“父上はヒスイ以外愛さない”


それなら・・・ヒスイを与えてやればいい。


そう考えたのは退屈な10回目の夏の日。実に子供じみた思いつき。
偶然手に取った書物には、ホムンクルスやクローンの生成が夢物語のように描かれていたが、オレなら簡単に造り出すことができると思った。


ヒスイの細胞さえあれば。
父上の想いは報われる。


・・・筈だったのに。

いつしか自分が欲しくなって。
何の為に、誰の為に、“もう一人のヒスイ”を造るのか、迷う。



「・・・・・・」
試験管と睨めっこが続く。
「計算違いばかリですネェ〜・・・ホント」
緊張感のない声でサファイアが言った。
「アナタの体、丸々いただくつもリだったんですガ」
肉体を操るのがせいぜいだと、ぼやく。
「まさか熾天使の娘が自ら身を捧げてくるとは思ってもいませんでしたカラ」
「・・・・・・」
「アナタが“神の血”ならアノコは“神の肉”♪」
「シトリンの肉体は・・・」
トパーズが言及する。
「粉々に砕いて、アナタの灰に混ぜました。モウ、この世界のどこヲ探しても彼女の肉体はアリマセン。強いて言うナラ、アナタの中デス」
「・・・あの馬鹿・・・」
思わず口から洩れる。
トパーズにしてみれば、母親も妹も想像を遥かに超える馬鹿だった。
「それで、今どうしてる?」
「代わりに猫の肉体を与えまシタ」
「・・・猫・・・」
「えェ。金色の綺麗な猫デス。ご本人も納得されていますヨ」
「・・・・・・」
「“神の肉”が安定をもたらしたのデス。一度は灰になったアナタの記憶が残っていたのもそのお陰デス。“神”が完成したのハ結構なコトですガ、想像以上に“肉”の効果が高くテ、思うように“支配”できなくなってしまいましタ〜。まさに計算外♪」
失敗を明るく語るサファイア。
「アナタの考えることハわからナイ。正直厄介デス」
「・・・・・・」
「試作2号である堕天使サタンの知識と引き替えに、滅びた後の灰を好きにしてイイという契約でしタ」
契約内容の確認。トパーズは黙ったままだった。
「アナタがどれだけ血を飲んでも満たされない体質だということは知ってイマス」
「・・・・・・」
「“ヒスイ”の血だけが唯一渇きを止めることができル。“シトリン”の血でもある程度渇きを凌げるガ、“ヒスイ”の血に勝るものハなイ」
「・・・・・・」


“金と銀どちらヲ選びますカ?”

“銀だ”


「肉体を明け渡した後の“食料”として母親を指定しタ。オリジナルの前に姿を見せない条件で“食用”の“ヒスイ”を造ると言いましたネ?」
「・・・・・・」
「“食用”の“ヒスイ”。アナタが造ろうとしてイルものハ、本当にソレですカ?」
「・・・・・・」




マーキーズ。ジンカイト宅。

「アイツと友達になってな!色々教えてもらった!」
猫シトリンは泥だらけになってジンの元へ帰ってきた。
「なかなかイイ奴だぞ。お前んトコの猫」
「そうかな・・・」
「そうとも!猫になって初めての友達だ」
シトリンが興奮気味に話す。
(元気なのは嬉しいけど・・・)
シトリンが本物の猫になってしまうようで少し寂しい。
(オレだけの猫ならいい・・・なんて。勝手だよなぁ・・・)
独占欲の塊。ちょくちょく自分を諫める機会が増えた。
「ジン?」
「ちょっと待って・・・ついでだからオレも・・・」
ジンが服を脱ぎはじめた。
泥んこシトリンの体をバスルームで洗おう、そのまま自分も入浴してしまおう。
何気ない行動だった。
「わぁぁ〜っ!!何でイキナリ脱いでるんだ!?気でも違ったか!!」
「?」
逃げようとするシトリンを捕まえてバスルームに連れ込む。
「暴れないでくれよ。こんなに汚れてちゃ、折角の美人が台無しだ」
シトリンにお湯をかけ、シャンプー開始。
「!!わ・・・やめ・・・」
シトリンは体を洗われることに抵抗があるらしかったが、そんなことにはお構いなしにジンの指が動く。
「あっ・・・や・・・」
「え!?」
シトリンの声にドキッ。
(なんて声出すんだよ・・・猫なのに)
「・・・・・・」
(でも・・・シトリンだ)
確かに姿は猫でも、恋い焦がれたシトリンには違いない。
ひょっとしたら凄く大胆なことをしているのかもしれない。
猫のシトリンをかつての姿に置き換えて妄想・・・ムラッとくる。
(・・・あれ?オレってこんなにエロかったっけ?)
時々自分のことがわからなくなる。
シトリンに出会って気付いた新しい自分。
これまでの自分を疑いたくなるくらい発見の連続。
その度に想いが増して、今や爆発寸前というところまできている。
(鎮まれ、オレ!シトリンは今、猫だ!どう考えてもムリだろ!?)
何度もそう自分に言い聞かせる。
(コハクさんに相談してみようかな。あのヒトなら何とかしてくれそうな気がする・・・)



風呂上がり。

仰向けに転がってシトリンが眠っている。
同じシャンプーの匂い。
それがまた嬉しい。

ニャ〜ン。

「お?」
黒猫がジンの足元に擦り寄ってきた。
ジンは飼い猫を抱き上げて「オレの彼女にちょっかい出すなよ?」と、笑った。





長屋に一人残されたヒスイ。

トパーズとサファイアは朝早くから外出していた。

“お前はアイツと戦えるのか?オレと一緒にいれば否応なくそうなる”

思い出すトパーズの言葉。
「お兄ちゃんと戦う?そんなことできるわけない」
右足を鎖で繋がれていたが、元よりトパーズを置いて逃げるつもりもない。
ヒスイは窓際の椅子に膝を抱えて座り、独りごとを言い続けた。
「だとしたらトパーズと戦うことになるのよね・・・それもちょっと・・・」
トパーズに付けられた傷はトパーズにしか治せない。
「だとしたら・・・いくらお兄ちゃんが強くても・・・」
こっぴどくやられた時の記憶が甦る。“神”が相手では勝ち目は薄い気がした。
そもそもサファイアの目的がわからない。
「・・・なによ・・・二人でコソコソしちゃって」
トパーズとサファイアのことだ。
疎外感・・・トパーズが露骨にヒスイを遠ざける。
「実はデキてるんじゃないの!?あの二人・・・ブツブツ」
そう考えると非常に面白くない。ヒスイは口を尖らせた。
「あ〜ぁ・・・どうしようかな」
(・・・お兄ちゃんに・・・会いたい)
離れ離れになるといつも必ず後悔する。
(だから一緒に行きたかったのに・・・)
「お兄ちゃんの馬鹿」
ヒスイは両手で抱えた膝に顔を埋めて呟いた。
「喉渇いたよぅ・・・」




「神は・・・次なる神の誕生を望まなかった」
寡黙なオニキスの横でコハクが口を開いた。
「だから“天使”に“悪魔”を滅ぼす絶対的な力を与え、触れ合うことを許さなかった・・・」
コハクをはじめとする上級天使は触れただけで悪魔を消滅させる能力を持っていた。
普通に考えれば吸血鬼のヒスイと結ばれることはない。
「神の血と肉が交わることのないように」
「・・・神の裏をかくとはたいしたものだな」
オニキスなりにコハクをフォローしたつもりだった。
“天使”としての能力を大部分捨てることによってコハクはヒスイを手に入れた。
翼を折り、背中に紋章を刻んで。
ヒスイへの愛故に神の秩序をねじ曲げ、天界を潰した最上級天使。
「ヒスイ以上に大切なものなんてない。世界を天秤にかけても僕は迷わずヒスイを選ぶ」
コハクは胸を張った。
「それにね、嫌いだったんです。神が。いつか殺してやろうと思ってました」
剣を担いで空を仰ぎ、言葉を続ける。
「・・・だけどトパーズは“神”じゃない・・・息子だ」


「お前の」
「あなたの」


同時に口にした言葉に顔を見合わせる。
お互い柄にもなく気を遣った発言だったのだ。
いつもは取り合う二人が譲り合う。
空から槍が降ってもおかしくない。
「・・・歳とりましたねぇ・・・お互い」
「・・・そうだな」
それぞれ苦笑い。
「・・・子供、実は結構好きなんです」
コハクが言った。
「僕は誕生した瞬間からこの姿ですから。子供の“成長”を見るのは楽しいです」
「・・・そうか」
「ええ」




コハクの肩にツバメが留まった。
「・・・メノウ様から連絡が」
「何だと?」
オニキスの視線が大陸の地図からコハクに移る。
「・・・トパーズが見つかったそうです」
「どこだ?」
「国立公園の近くで・・・ヒスイも・・・一緒!?」
ツバメに向けてコハクが叫ぶ。
「・・・人質になっているのか」
オニキスも苦々しい顔をした。
二人は頷き合って、メノウの元へ急いだ。







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