コンコン。

「はい〜」

コハクの返事が返ってきた。
緊張でジンの鼓動が早くなる。
「いらっしゃい」
「こ、こんにちは」
「ごめんね、こんな格好で。ついさっきシャワーを浴びたばかりで」
コハクはヴィンテージ物のジーンズを履いている。上には何も着ていない。髪がまだ濡れていた。
(うわぁ〜・・・しょっぱなからミスった。タイミング悪いなぁ・・・)
「どうぞ。中へ」
先を歩くコハクの背中を見て寒くなる。
(すごい刺青・・・何か呪術的な意味がありそうな・・・この人ホントに何者なんだ・・・)
ジンは肝試しに来た気分になりながらコハクの後に続いた。
広いリビングに通され、ソファーに座るよう勧められる。
「今お茶を・・・」
「あ、いえ、お構いなく・・・」
コハクの口調は穏やかだ。人当たりの良い態度も。ただ・・・
(目が笑ってない・・・こういうのが一番怖いよな。ヒスイさんといた時とは雰囲気全然違うし)
「あれ?コハクさんって煙草吸うんですか?」
テーブルの上に灰皿。吸い殻が山になっている。
「こっちに来て最初にハマったのが煙草だったんだ。ヒスイが産まれた時にやめたんだけど・・・一人になると口寂しくてつい・・・ね」
(ヒスイさんとあれだけキスしてれば口寂しくもなるよなぁ・・・)
妙に納得してしまう。
「吸ってもいいかな?」
「あ、どうぞ」
コハクが煙草に火を付ける。その仕草がトパーズと重なる。
(・・・似てる・・・やっぱり親子だなぁ・・・)

シ〜ン・・・

後の会話が続かない。
「・・・オニキスの差し金?」
「あ、いえ・・・そういうワケでは・・・」
「君は嘘が下手だね」
「す、すいません・・・」
コハクにすべてを見抜かれたジンは素直に謝った。
「別にいいけど」
皮肉めいた笑い。
ジンは必死に話題のネタを探した。ふと窓から見える庭に目が留まる。
「植物、好きなんですか?」
庭は花とハーブでいっぱいだった。家の中にも緑が多い。
「・・・実用性の高いものとヒスイが見て喜ぶものしか育ててないから好きとは違うと思うけど」
さくっとした回答で終わる。
(話が続かない・・・。なんだこの圧迫感は・・・それになんか空気が・・・)
息苦しい。ジンは咳き込んだ。
「ああ、ごめんね、匂うかな、血が。人間の君にはキツイでしょ」
「血って・・・何してるんですか・・・ケホッ・・・」
(う・・・気持ち悪くなってきた・・・)
「ヒスイがいないと他にすることもないから、魔界で片っ端から悪魔を斬ってる。返り血がちょっとね。あ、洗面所そっちね」



ザァァーッ・・・

(・・・吐いてしまった・・・。コハクさん怖すぎる。何しに来てるんだ、オレ。寿命縮めてるだけのような気が・・・でも・・・)
ジンは顔を上げて鏡を見た。そして意思確認。
(コハクさんとヒスイさんはこんな形で離れるべきじゃないと思う。王とヒスイさんとコハクさん・・・このままじゃ絶対よくない)
リビングに戻ると氷の入った冷たい水が用意されていた。
ジンは一気にそれを飲み干した。
「大丈夫?」
「あ、はい。大丈夫です。ありがとうございました」
空のグラスをコハクに返す。
(ふ〜っ・・・生き返った・・・あ、そうだ!)
冷たい刺激でやっと思い出した。
「コハクさん、あのこれ・・・」
ジンはお土産をコハクに手渡した。あまりの緊張にすっかり忘れていた。
「ありがとう・・・でも、コレ、何?」
鉢植えに土が入っただけものだった。コハクが軽く首を傾げる。
これをお土産に選んだのには理由があった。
ジンは深呼吸して話し出した。
「“ヒスイは僕にしか咲かせられない花だ”ってコハクさん言いましたよね?その時、コハクさんって植物好きなのかなって思ったんです」
“好きとは違う”とあしらわれたばかりだが、めげずに続ける。
「その鉢植えには球根が埋まってるんです。寒い冬が来ると地表に出ている部分は枯れてしまいますが、根はちゃんと土の中に残っていて、春が来ればまた芽を出します」
「・・・・・・」
「今は花をつけていなくても、球根には何度でも咲く力があるんです。だから・・・」
ジンはコハクを真っ直ぐ見て言った。



「あなたの花はきっとまた咲く」


「・・・・・・」
コハクはくわえていた煙草の火を消した。
「・・・気に入ったよ、君」
そう言ってにっこりと笑い、灰皿ごとゴミ箱に投げ捨て、それから部屋の窓を全開にした。
「うん、決めた」
そう呟いて振り返る。
「いやぁ・・・柄にもなく落ち込んじゃったよ。君には借りができたね」
「いえっ!こちらこそ偉そうなこと言っちゃってスミマセン」
コハクが微笑む。
「君の花は・・・シトリン?」
「はい」
ジンは強く頷いた。
「・・・とっておきのハーブティをご馳走するよ」
「わ・・・ありがとうございます〜」



「ご馳走様でした。すごく美味しかったです」
玄関でジンが挨拶をする。
「また遊びにおいで。今度はシトリンも一緒に」
「はいっ!」
「・・・あ、そうだ。僕からもお土産」
「?」
「ちょっと待ってね」
コハクはくるりと背を向けた。
(え・・・?ええ〜っ!?)
ジンが目を見張る。
口に指を突っ込んで“何か”を引きずり出していた。
黒く長い・・・蟲。ミミズのようにも見える。
「な・・・んですか、ソレ」
(また気持ち悪くなってきた・・・)
「コレ?“心に巣喰う悪魔”。希望を喰い尽くして、心に絶望を植え付けるんだ。コレに憑かれると考えがどんどん後ろ向きになって最後は自殺っていう・・・城から帰る時に憑けられたみたいなんだけど、面倒臭いから放っておいたんだ。返しておいてくれる?」
「え?」


「トパーズに」


「!!!」
(あいつまた悪魔を・・・!ってバレてる!?もしかしてこの間の悪魔もトパーズの仕業だって知ってたんじゃ・・・)
恐る恐るコハクを見る。
コハクはそれ以上何も言わず、笑顔で巨大ミミズを握っている。
「切り刻んで瓶詰めにする?」
(うわ・・・コハクさんって・・・爽やかにグロい・・・)
「そのままでいいです・・・」
「そう?まぁ君が憑かれることはないと思うけど」



ジンは屋敷を後にした。
左手に握る悪魔のほうをできるだけ見ないようにして歩く。
(トパーズもコハクさんも何を考えているのか全然わからない・・・恐ろしい親子だ・・・なんか嫌な予感がする・・・)




モルダバイト城。

(あの夜以来二人の姿を見るのがつらい・・・)
シトリンはオニキスの書斎の前で立ち止まり溜息をついた。
まず、額にキス。それから見つめ合って唇にキス。
(メイド達の目を盗んで二人がキスしているところを何度も見た。母上にキスをする時、オニキス殿はすごく優しい顔をするんだ・・・)
胸が痛い。何もかも忘れて逃げ出したくなるくらいに。
「・・・が、そんなことを言っていられなくなってきた・・・」
明日から試験が始まる。しかし、いつも以上に勉強が手に付かない。
(オニキス殿やジンの研究の邪魔はできん。と、すると頼みの綱は母上しかいない・・・母上は勉強ができると、兄上が認めるくらいだからな)
ヒスイはオニキスの書斎にいることが多い。
「母上?いるか?」
「うん」
ヒスイが書斎から顔を出す。
「テスト勉強でしょ?付き合うよ」
「よく知ってるな」
「オニキスが言ってた。シトリンが来たら、しっかり勉強をみてやってくれって」
「そうか・・・オニキス殿が・・・」
最近殆ど話をしていない。
それでもちゃんと気にかけてくれていたのが嬉しい。
(赤点で補習になるわけにはいかん!それだけオニキス殿といられる時間が減ってしまうのだから!)
シトリンはやる気を出してヒスイの向かいの席に座った。
参考書とノートを開いて机にかじりつく。
「・・・シトリンの顔・・・」
しばらくしてヒスイが口を開いた。
「ん?なんだ?」
シトリンが顔を上げる。
「・・・好きだなぁ、私」
(そりゃあ、そうだろう。あいつと同じ顔だ)
「シトリンの顔見てると何だかすごく安心するの・・・変かな?」
「母上・・・何か思い出さないか?この顔を見て」
「え?」
「あいつと同じ顔だ。思い出さないか?あんなに仲が良かったじゃないか・・・!」
「あいつ?」
「そうだ!よく見ろ!」
シトリンは席を立ってヒスイの肩を掴んだ。
キス寸前というところまで顔を近づける・・・
「え?シトリン?」
(いっそこのままキスしてやろうか。そうすれば思い出すかも・・・)
アブナイ考えが頭を掠める。
(そうだ・・・オニキス殿が触れる唇に・・・私も・・・ごくん)


「お前・・・それでいいのか?」


「!!あ、兄上・・・」
戸口に立つトパーズの冷ややかな眼差し。
「見事な奇行だ、妹よ。血の繋がりを否定したくなるぐらいにな」
「う・・・」
(確かに今のはあぶなかった・・・)
「??」
ヒスイはちょこんと首を傾げている。
「ほら、ヒスイ。頼まれていたやつだ」
トパーズがヒスイに丸いモノを放った。
「わっ!ありがと!」
犬のように飛びつくヒスイ。
キャッチしたのは・・・ヘルメットだった。
「そうそう!これこれ!」
すかさず装着。前頭部にライトが付いている。
それを点灯させて喜ぶ。ドレスにヘルメットという格好で。
(母上・・・変だ・・・)
「変な女だ」
シトリンの心の声をトパーズが言葉にして笑う。
(兄上が・・・笑っている・・・不気味だ・・・)
「オニキスに見せてくるっ!ありがと!トパーズ!」
ヒスイは再度トパーズに礼を述べて書斎から出ていった。
「母上!?その格好で城内を歩くのは・・・」
シトリンが後を追う。
「・・・あいつは赤点確定だな。勉強するだけ無駄だ」
シトリンのノートを見たトパーズはうんざりした顔で呟いた。







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