・・・」



背を向けた夫婦の部屋から、ヒスイの悦ぶ声が聞こえる。
「くすっ。しっかり喘げよ、娘」





夫婦の部屋。

(今夜はメノウ様か)
夫婦のセックスは誰に見られても構わない。
素肌で愛し合っているだけで、やましい事は何一つしていないと思う。※コハク理論。
(それにしても、珍しいな)



こんな満月の夜だから。
今は亡き最愛の女性を想って。



(・・・ちょっと寂しくなったのかな)
「・・・ね、ヒスイ」
「あんっ・・・!!」
ヒスイの入口を指で開き、先を浸ける直前。
「あ・・・はぁ・・・んっ!」
耳に舌を入れ、ひとまず感じさせてからボソボソ・・・
「んっ・・・・・・え?」
「・・・ええっ!?お父さんが!?」
コハクの耳打ちで、ムード一変。
「もうっ!お兄ちゃんはっ!!どうして教えてくれなかったのっ!!」
「ははは!ごめん。ごめん」


「いっておいで」


・・・と、コハクが言うまでもなく。
ヒスイはベッドから飛び降りて。


「お父さんっ!」


「え?ヒスイ?」
呼び止められたメノウが振り向く。
はぁっ。はぁっ。
ヒスイは乱れた息づかいのまま、扉の隙間から真っ赤な顔を覗かせ、一言。




「おやすみなさいっ!!」




「あ〜・・・うん」
ヒスイの行動にメノウは内心驚いた、が。
喜びはすぐに広がって、笑顔。
「おやすみ」
続き頑張れよ、と手を振り、再び背を向け歩き出す。


一日の終わりに、娘の“おやすみ”。
「・・・なんて、最高じゃん」





こんな満月の夜も。
そうじゃない夜も。


父親らしく。潔く。


お前の幸せを祈るよ、ヒスイ。





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