「・・・どういうこと、これ」

荒廃した大地がヒスイの目前に広がっている。
巨大なクレーター・・・屋敷は跡形もない。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
男3人、沈黙。
廃墟になった村の一番奥にある屋敷だった。
他には誰もいないその村でコハクと二人きりの生活をしていた。
「・・・どうするの・・・家なくなっちゃって」
丸く収まったとばかり思っていたヒスイは茫然。
信頼していたオニキスまでもが加担し、最悪の事態となった。
屋敷どころではない。村そのものが消滅していた。
自然破壊・・・周囲の森林まで焼け焦げている。
壊すものが何もなくなったところで3人の争いは終結したが、手遅れだった。
「みんな燃えちゃったの・・・?本も?」
「あの・・・ヒスイ・・・これは・・・その・・・」
オニキスとトパーズに肘で小突かれ、コハクが代表で言い訳をする。
「ごめん・・・ね?」
まず謝ってヒスイの機嫌を伺う。
「全財産・・・灰ってこと?」
「うん。灰ってこと」
「あぁ〜・・・お父さんに怒られる〜・・・」
ヒスイは頭を抱え半べそ状態だ。
「心配ない。この地域全体に自己修復魔法を施した」
開き直りに近い態度でトパーズが言った。
「放っておけば元に戻る」
「どのくらいで?」
「・・・6ヶ月」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
宿無し。半年宣告。
「お前達ぐらいなら城で・・・」
責任を感じたオニキスが申し出る。
ヒスイは首を横に振った。
「誰かに見つかったらまずいでしょ。こそこそ生活するのも嫌だし。まぁ、なんとかなるよね?お兄ちゃん」
「もちろん」
コハクが胸を張って返事をする。
「無一文でも暮らせる場所があるから大丈夫だよ」
「あ!ひょっとしてあそこ?」
「うん」
二人が頷き合う。
「エクソシストの正員寮があるんです。まぁ当面はそこで何とかなるかと」
「寮か・・・それなら問題はないな」
コハクの言葉にオニキスも安心したようだった。
「トパーズはどうする?一緒に来る?」
ヒスイが息子を覗き込む。警戒心はまるでない。
「な・・・っ!!」
(この後に及んで奴を!?)
信じられないという顔でコハクが見ている。
「ソイツと二人じゃ退屈だろう。一緒に行ってやる」
素直とはほど遠い言い回しでトパーズが答えた。
「その為にはエクソシストにならないと。でも君“向こう側”でしょ?」
耳元でコハクが牽制する。もちろんトパーズは取り合わない。
「・・・いちいち五月蠅い」
「ちょっとそこっ!喧嘩してる場合じゃないでしょ!」
雲行きが怪しい二人の間にヒスイが割って入る。
「これからは本業が忙しくなるんだから!親子喧嘩禁止っ!!」




エクソシスト正員寮。

「わぁ・・・似合う!似合う!」
ヒスイがトパーズの周囲を一巡り・・・そして絶賛。
登録を済ませたトパーズはエクソシストの制服に身を包んでいた。
二人一組が基本のエクソシスト。
ヒスイとコハクで一部屋。
パートナーのいないトパーズは隣の部屋へ振り分けられた。
この措置にコハクも胸を撫で下ろしたが、行き来は自由・・・
結局3人は同じ部屋にいた。
「え!?何でお前達がここにいるの?」
背後から聞こえてきたのはメノウの声だった。
「お父さん!?」
「メノウ様!?」
ヒスイとコハクが同時に振り返る。
「どこへ行ってしまったかと思えば・・・まさかここで生活を・・・?」
「いや、寝床にしてるだけ」
2年前から常に行方知れずのメノウ。
しかし意外にも実家から近いこの場所を拠点にしていた。
「お!トパーズも登録したの!?これで親子3代エクソシストじゃん!」
メノウは上機嫌だった。
明るい笑い声・・・帰る家がなくなったことはまだ知らない。
「何?親子で社会勉強でもしにきたワケ?」
「そ、そうなんですよ!実は!ははは!」
コハクが相槌を打つ。
(半年・・・この調子で誤魔化せるか!?)
アイコンタクト。ヒスイが小さく頷く。
「そうそう!半年ぐらいかけて一から学ぼうと思って!ねっ!トパーズ!」
「・・・・・・」
トパーズの返事はない。
お前達の馬鹿に付き合ってられるか・・・そんな目をしている。
「半年?そんなにあの家空けて平気なの?」
メノウの言葉に揃ってぎくり。
「大丈夫です!後のことはオニキスにお願いしてありますから!!」
語彙にやたらと力がこもる。
「それよりもメノウ様からエクソシストのイロハを教えてやってくださいよ!コイツに!!」
いよいよわざとらしい。
コハクは話を逸らすためにトパーズを前に押し出した。
「・・・・・・」
「そうだなぁ〜。説明しとくか」
メノウは快く引き受け、話を始めた。
「まず基本。エクソシストは二人一組で行動する。それぞれにコードネームがあってさ、“春夏秋冬”って言えばコハクとヒスイのことだし“国士無双”って言えば俺達のことで・・・」
「俺達?アンタも誰かと組んでるのか?」
「まあね。そうじゃないと仕事受けられないし。お前もエクソシストとしてやってくつもりなら早くパートナー見つけないと」
「・・・面倒臭い」
「そう言うなって!」
イマイチやる気のなさそうなトパーズを励まし、メノウの説明は続いた。
「エクソシストは大きく4タイプに分かれるんだ。狩人・掃除屋・交渉人・退魔士。“狩人”は大物の悪魔だけを狙う。“掃除屋”は下級悪魔を数多く。“交渉人”は争いを極力避け、話し合いで解決・・・これは悪魔語が話せないとダメ。んで、“退魔士”は人間に憑いた悪魔を祓う。封印・捕獲・浄化、方法は色々ある。ヒスイがこの“退魔士”。コハクは“交渉人”。俺は“狩人”。自分の戦闘スタイルに合わせて自己申告するんだけど、お前はどうする?」
「別に何でもいい」
トパーズの素っ気ない返事。
「なら“交渉人”にしなよ。悪魔語得意だろ?」
「・・・・・・」

“交渉人”

書類にそう記入させられる。
「んじゃまぁ、よろしく!」
メノウは満面の笑みで説明を締めくくった。



「・・・おい。ヒスイ」
「ん?何?」
「・・・煙草返せ」
「煙草?何のこと?」
シラを切ったヒスイの目が泳いでいる。
明らかに嘘だ。
「早く出せ。また犯るぞ?」
トパーズが睨む。
「いいよ。オニキス呼ぶから。くすっ」
「・・・・・・」
ヒスイに唯一の弱点を突かれ、黙り込む。
禁煙の苛立ちが表情に表れていた。
「・・・返せ。とにかく吸わせろ」
「煙草は体に悪いの!トパーズはまだ未成年なんだから!だめっ!」
ヒスイはトパーズの喫煙に大反対だった。
なんとか止めさせようと躍起になっている。
「何処に隠した?」
トパーズは我慢の限界・・・ヒスイの体を探りだした。
「ここにはありませんよ〜だ!」
ヒスイがあかんべをする。
「・・・・・・」
「ほら」
メノウが煙草を箱ごと投げてよこした。
ヒスイが隠したものだ。
トパーズはそれを受け取るなり、ヒスイから逃げるようにして離れた。
「お父さんっ!なんで邪魔するの!?」
「まぁ、まぁ」
一番奥の窓際でトパーズが煙草を吸っている。
「あんまり追いつめちゃ可哀相だろ」
「何がよ!」
計画が上手くいきかけたところに思わぬ敵。
ヒスイの怒りはメノウに向けられた。
「・・・好きで吸ってるわけじゃないんだ」
「え?」
「あれで吸血意欲を抑えてる」
「!!」
ヒスイはハッとした顔でメノウを見た。
「渇いてるんだよ、喉が。どんだけ血を飲んでも満たされない体質らしくてさ」
「・・・そんな・・・」
「何も知らなかったでしょ?知ろうともしなかったし」
「・・・・・・」
「オニキスに任せておけば大丈夫だと思った?」
メノウの口調は柔らかかったが、厳しくヒスイを叱咤するものだった。
「・・・もっとさ、ちゃんと見てやりなよ。あいつのこと“息子”だって言うんなら」
「・・・・・・」
メノウの言葉が次々と胸に突き刺さる。
ヒスイは黙って俯いた。





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