モルダバイト城。離れの宮殿2F。
ヒスイ様のいなくなった部屋で行われる内輪の集会。
私は急遽それに参加することになった。
自他共に認めるスゴ腕メイド、インカ・ローズとは私のことだ。
「ヒスイはコハクのところでよろしくやってるから」
メノウ様がみんなにそう説明した。
メノウ様はヒスイ様の父親ということだけど、とにかく若い。
18年間仮死状態で歳をとらなかったと、少し前にシンジュから聞いた。
ヒスイ様と驚く程顔が似ていて、親子というよりは双子に見える。
「まぁ、ちょっと困ったことになってるみたいだけど」
面白半分にメノウ様が話を続ける。
「我が娘ながらなんと言ったらいいか・・・コロッと騙されちゃってさ。智天使に魔石にされちゃった」
「智天使・・・」
オニキス様は考え深げな顔をしている。
「無鉄砲にも程があります!!もう少し疑うことを覚えろとあれほど言ったのに!!」
シンジュはカンカンに怒っている。主人に置いてきぼりをくらったら腹も立つだろう。
気持ちはわかるけど・・・。
「・・・まぁ、あいつなら自力でなんとかするでしょ」
メノウ様が言った。
“あいつ”とはヒスイ様の想い人、コハクのことだ。ヒスイ様の、血の繋がらないお兄さん。
私も面識がある。物凄い美形で、一度見たら忘れない顔・・・。
そのくせ喧嘩っ早くて、あの時確かオニキス様を殴ったのよね・・・。
集会には私の他に5人いた。
オニキス様、メノウ様、シンジュ。それに加え初対面の美人が二人。
彼等の話を私は黙って聞いていた。
私はいわば新メンバーで、これまでの詳しい経緯は知らなかった。
わかっていることは、ヒスイ様が半吸血鬼で、あのお兄さんは天使。
ヒスイ様は愛しいお兄様を追って、天界と呼ばれる別の場所へ行ってしまったということだけ。
それともうひとつ。
オニキス様が、もうどうにもならないくらいヒスイ様を愛しているということ。
ヒスイ様を助ける為に自分も半吸血鬼になったのに、それでも想いは届かなかった。
ひとり残された今、何を思っているんだろう・・・。
私はオニキス様を見た。
ポーカーフェイスのオニキス様のことだ。感情を表に出すことなんて・・・と、思っていたら露骨なしかめ顔。
親しい仲間に囲まれているとそういうものなのかな。
オニキス様に女友達がいるなんて意外。
カーネリアンという巨乳と、才女っぽく見えるオパール・・・二人とも美人だ。
さっきから妙にオニキス様と親しげなんだけど、どういう関係なのかな。
シンジュもオニキス様もそこまで話してくれなかったし。
それにしても・・・美形揃い・・・。
(私、この中で絶対浮いてる・・・)
なかでも一番の美人はヒスイ様・・・じゃなくてメノウ様。
ヒスイ様の代役を見事にこなしている。
ヒスイ様はあまり公務に熱心じゃなかったけど、メノウ様は違ってて、王政に興味があるみたいだ。
進んで国のことを学んでる。
はっきり言って、ヒスイ様より適任だと思う。
私は腕時計を見た。
「オニキス様。メノウ様。お時間です」
「オッケー」と、メノウ様は軽く返事をした。
「じゃ、着替えてくるね」
どこからか入手してきた銀髪のカツラ。
ドレスを着て、ハイヒールを履いて、胸に詰め物をすれば、本当にヒスイ様そのものだ。
(オニキス様・・・ヘンな気起こさなきゃいいけど・・・)
そんな心配をしてしまうぐらいメノウ様はヒスイ様だった。
「今日は何をすればいいの?」
それでも声はやっぱり男だ。
(こればかりはどうにもならないもんね)
「今日は民との謁見を」
私は答えた。
「どうしても王と王妃にお目通り願いたいと」
謁見・・・と言ってもクレーム処理みたいなものだ。
今回も訴えの内容はごく単純なもので、最近日照りが続いて困っているという、農業組合の代表者によるものだった。
王様は神様ってわけじゃないのに、人間の力ではどうにもならないような事を言ってくる民は結構いる。
オニキス様はもちろん神様じゃないけど、そんな無茶な願いにも人間としてできる限りの対応をしてきた。
さて、今回はどうするのかな。
祈祷師でも雇う・・?
「な〜んだ。簡単じゃん」
王座に腰掛けるオニキス様の横で、メノウ様が呟いた。
「余計な手出しは・・・」
オニキス様は魔法の力に頼らない人だ。
どんなことでも普通の人間の力で解決できる手段を探す。
『この国は魔法使いの国ではない』
そう。魔力のある人間なんて一握りにも満たない。
魔法に頼るようになっては、魔力を持たない人々がそれを補う為に発展させてきた文化が廃れると、オニキス様は考えているようだ。
あぁ、でも。
メノウ様はおかまいなしだ。
メノウ様・・・王妃は数段高くなっている玉座のある場所から下り、代表者の男の前に立った。
男は間近で見る王妃の美しさに魂を抜かれたようになっている。
「・・・雨を降らせれば良いのですね?」
「!!?」
シンジュと私。そしてオニキス様もその声に息を呑んだ。
紛れもないヒスイ様の声だった。
「そこで見ていなさい」
メノウ様はその場でいきなり歌を歌い出した。
体の芯から痺れる魅惑的な歌声。
それは民衆の間でもよく歌われる、雨乞いの歌・・・。
ザァァーッ・・・。
たちまち雨が降り出した。激しい雨が窓を叩く・・・。
(・・・すごい効果・・・。ワンフレーズも歌ってないのに)
謁見の間の外でも使用人達が久しぶりの雨に喜びの声をあげている。
代表者の男は、美しく有能な王妃を崇め、興奮覚めやらぬまま帰っていった。
「メノウ様!」
シンジュが駆け寄った。
ヒスイ様に仕えていたシンジュ。
ヒスイ様が地上からいなくなった時点で契約が解消されて、新たな主としてメノウ様と再契約をした。
(できることなら私がマスターになりたかったな・・・)
「驚いた?」
メノウ様はもとの声に戻っていた。
「ヒスイの声を借りたんだ」
「そんなことが・・・できるのか」
オニキス様は少々呆気にとられていた。
「どんなに離れてたって親子の絆は切れないよ。まぁ、俺が声を借りてる間、ヒスイは声を失って何も話せなくなるけど」
「・・・・・・」
オニキス様・・・文句を言いたげな目でメノウ様を見てる・・・。
「大丈夫だって。ヒスイはお喋りなほうじゃないし。ヒスイの分までコハクが喋ってるよ」
この一件で城下に噂が広まった。
新しい王妃は類い希なる美しさに加え、非常に有能であると。
それからは大変だった。
地元民やら観光客やらが王妃をひと目見ようとドッと押しかけてくるわ、不思議な力を持っているという尾ひれまで付いて、(実際持っているんだけ。)王妃との謁見を望む者が激増し、私もシンジュも対応に追われた。
気が付けば、メノウ様は城下のカリスマ的存在になっていた。
魔法のように便利な力があれば、それに頼りたくなるのは当然のことで・・・だけどメノウ様・・・王妃はひとりしかいないんだから、謁見に訪れた者達の望みを公平に、ひとつひとつ叶えていく訳もいかない。
オニキス様が危惧していた事態になったと、私は思った。
「ここおかしいよ。計算間違ってる」
話し方はともかく、ヒスイ様の声で、メノウ様が発言した。
予算の報告会議をしている最中。
メノウ様はやっぱり優れている。王妃として申し分ない。
男だけど。
いつもただぼ〜っと会議に出席して、落書きか居眠りどっちかのヒスイ様に比べれば雲泥の差がある。
メノウ様はきちんと資料に目を通して、普通ならわからないような複雑なミスまで見抜くんだから。
言うことはすべて的を得ていて、話し合いで出す意見は誰も考えつかないような大胆なものが多いけど、決して机上の空論じゃない。
ヒスイ様って実は優秀だったんだなぁ、と大臣達が口々に話す。
なかにはヒスイ様の豹変ぶりに疑問を抱いているヤツもいる。
そりゃそうよね。
数々の矛盾は“王妃としての自覚が出てきた”とシンジュが強引に押し切って、今のところなんとか乗り切ってる。
シンジュは最近、機嫌がいい。
対照的に不機嫌なのはオニキス様だ。
「いいから大人しくしていてくれ」
「心外だなぁ、王妃としての役目を全うしてるだけなのに」
「・・・今までと違いすぎる・・・」
「違わないよ。だって俺、ヒスイにできることしかしてないよ?」
メノウ様にそう言われて、オニキス様は思い当たることがあるようだった。
「セイレーンの歌声はヒスイのものなんだから、ヒスイだってやればできることでしょ?雨乞いなんてさ。会議にしたってほら」
メノウ様はヒスイ様がいた頃の会議の資料をオニキス様に見せた。
「・・・・・・」
「間違ってるとこ、印ついてるでしょ?それヒスイがつけたんだよ。間違いにはちゃんと気付いてるんだ」
「なぜ言わない・・・」
「そんなの決まってるじゃん。いちいち面倒くさいし、人前で話すのが嫌だからだよ。ヒスイの性格はキミもよく知ってるでしょ」
「・・・もっともだな」
「だが、ヒスイはもう戻ってこない。これ以上目立ったことをされては・・・」
「いつか王妃不在にする時困るって?」
「・・・ああ。そうだ」
「いいよ。心配しなくても。しばらく付き合うから」
メノウ様はオニキス様に微笑みかけた。
ある意味それは酷だと思う・・・。
「ひとりじゃ大変でしょ。ヒスイができなかった分まで、一緒にこの国を守るよ」
「・・・・・・」
オニキス様は複雑そうな顔をしている。でもたぶんあれは・・・嬉しいんだ。協力者が現れて。
「何ならこの姿で夜のほうも付き合おうか?」
メノウ様はこのテの冗談が好きで、よくヒスイ様のフリをしてはオニキス様をからかっている。
オニキスさまは取り合っていないようだけど・・・ホント大丈夫かな・・・。
モルダバイトのカリスマ王妃、メノウ様。
まだ、しばらく世間を騒がせそうだ。
覚悟しておかなきゃ。
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