「一応表向きは新婚だからな。別々の部屋にするわけにはいかない。しばらく我慢しろ」
婚礼の儀が一通り終わるとオニキスはヒスイを離れの宮殿に連れてきた。
(あ・・・ここ前にきた・・・)
ヒスイはそれほど昔のことでもないはずなのに、その頃のことがとても懐かしく思えた。
(あの時はまだお兄ちゃん髪が長くて・・・お菓子づくりの本欲しがってたっけ)
何かにつけコハクの事を思い出す。
ヒスイにとっての幸せな時間・・・。
案内された部屋は申し分なく広かった。
初めて訪れたときにも思った事だが、ここもヒスイのお城のイメージそのままの作りをしている。
巨大な円形の部屋の中心には豪華な天蓋付きのベット。
少し離れたところに座り心地の良さそうなソファーも置いてある。
湾曲する壁に沿っていくつも扉があり、キッチン、バスルーム、衣装部屋など本殿に行かずとも、充分生活できるだけのものが揃っていた。
宮殿は三階建てで、一階はオニキスの書斎になっている。
町の図書館よりはるかに蔵書の数が多く、オニキスもまた熱心な読書家であることを証明していた。
そして二階が今ヒスイのいる場所・・・生活の場であり、更に三階は剣や魔法の訓練所のようになっていた。
「オレはこっちで寝る」
オニキスは素っ気なく言って、ソファーのほうへ向かった。
「お前はそのベッドで寝ろ」
「じゃ、お言葉に甘えて」
ヒスイはオニキスの言葉に素直に従った。
「あぁ、疲れたぁ〜。人が多いのってやっぱり苦手・・・」
ベッドに向かいながら大きく伸びをして、ヒスイは首から下げているシンジュのロザリオに軽くキスをした。
「おやすみ、シンジュ」
そして次にオニキスに向かって「おやすみなさい」を言った。
「・・・・・・」
オニキスはヒスイに就寝の挨拶を返そうとしてふと、「おやすみ」の言葉を口にするのが十数年ぶりだということに気がついた。
「・・・おやすみ、か」
ヒスイの方を見ると、すでに眠りに落ちていた。
大の字に寝そべって、すぅすぅと規則正しい寝息をたてている。
「・・・驚くほど中身は子供のままだな。コハクはこいつに一体何を教えたんだ?」
オニキスは上からヒスイを覗き込んで苦笑いを浮かべた。
「さて、お前には少しの間黙っていてもらおう」
オニキスはヒスイのロザリオに手を翳した。
みるみるうちにロザリオの中心にはめ込まれたシンジュが黒くなる・・・。
「悪く・・・思うなよ」
そう言いながら、オニキスはぴくりとも動かず熟睡しているヒスイに長い口づけをした。
「・・・おにい・・・ちゃん・・・」
オニキスの唇が離れるとヒスイはむにゃむにゃ言いながら幸せそうに笑った。
そしてぎゅっとオニキスの服の裾を掴んだ。
「・・・・・・」
オニキスはむすっとした表情で・・・けれどもヒスイの手を振り払うこともできずに深い溜息をついた。
「めでたいやつだ・・・」
オニキスは重ねて溜息をついたが、結局ヒスイの隣で横になった。
翌朝
「オニキス!オニキスってば!!」
ヒスイは横たわるオニキスの体を揺さぶった。
「大丈夫なの?今日は朝から重要な会議がある、とかって夕べ言ってたじゃない」
「!!!」
ヒスイの言葉にオニキスは飛び起きた。
時計を見ると会議の時間はとっくに過ぎている。
(このオレが・・・熟睡だと・・・!?)
日頃のオニキスは万年不眠症といっていいぐらい眠りが浅く、睡眠時間も短かった。
それがヒスイの隣に横たわっただけで、睡眠薬でも盛られたように昏々と眠り込んでしまった。
(何が起こったんだ・・・?信じられん・・・)
オニキスは着替えもそこそこに部屋を飛び出していった。
「とにかく今日はこの部屋から出るな!いいな!?」
そう、言い残して。
「母上、すみません」
オニキスは、ぞろぞろと大臣達を従えて会議室から出てくる王妃を呼び止めた。
「オニキス、あなたはいいのよ。新婚なのだから。わかっています」
王妃は少し興奮したように言って、ふふふと意味ありげに笑った。
大臣達も口々にオニキス様は新婚だから・・・と呟き合い、含みある笑いを浮かべている。
誰もオニキスを責める者はいなかった。
「いやぁ・・・。いつもは時間に厳しいオニキス様が・・・大いに結構ですな」
大臣の一人である中年の男がからかうようにそう言った。
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