はあ〜っ・・・。

盆栽展、と、印字されたチケットを眺めながら溜息をついたのは、インカ・ローズだ。
「馬鹿みたい。私」
自分は全く興味がない。
「シンジュは盆栽が趣味だって言うから、つい取っちゃったけど・・・こんなの恥かしくて誘えない・・・」


“シンジュはね、盆栽が趣味なのよ”


ヒスイに耳打ちされて、爺臭い趣味だと笑った。
そのくせ、城下で盆栽展が開催されると聞いて、真っ先にチケットを取ってしまった。
「でも、今はそれどころじゃないか」
本当にそれどころではなかった。
このチケットを口実にシンジュをデートに誘うつもりが、王の病死、ヒスイの失踪、そしてオニキスまでもが命を落とす事態となった。
「ヒスイ様は半吸血鬼・・・ヴァンピールなんです」
シンジュからそう打ち明けられても驚きは少なかった。
(ヒスイ様ってもともと人間離れしてるし。容姿からして)
なにせシンジュが精霊なのだから、ヒスイが人間でないのもありだと思っていた。
(眷族ってよくわからないけど・・・オニキス様は蘇生したし。心配なのはむしろ・・・)
惚れた弱みからか、インカ・ローズはやたらとシンジュの様子が気にかかっていた。
シンジュは、ヒスイとオニキスの間に立ち、あれやこれやと気を揉んで疲れがかなり溜まっているようだった。
「いい気分転換になると思うんだけど」
(思い切って誘ってみようかな。でもアイツの性格からして、不謹慎だって怒りそう・・・)
インカ・ローズはチケットを再び天井に翳した。
(明日まで・・・かぁ)


「何、見てるんですか?」


本殿にある使用人専用の食堂にシンジュが現れた。
夜も更けて、インカ・ローズ以外の人影はない。
シンジュはインカ・ローズの真後ろに立ち、共にチケットを見上げた。
「あっ!それは・・・っ!!」
良い反応だった。シンジュの声は若干の興奮を帯びている。
「どこで手に入れたんですか・・・?」
いつも以上に真面目な表情・・・。
インカ・ローズは思いがけないチャンスが到来して、胸がドキリとなった。
「にっ・・・二枚あるのっ!これ!」
「え?」
「一緒に行こうと思って・・・っ!」
察しのいい男ならこれで気持ちが伝わるはず・・・インカ・ローズはちらりとシンジュを見た。
「意外ですね。あなたも盆栽が趣味とは」
それがシンジュの答えだった。
「・・・・・・。」
(ここにもいた・・・鈍感が)
インカ・ローズのなかにヒスイの顔が浮かぶ・・・。
(主従揃って鈍い・・・!!)
声に出して叫びたいところを辛うじて我慢した。
「明日までですか・・・ふむ」
シンジュは顎を触りながら、チケットの内容を確認した。
「行ってみますか」
「!!」
シンジュからの誘い。
インカ・ローズは嬉しさのあまり盆栽だろうが何だろうがシンジュの好きなものなら自分も好きになれる気がした。
「城下ならヒスイ様と離れていても問題ない距離ですし、運良く明日は休業日・・・あなたも確かそうでしたよね?」
「まあね」
インカ・ローズはにこりと笑った。落ち着いた仕草だったが内心は火がついていた。
(こうしちゃいられない!明日着ていく服、決めなきゃ!!)
すっかりデート気分になっている。王の死もオニキスの不幸も今やすっかり過去の出来事だ。
インカ・ローズはテーブルから勢いよく立ち上がった。
「私、部屋に戻るね!じゃあ、また明日・・・」
元気良くそう言って、シンジュを見た。
その途端、夢が打ち砕かれた。
「ええ〜っ!!?」
「な・・・っ!?」
シンジュも驚いている。
以前は大人になったシンジュだが、今度はその逆だった。
10歳は若返った。
4歳ぐらいの・・・どこからどう見ても立派な子供だ。
そこにタイミング悪く、メイド仲間の一人がやってきた。
「あら?ローズ、その子・・・」
「!!」
インカ・ローズは慌ててシンジュを抱き上げた。
「親戚の子なの!!」
強引にそうこじつけて、食堂を出た。
「このままヒスイ様のところへ!!」
耳元でシンジュの幼い声がする。
予定が台無しだ。
インカ・ローズはやけくそになって走った。



「おとうさん・・・私・・・」
ヒスイはメノウのところへ来ていた。
メノウは三階の一部を私室として使っている。
「あ〜・・・」
メノウはヒスイにどう説明するか迷った。
(口では強気なことを言ってても、やっぱり気にしてたのか。心、閉ざしちゃって。しかも自覚がないから余計に困る)

ココロを閉ざすと子供に。カラダを開くと大人に。

成人していないヒスイはそんな不安定な生き物だった。
「うん、まぁ。ストレス・・・みたいなもんだね」
「ストレス?」
縁のない言葉だった。
「たぶん一時的なものだと思うけど・・・」
戻る保証はない。
この場にコハクがいるなら話は別だが。
「これじゃあ、人前に出られないね・・・」
この姿では王妃の役目を果たせない。
(オニキスの力になろうとした矢先に、足手まといになるとはね)
ヒスイは皮肉を自分に向けた。
「心配ないよ。俺が代役するから」
メノウがそう申し出た。
顔はそっくり。身長は少々低いがそれはいくらでも誤魔化せる。声さえ出さなければ、周囲を欺くことは簡単なように思えた。
少なくとも、今のヒスイよりは。
ヒスイは素直に代役を頼むことにした。
(お父さんならきっとうまくやってくれる・・・)



「・・・正気かい?」
カーネリアンは信じられないという顔でオニキスに聞き返した。
「ああ。ヒスイを連れていけ」
「なんで急にそんな・・・」
「・・・胸が、痛む」
オニキスの胸が痛む・・・つまりそれはヒスイが胸を痛めているということだった。
「・・・オレといても胸が痛むばかりのようだ。ならばいっそ・・・」
「離れたほうがいいって?」
「・・・・・・」
「まぁ、アンタがそう言うんならアタシは構わないけどさ」
カーネリアンは少々躊躇いがちに承諾した。
(コイツもつらいだろうなぁ・・・。自分に対するヒスイの気持ちが手にとるようにわかっちまうんだから)



「あ〜ぁ。いいのかなぁ?ヒスイ手放しちゃって」
カーネリアンはヒスイとシンジュを連れて城を出た。
城に残ったのはヒスイと同じ顔をしたメノウだった。
「・・・・・・」
オニキスは黙り込んでいる。
すでに悔いているようにも見えた。
メノウはポケットをあさり、「見て」といってオニキスの前に拳を突き出した。
指を開くと、手の平には指輪がのっていた。
ひび割れたプラチナのリング。
「これさ、何だかわかる?」
「・・・随分と強力な呪文が込められていたようだが・・・」
もはや指輪からは何の力も感じられない。
「そうなんだよね。ヒスイに変なことしようとすると体が動かなくなるようにしてあったんだ。コハクは18年、この指輪をしてた」
「・・・・・・」
「でもほら、ヒビ入ってるだろ?いつも悪いことばっかり考えてたんだろうなぁ。俺の呪文を破るぐらいだから、相当なもんだ」
呆れたようにメノウが笑う。
「で、18年目にして指輪を破壊。見事ヒスイを手に入れたってワケ」
「・・・・・・」
「あいつの諦めの悪さは天下一品だよ。だから・・・きっと戻ってくる」
「・・・だろうな」
「そしてキミの元からヒスイを連れ去ってしまうよ?」
「・・・・・・」
「ただでさえヒスイといられる時間は限られてるのに。もったいないね」
メノウの言葉は恐ろしいほど核心をついていた。
オニキスは返す言葉もなく、髪を掻き上げ深い溜息をついた。





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