戦いの序曲。
「ははは!ちょっと勉強ができるからっていい気になるんじゃない。君より頭のいい奴なんていくらでもいる。例えば僕とか」
勝ち誇ったコハクの声がリビングまで聞こえてきた。
「何やってるの?」
ヒスイがキッチンを覗くとテーブルにコハクとトパーズが向かい合わせに座っていた。
問題集が山のように積み上げられている。
どうやら早解きを競っているらしかった。
「・・・・・・」
沈黙のトパーズ。
「知らなかった?お兄ちゃん、ああ見えてすっごく頭いいんだよ?」
トパーズの耳元でヒスイがくすくすと笑う。
「たぶんオニキスより勉強できるんじゃないかな」
ここまでいくとただのノロケだ。
「・・・もう一回だ」
ヒスイの言葉を無視してトパーズが再戦を申し込む。
「いいとも。キミの心が折れるまで相手をしてやろうじゃないか」
相手は17歳の高校生・・・コハクはかなりセコイやり方で鬱憤を晴らしていた。
10問勝負でコハクの勝率は7割。3割はトパーズに負ける。
共に負けず嫌い。自分が勝つまで勝負を止めなかった。
「ね〜・・・お兄ちゃん。お腹空いた〜・・・」
「ちょっと待っててね〜。もうすぐだから〜」
食事の催促をしても、返事ばかりでテーブルから離れない。
「むぅ〜・・・」
極度の過労でジンが入院し、シトリンは一旦城へ戻った。
メノウもいつの間にか姿を消し、今この家には3人しかいない。
ヒスイは仲間外れになった気分でリビングへ戻り、ひとり読書を続けた。
お腹の虫がぐぅぐぅと鳴いている。
「お兄ちゃんのばか・・・」
コハクとトパーズの争いはこれで済まなかった。
3人で食料品の買い出し・・・そしてまた戦いが始まる。
並んで歩くことができないのだ。
一歩でも先を行こうと競っているうちに二人の歩くスピードは信じられないほど速くなった。
小柄で足の短いヒスイは当然ついていけない。
「ちょっ・・・ちょっと待ってよっ!!」
はぁっ。はぁっ。
走っても追いつかない。完全に置いてきぼりをくらってしまった。
「もうっ!何なのよ!アレ!親子揃って馬鹿じゃないの!?」
ヒスイはヒステリックになって叫んだ。
帰ってからも争いは続いた。
午後3時のティータイム。
意外なほど料理上手なトパーズが実験的に作ったチーズケーキと、腕に自信アリのコハクが作ったチョコケーキが並ぶ。
「オレのから食え、ヒスイ」
「何言ってるの?僕のからに決まってるでしょ。ね?ヒスイ」
「オレのだ」
「僕のだ」
「え?ちょっと・・・むぐっ!!!」
我先にヒスイの口へとケーキを押し込む。
「んんっ!!むぐぐ!!」
ぎゅうぎゅうに詰め込まれ、息ができない。
(く・・・苦しい・・・誰か・・・)
ヒスイは目を白黒させながら心の中で叫んだ。
(お兄ちゃんとトパーズ、何でこんなに仲悪いのっ!!?)
自室に逃げ込み、ベッドへ倒れるヒスイ。
「疲れた・・・少し寝よ」
そう呟いて目を閉じたのも束の間・・・
ドコーン!!!
大きな爆発音と共に家が揺れた。
ヒスイは飛び起き階段を駆け下りた。
「!!!嘘ぉ〜・・・」
家が半分崩壊していた。
リビングから先が瓦礫の山と化している。
その上で脇目も振らずコハクとトパーズが殴り合っている。
ヒスイが見ていることにも気付かない始末だった。
「もうっ!何やってるのよっ!ばかぁっ!!!」
ヒスイは全速力で家を後にした。
モルダバイト城。
「オニキスっ!!」
ヒスイが助けを求めて転がり込んだのはオニキスのところだった。
「助けて〜・・・お兄ちゃんとトパーズが喧嘩して・・・」
「喧嘩だと?」
「このままじゃ家がなくなっちゃうよぅ〜・・・」
「・・・似た者同士か・・・手に負えんな・・・」
それでもヒスイの頼みは無下にできない。
溜息を洩らしながら、オニキスはヒスイと共に屋敷へ向かった。
「・・・・・・」
見事に半壊。
重い激突音を響かせて二人の戦いは続いていた。
ヒスイは呆れて物も言えない。
「お前達、いい加減にしろ!!」
鶴の一声。
「!!」
「!?」
まずトパーズの動きが止まり、それに呼応してコハクの動きも止まった。
「こっちへ来い」
オニキスに促され降りてはきたものの二人の睨み合いは続いていた。
「ホラ“お父さん”が迎えにきたよ。帰りたまえ」
自分で引き留めたことは都合良く忘れている。
「それでもいいが、ヒスイは連れていくぞ」
「だめっ!」
「だめじゃない」
「ヒスイこっち」
すかさずコハクがヒスイの服を引っ張った。
「こっちだ」
負けじとトパーズが反対方向へ引く。
「ちょ・・・ちょっと・・・やめっ・・・いたた・・・」
次の瞬間。
ビリビリビリ・・・
真ん中からヒスイの服が裂けた。
「あ・・・」
「・・・・・・」
コハクもトパーズもちぎれたヒスイの服を手にバツが悪そうにしている。
「・・・城へ行ってろ」
オニキスは自分の服をヒスイに着せ、そう指示した。
ヒスイは頷いてその場を去った。
怒っている。振り向きもしない。
「・・・お前達、こういう話を知っているか」
オニキスは深い溜息をついてから静かな口調で語り始めた。
「ひとりの子供を我が子と主張する母親が二人いた。どうやって真実を見極めたか。子供を引っ張らせた。当然子供は痛がる。その姿を見て手を離した方が・・・愛ある本物の親だ」
「・・・何が言いたいんですか?」
今度はオニキスを睨むコハク。
「・・・オレなら離す」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
ただならぬ不穏な空気が流れる。
3人は無言で火花を散らした。
「オニキスならきっと何とかしてくれるよね」
森の中。ヒスイは早足で城へと向かっていた。
「お兄ちゃんとも長い付き合いだし。あのトパーズだってオニキスの言うことはちゃんと聞くもんね」
この時、ヒスイはまだ知らなかった。
コハク、トパーズ、オニキス。
三つ巴の戦いになった挙句、家が全壊したことを。
モルダバイト城付属病院。一般科。
魔法医師免許を持つ者は少ない。国に数名の割合だ。
ここは魔法での特別治療を必要としない患者が短期入院する施設だった。
「ほら、食え!」
「・・・・・・」
シトリンから受け取った皿の上のリンゴを見て目をぱちくりさせるジン。
剥いてくれたのはいいが、すでにもう実が半分ほど削れていた。
(武器の扱いは達人でもリンゴの皮むきは苦手なのか)
くすっ。
(まぁ、いいや。オレ割と料理得意なほうだし。シトリンが料理ダメでも全然オッケー)
両想いにもなっていないのに将来のことなどを考えてみる。
少し照れ臭くなってリンゴをかじった。
「・・・すまなかったな。かなり無理をしていたんだろう?」
「何のこれしき。愛しき姫君の為ならば・・・って、これじゃ格好悪いよな〜・・・」
入院3日目のジンが苦笑い。
「いや、よくやってくれた」
シトリンの指が軽くジンの頬に触れた。
「・・・少し痩せたな」
「なかなかの男前になっただろ?」
ジンが冗談で返す。
わざわざ痩せなくてもジンは二枚目、充分男前だった。
「・・・お見舞いのお礼」
ジンはシトリンの手を握り、その甲にキスをした。
姫にかしずくパジャマのナイト。
微妙な構図だ。
「そ、そういえばここはアレだな!」
動揺したシトリンが話を逸らす。
「美人な看護婦が多い!お前デレっとしてるんじゃないか?」
廊下ですれ違った看護婦二人がジンの話で盛り上がっているのを見て、少し不愉快な気分になったことは言わなかった。
なぜそう思ったのか、自分でもよくわからなかったから。
「え?美人?そうかな?」
ジンが真顔で首を傾げる。
シトリンのほうがずっと美人だと思うのだ。
「オレの辞書では、美人の代名詞はシトリンだから」
さらっとそんな事を言う。
「はぁ?お前の辞書はおかしいぞ。買い替えたほうがいい」
対するシトリンも真面目顔だ。
(いや・・・そういう意味じゃないんだけど・・・)
「リンゴ、もう一個食うか?」
見舞いの品として自ら持ってきたリンゴ。
果物ナイフを持つ手が危なっかしい。
「かして。オレが剥く」
シトリンから果物ナイフを取り上げて、ジンが皮を剥きはじめた。
螺旋状に繋がって垂れる赤い皮。
ほのかな蜜の香りが漂う。
「おぉ〜・・・器用なだなぁ〜・・・お前」
「はい。あ〜ん」
ジンはたちまち皮を剥き、一口サイズに切ったリンゴをシトリンの口へ持っていった。
「な・・・こんなもの自分で・・・」
「いいから、いいから」
「・・・・・・」
ぱくっ。
シャリシャリシャリ。
シトリンは赤い顔でモグモグと口を動かした。
ジンも続いてぱくっ。
濃厚なリンゴの味が口の中いっぱいに広がる。
「・・・甘いな」
「うん・・・すごく甘い」
「なぁ、ジン」
「ん?」
「その昔、アダムとイブが食べた禁断の果実はこんな味がしたのかもしれんな」
「・・・そうだな」
二人で次々リンゴを平らげる。
5個入っていた籠はいつの間にか空っぽになっていた。
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