赤い屋根の屋敷、リビング――
いつものように過ごしているヒスイに、アイボリーが言った。
「なー、ヒスイ」
「んー、なに?」
「俺さ・・・」
「今度は“足コキ”やってみたいんだけど」
「・・・は?」
クッションから顔を上げ、ヒスイが聞き返す。
言葉の意味がわかっていない様子だ。
アイボリーは、クッションの側でしゃがみ込み。こう説明した。
「ヒスイの足を、ひとりえっちに使わせて、ってこと」
更にこう付け加える。
「足で、ひとりえっちを手伝って、って言った方が正しいかもな」
「足で?手伝う???」
ヒスイは少し考えてから。
「私は別にいいけど、お兄ちゃんに聞いてみないと・・・」
「じゃ、コハクんとこ行こうぜ!」
「うん」
コハクは裏庭で洗濯物を干していた。
「――で、あーくんが今度は“足コキ”っていうの?試してみたいんだって」と、ヒスイ。今日も暢気だ。
「・・・・・・」
コハクは当然、どういうものか知っている。
「・・・それ、本気?」
「超本気」
“髪コキ”が失敗だった訳ではないが、ヒスイに無視され、やはり悔しかったのだ。
「ひとりえっちは、できるだけノーマルな方向でお願いしたいなぁ」と、コハク。
「アブノーマルの宝庫に言われたくねぇんだけど」アイボリーが言い返す。
真実を軽く聞き流し、コハクは笑顔で。
「いいよ。じゃあ、二時間後にリビングで」
「おう!」
そして二時間後・・・
浮かれ調子のアイボリーがリビングにやってきた、が。
「!!」(なんだよ・・・これ・・・)
リビングには、姉のシトリン、アクア、兄のジスト、マーキュリーが揃って待っていた。
そこへまずコハクが合流した。
「父ちゃん?これ、どういうこと???」←今回、誘いを断ったジスト。
一方で。
「俺が聞きてーよ!!」アイボリーが叫ぶ。
「興味がありそうだったから、声をかけたんだ」
にっこり微笑むコハクに続き・・・
「そうだぞ!見に来てやったんだ!お前のアレをな!」と、シトリン。
「良さそ〜だったらぁ、コクヨ〜にもやったげよ〜と思って」と、アクア。
双子の兄マーキュリーは・・・
「足で、とか・・・ドMっぽいよね、あーくん」と、若干引き気味だ。
「コハクぅぅぅ!!!」(最初からコレが狙いか!!容赦ねぇ!!)
アイボリーは、コハクを恨めしそうに見上げ。
「何プレイだよ!!」と、食ってかかった。
「止める?」
憎々しく、美しく、コハクが問う。その答えは。
「やってやる!!」だった。
「十代の愛と性欲、舐めんなよ!!」
早くヒスイを連れて来い!と、息巻くアイボリー。
受けて立とうと謂わんばかりに、コハクがヒスイを呼んだ。
「ヒスイ、おいで」
「ん!」
開いた扉から、ひょこっとヒスイが顔を出し。
たたた・・・コハクに走り寄る。
その姿は相変わらず愛くるしいが・・・
「!!何だよ、それ・・・」再びアイボリーが叫ぶ。
コハクの白シャツ一枚で登場するかと思いきや、なんとデニムのスキニーパンツを穿いている。
滅多にないファッション・・・アイボリーにとっては事件だ。
(肝心なトコが何も見えねぇ!!)
萌えをゴッソリ削り取られた。しかも・・・
「さあ、始めようか」と、先に腰を下ろすコハクとヒスイ。
「だから、何なんだよぉ・・・」
アイボリーが頭を抱えて蹲る。
ヒスイは、コハクの腕の中から、両脚を伸ばしていた。
ヒスイ本人は、こういうものだと思っているらしい。
「あーくん、はやくー」と、言いながら、準備運動で足の指を動かしている。
「こんな感じでいいのかな?お兄ちゃん」
「うん、うん、上手だよ」
ちゅっ。そこでキスを交わす。
(イチャつく必要あんのか!?今!!)
アイボリーは心で嘆いた。
(色々酷過ぎるぜ・・・主にコハクがな!!)
・・・と、そこでコハクが。
「あーくん、ゴム被せるのと、ジャージ越しと、どっちがいい?」と、尋ねてきた。
上はTシャツ、下は薄手のジャージ※膝丈※のアイボリー・・・
「・・・ジャージで」
自棄になりつつ、ヒスイの前に座る。
「じゃあ、やるね!あーくん!」
シトリンは固唾を飲んで見守り。
アクアはニヤニヤ、ジストはドキドキ。
マーキュリーは・・・冷たい視線を浴びせている。
そんな中。
「はぁっ・・・はぁっ・・・は・・・」
若い美雄の、淫らな息遣い。
「大事なトコロだから、やさしく、やさしく・・・」
ヒスイは自分に言い聞かせるようにして、懸命に足を動かしていた。
「は・・・」(やべぇ・・・これ・・・)
艶めかしく滴る汗。
ジャージの裏側の勃起を、小さな足裏で押し揉まれ、指で刺激され。
何より・・・ヒスイの体温を、ジャージ越しに感じることができる。
「っ・・・ヒスイ・・・そこ・・・もうちょい強く・・・」
「ここ?」
「あー・・・イイ・・・すげぇイイ・・・」
ジャージに男の蜜が染み広がっていくところを、兄姉に見られているが、全く気にならなかった。
「はぁっ!はぁっ!」
(このままヒスイに突っ込みてー・・・)
「――っ!!」
切ない疼きに身を任せ、アイボリーは射精した。
和風風呂の一画には、足湯がある。
ひと仕事(?)終えたヒスイは、そこで寛いでいた。
(足コキかぁ・・・お兄ちゃんに協力してもらって、今度オニキスにも・・・)
吸血で欲情するのは、オニキスも同じなのだ。
誰を求めているのかも、さすがにもう、わかる。
(これで、少しは気持ち良くなってくれるかな・・・あーくんは、結構気持ち良さそうだったよね)
ゆるく足を泳がせながら、そんなことを考えていると。
「わ・・・!?」
突然、背後から抱きしめられた。
アイボリーに、だ。
シャワーを浴びた直後らしく、ジーンズは穿いているが、上半身は裸で金髪が濡れている。
「あーくん?どうしたの???」
「ヒスイ、今日はサンキューな」
「あ、うん」
「・・・俺、昔からヒスイのこと好きだって言ってるじゃんか」
「うん」
「あれ、本気だから」
「うん、でも無理」
ヒスイが即答する。
「そんくらいわかってる」
アイボリーは、思いのほか静かなトーンでそう言った後・・・
「本番ヤラせろとは言わねーけど、一生ヒスイでヌくかんな。覚悟しとけ」
一段と低い声で告げ、離れた。
「・・・・・・」(あー・・・ちょっと言い過ぎたかもしんね)
後悔しつつ、アイボリーが何歩か進んだところで。
「あーくん」
ヒスイが呼び止めた。それから実にあっさりとした口調で。
「それ、ちょっと重い」と、言った。
「ひでぇ!!」
振り向いたアイボリーは、いつものノリで笑った。
ヒスイのつれない態度に、逆に救われたのだ。
アイボリーが笑うと、ヒスイも笑い。
「でもね、こんなやりとりできるの、あーくんだけだよ」
何でも言い合える、友達みたいね――と、見上げる笑顔が可愛くて。
「・・・・・・」
(思いっきしフラれてんのに、なんで俺キュンキュンしてんの・・・そういやちょっと、マゾっ気あったっけ)
アイボリーの場合、Mを極め、むしろSに近い性質ではあるが。
「はー・・・」やるせない溜息。
「あーくん?」
「そんなこと言ってると、もっと好きになんぞ」
「え、やだ」
「やっぱ、ひでぇな!」
と、その時。
「あーくん」
マーキュリーの声に呼ばれる。
「じゃ、またあとでな!」「うん!」
「ゆ」の暖簾をくぐった先で。
「どした?まー」
「別にどうもしないけど、いつ襲ってもおかしくない雰囲気だったから」
「・・・・・・」
(どっちがだよ)と、言いたげな目でアイボリーが見ていると。
「・・・Mって、痛みを怖がらないから、もしかしたらSより勇気があるのかもしれないね」
マーキュリーが言った。
「そーか?」と、アイボリー。
「両想いの可能性がゼロだからこそ、いいポジション確保しときたいじゃんか」
そのために、当たって砕けているだけだと語る。
「それで、どうなの?」と、苦笑いのマーキュリー。
『何でも言い合える、友達みたいね』
アイボリーは、ヒスイの言葉を思い返し、目を閉じた。
“息子”より、“友達”の方が、まだ恋に近い――そんな気がするから。
「・・・ま、今んとこ、悪くねぇ」
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