ヒスイはひとり、部屋に残された。
「シンジュ?起きてる?」
首からぶら下げたロザリオに声をかけたが返事がない。
「シンジュ??」
ヒスイは首をかしげながらロザリオを手に取った。
「あれ?」
ロザリオの真珠が黒くなっている。
ごしごしとこすってみてもまったく変化がない。
「なんだろ?おかしいなぁ・・・。機嫌でも悪いとか??」
(あ・・・そういえば前にお兄ちゃんが言ってたっけ。もし、ロザリオの真珠が黒く染まることがあったら・・・太陽の光をたっぷり浴びさせること、って。シンジュは光の精霊だから、太陽の光が好きなんだって)
ヒスイはロザリオを持って窓辺に移動した。
窓際には丸形の大きなティーテーブルが置いてあり、椅子もちゃんと二つ用意されている。
大きな窓を少し開けると、ほのかに花の香りのする風が吹き込んできた。
ヒスイは椅子に腰掛け、テーブルの上にロザリオを置いた。そこに太陽の光が燦々と降り注ぐ・・・。
(変なの。私、吸血鬼なのに。太陽の光、好き。こんなことしていられるのも紋様のおかげだとしたら、やっぱりお父さんに感謝だなぁ。しっかり親孝行しないとね)
ヒスイは大きな欠伸をして、そのままテーブルに突っ伏した。
(あったかぁい・・・。太陽の光ってお兄ちゃんみたい)
ヒスイはうとうととしはじめた。



しばらくすると真珠は純白の輝きを取り戻した。
「・・・えらい目にあった・・・」
(まさか闇の精霊の力で押さえ込まれてしまうとは・・・)
ようやくシンジュが姿を現した。
ヒスイはぐっすりと眠り込んでいて、シンジュが現れた事には全く気付かない。
シンジュもヒスイをそのままそっとしておいた。
(よりによって闇の精霊使いとは・・・。何と相性の悪い・・・。ヒスイ様の今の魔力では・・・呪縛を解けない。どうするか・・・ヒスイ様に夕べの話を・・・しかし・・・)
シンジュは外に出ることこそできなかったものの、夕べ何があったかは知っていた。
(だだでさえオニキスと誓いの口づけを交わしてしまったことを気にしているヒスイ様に・・・言えるか?それにもし敵対したら、次こそ完全に封じられてしまうのではないか・・・?)
悩みの種は尽きない。
「あの頃の力があれば・・・逆に封印してやったものを・・・」
シンジュは眠っているヒスイに向かって言った。
「ヒスイ様・・・しっかりしてくださいよ。メノウ様に似ているのは顔だけじゃないはずなんですから」
一方ヒスイはコハクの夢でもみているのだろう。とても幸せそうな顔をしている。

その時・・・風が吹いた。

窓の隙間から、風に運ばれて入ってきた花びらがヒスイの髪に落ちた。
それをシンジュが取ろうとしてヒスイの頭のあたりにに手を伸ばした瞬間だった。
雪のように真っ白なシンジュの腕を、寝ぼけた様子のヒスイがきゅつと掴んだ。
「!!ヒスイ様!駄目です!」
シンジュは一瞬にして姿を変えた。主人の想いが強ければ強いほど、変身速度は速くなるのだった。
「あぁ、なんということを・・・。やはりこうなったか・・・」
そこにはコハクの姿をしたシンジュがいた。
ヒスイが子供の姿をしていた頃の髪の長いコハク。ヒスイの・・・夢の続き・・・。
ヒスイは甘えた仕草でコハクの顔をしたシンジュに向かって言った。
「キスして・・・。お兄ちゃん」
「え・・・?」
シンジュはいつになく動揺して思わずよろけた。
(キス!?それってコハクがヒスイ様によくしていた・・・唇を合わせるアレのことかっ!?)
「はやくぅ〜」
ヒスイはシンジュの胸中などおかまいなしにキスをねだった。
(と、とにかく唇を合わせればいいんだ。たったそれだけのこと・・・。それでヒスイ様の心が少しでも軽くなるなら・・・)
もうどうにでもなれ!という勢いでシンジュはヒスイの唇に触れた。

コハクの唇で。

それはシンジュなりの忠義心を見せた瞬間だった。
ヒスイは嬉しそうに、えへへ。と笑うと、再びテーブルに突っ伏して寝息をたてはじめた。
シンジュはホッとしたと同時に妙な恥ずかしさが込み上げてきて、ヒスイの元から走り去った。
まもなくして元の少年の姿に戻ったが、赤い顔はそのままだった。






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