「そこまでだ」
会場に静かな声が響いた。
審査員達の間から黒ずくめの端整な顔立ちをした男が現れた。
「こ、これはオニキス様!!」
中年の審査員の男が深く頭を下げた。
「あれ・・・?」
ヒスイはオニキスを見た。
オニキスもまたヒスイを見据えた。
「・・・お前この間の・・・」
ヒスイは頷いた。
「・・・なるほど。あの時はフードを深くかぶっていて顔がよく見えなかったが・・・美しいな」
オニキスはヒスイの顎に手をかけ、顔を自分のほうへ向かせた。
「え?」
意外な男の意外な言葉にヒスイは目を丸くした。
深く澄んだコバルトグリーンのヒスイの瞳にオニキスの無表情な顔が映る・・・
「人の妹に気安く触らないでいただきたい」
コハクはオニキスの肩に手をかけひきつった笑みを浮かべた。
オニキスはそんなコハクを一瞥して言った。
「女装趣味のある男にとやかく言われる筋合いはない。お前のほうこそその手をどけろ」
「嫌です。あなたがヒスイの手を離すまで離しません」
コハクはオニキスの言葉に腹を立てる様子もなく、余裕の笑みで応えたがオニキスの肩に置いた手に力を込めた。
二人は睨みあった。背後に竜虎がみえるような、その迫力に会場はシンとなった。
隙をついてヒスイはオニキスの手から逃れた。
そして(大丈夫)と、コハクのほうを見た。
コハクはほっとしたようにオニキスの肩から手を離した。
「貴方と争うつもりはありません。ヒスイに手を出さなければ・・・ね」
コハクはオニキスにしか聞こえないような低く小さな声で言った。
「さあ、どうかな?」
オニキスは冷笑を浮かべる。
二人はまた睨みあった。
「ちょ、ちょっと。二人とも何を話してるの?怖いよ・・・周りが引いてるって。もうやめて。恥ずかしいから」
見るに見かねたヒスイは理由もよくわからないまま二人を止めた。
「・・・安心しろ。子供に興味はない」
オニキスはそう言ってコハクから視線を外し、ヒスイの方を見て少々意地が悪そうに笑った。
「確かに美しいが・・・まだまだだな」
「そんなのわかってるわよ・・・」
ヒスイはふくれっつらをしながらもオニキスの言葉を肯定した。
ヒスイはとても小柄だった。体型だけを見ればとても18歳には見えない。
まるで12、3歳で成長が止まってしまった様にも思える。
それもまたヒスイのコンプレクッスになっていた。
もはや怒って否定する気にもなれない。
「・・・だが“これ”の持ち主としては相応しいと言えよう」
オニキスはそう言うとロザリオを取り出しヒスイの首にかけた。
ロザリオはヒスイの体には少し大きく見えた。
中心に一点の曇りもない真っ白な真珠がはめ込まれた、不自然なほど豪華なつくりだった。
「御身に石の加護があらんことを・・・」
オニキスはヒスイの細い首にロザリオをかけながら瞳を閉じ、儀式めいた言葉を口にした。
会場に再び大きな歓声が沸き起こった。
ヒスイとコハクは人々の大きな拍手に包まれた。
こうして第一回城下町美人コンテストは大波乱のうちに幕を下ろした。
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