出発の日がきた。
オニキスとヒスイは数人の臣下を引き連れて隣国へ旅立った。
その中には当然、シンジュとインカ・ローズもいた。
インカ・ローズと一悶着あった翌日、オニキスはシンジュを城の人間に紹介した。
生き別れになっていたヒスイの弟・・・というのがシンジュに与えられた役だった。
「お姉ちゃんって呼びなさいよ。弟なんだから」
ヒスイに散々からかわれながらも、シンジュは渋々それを受け入れた。
(まったく・・・ヒスイ様と契約してからというものロクな目に合わない・・・)
「それにしても・・・誰が考えたんだろうね。私たちのプロフィール」
ヒスイは旅支度をしながらシンジュに話しかけた。
「没落した異国の姫君だって。どこかの物語じゃあるまいし。誰が信じるっていうのよね」
ところがこの城の人間のほとんどはそう信じていた。
そして弟だというシンジュのことを疑う者も少なかった。
それはシンジュの真っ白な髪が光に透けると銀色に輝いて見えるからだった。
「シンジュが私の弟っていうのも傑作よね。まぁ、それ以外、役の振りようがないけど」
ヒスイはいつもよりも少しおしゃべりになって、勝手に話を進めた。
「ヒスイ様。少々はしゃぎ過ぎではないですか。いくら出発が目前だからといって・・・。こういう時は逆に気持ちを引き締めないと・・・」
シンジュはいつにも増してくどくどとヒスイに説教をした。
「聞いてるんですか!?ヒスイ様!!」
「はい。はい」
「返事は一回でよろしい!」
「は〜い」
念願の博物館行きが目前となったヒスイは、シンジュの指摘したとおり完全に浮かれていた。
耳を塞ぎたくなるようなシンジュの長い説教さえ全く気にならない。それほど嬉しかったのだ。
「あまり・・・舐めてかからない方が身のためですよ」
シンジュはひとしきり説教を終えた後、ぽつりとそう呟いた。



出発直前。

オニキスは同行させる臣下達を集め、改めてシンジュを紹介した。
「皆も知ってのとおり、ヒスイの弟のシンジュだ」
オニキスの言葉に合わせて、シンジュが深く頭を下げた。
「そしてここからが本題だ。シンジュには今後、オレの右腕として働いてもらう」
(右腕ですって!?この私を差し置いて!?)
インカ・ローズがシンジュを睨んだ。
オニキスに予想外の紹介をされたシンジュはぽかんとしている。
その後ろでヒスイも同じような顔をしていた。
「勿論、シンジュの能力をかってのことだ。続柄は全く関係ない」
オニキスはそう言い切った。
「お前達を選んだ目で見定めた人材だ。見た目は幼いが、いかに優秀か、この先の働きぶりを見てもらえばわかるはずだ」
オニキスのいわば精鋭部隊である数人の部下達はそれで納得したようだった。
唯一、インカ・ローズだけが不服そうな目でシンジュを睨み続けている。
「ちょっと。シンジュをどうするつもりなの?」
ヒスイはすれ違いざま低い声でオニキスに言った。
オニキスは一足先に馬車に乗り込もうとしているところだったが、その質問に足を止め、軽く鼻で笑ってみせた。
「シンジュのような奴はお堅い城務めに向いている。そう判断しただけのことだ」
「・・・・・・」
ヒスイはインカ・ローズ同様、納得がいかないという顔をした。
けれども、同僚となったオニキスの部下達に囲まれ、その中心で話をしているシンジュの姿がとても生き生きして見えたので、オニキスの提案はシンジュを良い方向へ導いたのだと判断した。
ヒスイはしかめた眉の力を抜いた。
「たぶん・・・これで良かったんだわ。シンジュは優等生気質だから。人の輪の中でこそ、その才能を発揮できる。私のところでくすぶらせていては勿体ないものね」
独り言のつもりでそう口にしたが、オニキスはその言葉をしっかり聞いていた。
「・・・それがわかるなら、救いようのない馬鹿でもない」
褒めているのか、けなしているのかわからない言い回しをしながら、オニキスは横にいるヒスイの頭に右手を置いた。
しかしそれすらも撫でているのか、叩いているのかわからない曖昧なものだった。
「お前の精霊の力をしばらく借りるぞ」
「弟を、よろしく頼むわ」
ヒスイは頭にのせられた手をそのままに、オニキスの顔を見上げてにっこりと笑った。



二人は馬車に乗り込んだ。

少し遅れてやってきたシンジュを加え、三人を乗せた馬車は隣国、スファレライトへと出発した。
「隣国についてだが・・・」
馬車の中でオニキスはヒスイに話して聞かせた。
「スファレライトは一つの国として認められてはいるが、実際は狭間の国だ」
「はざまの国?」
「国と国の間の国。そこに王立図書博物館がある。その王立図書博物館こそが一つの国であるといってもいい」
「えっ?じゃあ、その為に存在する国っていうことなの?」
「そうだ。あの土地を巡って過去に何度も争いがあった。しかし決着がつくことはなかった。被害ばかりが拡大し、どの国も頭を痛めた。そんな折、ある男の提案で中立都市国家を設立することになったんだ」
「王立図書博物館は国家の均衡を保つ為の場所なのです」
オニキスの言葉に続いて、シンジュが話しだした。
「王立図書博物館には国宝級の品物が集められています。各国が和平の証として持ち寄ったのです。そしてそれを公平に順番で管理している。三年単位で各国の王家に権利が移る仕組みになっていて、今は確か、カルサイト国の兄王子と妹姫が管理しているはずですが」
「さすがに詳しいな」
「このぐらい常識です。あれを造ったのは他でもないメノウ様なんですから」
シンジュはちらりとヒスイの方を見た。ヒスイは興味に満ちた眼差しでシンジュを見ている。
「・・・とにかく気を抜かないことです。特にヒスイ様は」
「うん」
「あそこは災いの元になりそうな宝をここぞとばかりに集めた場所です。そうすることで互いを牽制している。」
「そのお宝に手を出そうものなら、周囲の国々から一斉に叩かれる。だから誰も手出しできない・・・ってこと?」
ヒスイはシンジュの説明を自分流に解釈した。
「その通りです」
「・・・失敗は許されない・・・か」
「一応はわかっておられるようで。くれぐれも独りで先走ったりしないでくださいよ、ヒスイ様」
シンジュは何度もヒスイに念を押した。
「ついでにひとつ言っておく」
オニキスが口を開いた。
「現在あそこを管理する妹のほうだが・・・オレの元婚約者で、この間断った結婚相手だ」
「えぇっ!?」
ヒスイは露骨に嫌な顔をした。
(人の色恋沙汰に巻き込まれるなんてまっぴらごめんだわ)
咄嗟にそう思ったが、考えてみれば自分の色恋沙汰にオニキスを巻き込んで、今、この状態なのだ。
ヒスイは少々きまりが悪くなった。
「覚悟しておけ。ヒスイ。あいつはなかなかいい性格をしていたからな。負けるなよ」
「いい性格って・・・」
ヒスイのなかにジワジワと嫌な予感が広がった。ヒスイはなぜか昔から嫌な予感ばかりが的中するのだった。






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