「ようこそいらっしゃいました」
王立図書博物館に隣接された王族専用の宿泊施設で、ヒスイ達は手厚い歓迎を受けた。
「ご結婚おめでとうございます。オニキス様」
ヒスイはうわぁ・・・と思った。見るからに意地の悪そうな兄妹だったのだ。
顔立ちは悪くないが、かなりのつり目で、肌は白く、ソバカスが目立った。
更にその兄妹は一目でそうとわかるくらいよく似ていた。
二人とも金髪で、オニキスの元婚約者という妹のほうは華やかなドレスに見事な縦巻きヘアだった。
(お姫様・・・ってみんなこうなの!?)
ヒスイは絶句した。
自分も負けず劣らず飾り立てられていることを忘れて。
「しばらく世話になる」
オニキスはしつこいぐらい祝辞を並べ立てる兄妹に短くそう挨拶すると、後ろに控えていたヒスイの肩に手をかけ二人に紹介した。
「妻のヒスイだ」
ヒスイは優雅に微笑んで会釈をした。
ヒスイに見とれる兄の足を妹が思いっきり踏みつけたが、それを見ていたのはオニキスだけだった。
「ここは王宮とは違います。わたくし達は歳も近いことですし、そう堅くならないでくださいな」
妹はにこやかに言った。
その笑顔を見る限りでは、わだかまりがあるようには思えない。
妹の名前はルビー。
「気軽にルビーと呼んで。ヒスイさん。お友達になっていただける?」
ルビーは親しげな口調でヒスイに話しかけてきた。
(意地が悪そうに見えたのはあくまで第一印象・・・なのかな・・・。もっとイヤミを言われるかと思っていたけど・・・案外気さくな人ね)
ヒスイはとりあえずホッとしてルビーと握手を交わした。
その夜・・・。
(いよいよだわ・・・!!)
ヒスイは興奮のあまり全く寝付けなかった。
用意されたネグリジェはえらく少女趣味で正直気にくわなかったが、明日の事を思えばとヒスイはそれに着替えてベットの中で何度も寝返りを打った。
オニキスはここの管理責任者・・・先程の兄王子のほうと話があると言って出て行ったきり戻ってこない。
シンジュは入国前に自分からロザリオに戻ってしまっていた。
「念の為です。臣下としてついてゆくよりこのほうがヒスイ様の側にいられますから。あとは適当に誤魔化しておいてください。私が人間ではないこと、くれぐれも周囲に悟られないように」
「・・・何て言えばいいワケ?」
姿をくらまそうとするシンジュをインカ・ローズが引き留めた。シンジュにお株を奪われたことをまだ根に持っているようだった。両腕を組んでシンジュを見下ろしている。
「あなたのようにしたたかな方ならいくらでも言い訳できるでしょう?」
「先輩に向かってその口の利き方は何?」
「・・・・・・」
いつもの調子で言った皮肉が思わぬ形でしっぺ返しをくらった。
「即戦力として期待しているが、城のことでもしわからないことがあればインカ・ローズに聞くといい」
オニキスの言葉が蘇る。
確かにインカ・ローズは仕事の先輩に他ならないことをシンジュ自身納得していた。
「失礼。皮肉の通じる方だと思いませんでしたので」
シンジュは素直に謝った・・・つもりだった。それが皮肉の上乗せになっていることなど知る由もない。
(・・・こいつって・・・こういうキャラなのね・・・)
インカ・ローズはぷっと吹き出して笑った。
「・・・何ですか、突然」
シンジュが首を傾げる。
「何でもないわよ。あとのことは任せて」
インカ・ローズは笑いを堪えながら、シンジュの頼みを引き受けた。
コンコン。
「ヒスイさん。ちょっといいかしら?お話があるのだけれど起きていらっしゃる?」
ルビーの声がした。
「はい?」
ヒスイは何ら疑うことなく扉を開けた。
「あら!まぁ!よく似合っていてよ。わたくしが選んだネグリジェ」
ルビーは上から下までヒスイを眺めると、得意顔でそう言った。
ルビーも同じようなネグリジェを着ている。
「ありがとう」
ヒスイは、相手が同性でしかも寝間着姿ということで全く警戒心を失っていた。
「ね!ね!ヒスイさん。夜のお散歩にいきません?ぜびご案内したいところがあるの。ついてらして」
「え・・・あの・・・」
ルビーは話上手な女性だった。
逆に話下手のヒスイはみるみるうちにルビーのペースに巻き込まれていった。
手首をつかまれ強引に部屋を連れ出されても、なんかこのひと・・・お兄ちゃんのノリに似てるなぁ・・・などど悠長に構えている始末だった。
(あ・・・シンジュ。ま、いっか。女同士だし、ちょっと散歩にいくだけだもん。心配ないよね)
ヒスイはルビーに手を引かれるまま迷路のような通路を通り、全く知らない場所へ足を踏み入れていた。
(・・・ちょっとまずいかな・・・。これじゃあ、はぐれたら部屋に戻れない・・・)
ヒスイのなかに初めて不安が生まれた。それは遅すぎる誕生だった。
「ヒスイさん!ホラ、見て!」
二人は手を繋いだまま巨大な扉の前に立った。
「え・・・これってひょっとして・・・」
「そう。ここが王立図書博物館の入り口・・・」
ルビーはおもむろにそう言って、腰から下げていた鍵束の中から古びた鍵を一本選び出した。
「何を・・・する気なの・・・?」
「そんなに怖い顔をしないで。ほんの少しヒスイさんに中の様子を見せて差し上げようとしているだけよ?」
「そんなことしていいの?だって夫婦しか入れないんじゃ・・・」
「ヒスイさんは特別。わたくしの大切なお友達ですもの。大丈夫よ。ここの管理者はわたくしなのだから」
ためらうヒスイをよそにルビーは鍵穴に鍵を差し込んだ。
ガシャン!と、錠の外れる音がした。
「さ。どうぞ」
「え・・・でもオニキスに・・・」
「伝えておきますわ。ヒスイさんは一足先に行って待っているから、と」
「そう?」
ヒスイは迷った。
けれど夢にまでみた王立図書博物館がすぐそこで口をひらいてヒスイを待っている。
鍵を持っているルビーが良いと言っているのだ。行っても良いような気がした。
「安心して。危険なところではないのよ?」
ルビーはぐいぐいとヒスイの背中を押した。
「たぶん・・・ね」
「え・・・っ!?」
ドンッ!!
きゃっ!と声をあげてヒスイは転がった。王立図書博物館の内側に。
背後からルビーが勢いよく押したのだった。
「あらぁ、ごめんなさい。つい力が入っちゃって」
扉を挟んだ向こう側にルビーが立っていた。邪悪な笑みを浮かべてヒスイを見ている。
「わたくし、本当はこの中に何があるか知らないの。さようなら。ヒスイさん」
ギイィィ〜・・・バタン。ガシャン!!
「うそぉ〜・・・」
ヒスイは内側から扉を押した
。鍵をかける音が聞こえたので開くはずもないとわかっていたが、そうせずにはいられなかった。
「あ〜・・・。やっぱり恨まれてたのかぁ・・・。これはかなりシンジュに怒られるわね・・・」
髪を掻き上げながらヒスイはしばらくそこで惚けていた。
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