「シンジュはそう言ったけど・・・あ、ヒスイ様・・・」
離宮へ戻る途中、ローズはヒスイを発見した。
てくてくてく・・・向かうは外への抜け道だ。
(ヒスイ様、性懲りもなくまた抜け出す気!?)
「首輪でもつけてやりたいわ」
ローズはぼやきながら、ヒスイの後を追った。
「オニキス、我々も出掛けましょう」
王の間からその光景を見ていたシンジュ。
頭痛が更に悪化したような顔で玉座に座るオニキスを誘った。
「出掛ける?どこにだ?」
「ヒスイ様の怪我の理由を教えてさしあげます」
ヒスイの後をローズがつける。更にシンジュとオニキスが続き。
3人はとある村に到着した。
先を歩いていたヒスイとは僅かな時間差しかなく、姿を見失うこともなかった。
ヒスイが村に入るとすぐ。
「あっ!ヒスイだ!」
ひとりの少年を筆頭に、わらわらと子供達が寄ってきた。
ヒスイはツンとした顔のまま、特に優しい態度で接する訳でもなかったが、子供達は臆することなく群がり。
「これ、王妃様を呼び捨てにするでないよ」村の老婆が子供達を注意するも。
「私がいいって言ったの」と、ヒスイ。
「あそぼーぜ!ヒスイ!」
「うん」
少年に手を引かれ歩く道すがら、村人から焼き立てのパンやら果物やらが次々と差し入れられ。
「ありがと」
ヒスイはとても自然な笑顔で礼を述べていた。
初対面の相手に人見知りのヒスイが笑いかけることはまずない。
どうやらヒスイは以前からこの村に顔を出していて、村人達とも面識があるらしかった。
影から見ていたローズは唖然。
オニキスも驚きを隠せない。
「あの少年を助けたのです」
オニキスの隣に立ち、シンジュが言った。
事前にこの村の人間に聞き込みをしていたのだ。
森の中で迷子になった少年を見つけて。
村へ送ろうとした道中に、狼に襲われた。
少年を庇いながら、魔法で何とか撃退したものの、腕に掻き傷を負った・・・
「急いでいるから、と、手当ても受けず、村を出たのが午後11時」
ヒスイが城に到着したのは午前1時過ぎだ。
「ヒスイ様のことですから、近道をしようとして、今度は自分が道に迷ったのでしょう」
「まったく・・・あいつは・・・」
れっきとした怪我の理由を知り、ホッとしたのと同時に、どうしようもない愛しさが込み上げ。
「シンジュ」
「はい」
「・・・こればかりは認めざるを得ん」
「オレは、国よりもヒスイを選ぶ、愚王だ」
できれば早く引退したい、と、オニキスは冗談半分に。
「でしたらすぐにご世継ぎを」
「ああ、そうだな」
古株の大臣のようなシンジュの口ぶりに苦笑する。
それからしばらくして、オニキスは言った。
「いつでも玉座を離れる覚悟はできている。もしオレが王政に於いて心ない決断を下すようであれば、遠慮なく革命を起こせ」
「言われなくてもそうします」
相変わらずの毒舌でシンジュが答える。
オニキスは「これで安心してヒスイを愛せる」と、静かに瞳を伏せた。
「ヒスイ」
「あ!オニキス!」
オニキスがヒスイを迎えに来たことで、村は大騒ぎになった。
その場にいた村の大人達はみな深々と頭を下げ。
お忍びの王と王妃を一目見ようと瞬く間に大衆が集まり、そこから歩み出た村長が二人に挨拶をした。
ここはワイン作りを生業とする村で、今日は葡萄の収穫祭・・・夜通し飲み明かすのだという。
「どうぞ楽しんでいってくだされ」
ぜひとも、と、勧められ。
村人の振る舞うワインを飲むオニキス。
「私もちょっとだけ・・・」
「お前はだめだ」
ひょい、とヒスイからグラスを取り上げる。
ヒスイの酒癖の悪さは天下一品なのだ。しかも未成年・・・。
「ヒスイ!こっちでジュースのもうぜ!」
見ると、例の少年が手招きしている。
「うん」
ヒスイは子供達の集まりへ移動した。
大人を真似て、グラスで乾杯。
「わ・・・美味しいね、これ」
「だろ?だろ?」
村の空気にはワインの香りが溶け込み、息を吸うだけで酔ってしまいそうだ。
機嫌良く、二杯、三杯、ジュースを飲み干すヒスイに、少年が言った。
「俺、王様ってもっと怖い人かと思ってた」
「オニキスが?全然怖くないよ?寝坊ばっかりしてるし」
「王様が寝坊???」
「うん」
その時、コホン!ヒスイの頭上でオニキスの咳払い。
「・・・そろそろ帰るぞ」
「うんっ!」
「ヒスイ!」
帰り際のヒスイを少年が呼び止めた。
「ん〜?」ヒスイが振り向く、と。
「俺!大きくなったら騎士団に入る!今度は俺がヒスイを守ってやるから!」
少年の言葉に続き、僕も!私も!と村の子供達が手を挙げる。
「え?あ、うん」照れて俯くヒスイの肩を抱き、オニキスが答えた。
「それは頼もしいな。待っているぞ」
「心配には及ばす・・・ね」と、ローズ。
ヒスイがオニキスに悪影響を及ぼすことはなさそうだ。
(ヒスイ様には、愛される才能、王妃の資質がある)
「今はアレだけど、化けるかもしれないわ」
そうとわかれば・・・打ち上げだ。
大好きなお酒を前にじっとしていられない。
「今夜は飲むわよぉ!!」
ローズが祭りの広場でワインを堪能していると。
「シンジュ!?」
偶然、シンジュが通りかかった。
当然、捕まえる。
「オニキス様をここに連れてきたのって、シンジュよね?」
「ええ。オニキスはもう大丈夫ですよ、ローズ」
ローズを納得させるため、シンジュは先程のやりとりについて話した。
「オニキス様が、愚王?そんなことないわ」笑い飛ばすローズ。
オニキスの器量に惹かれ、城勤めをしているのだ。
「国より女を選ぶって、なかなか言えないわよね〜」
女としては嬉しいけど。つまみのチーズを口に運びながらローズが言った。
するとシンジュが。
「国を愛することは、人を愛することと同じ。人を愛せない王に、国を愛せるはずがない」
「愚王こそ、支え甲斐があるというもの」
「・・・そうね、ヒスイ様が急にいい子ちゃんになったら、私、物足りないかも」
同感したローズは、シンジュにワインの入ったグラスを差し出した。
「どう、シンジュ、一杯飲まない?」
「・・・いいでしょう」
シンジュはグラスを受け取り。
『王と王妃と、モルダバイトの未来に乾杯』
その頃、二人は。
星空の夜道を、手を繋いで歩いていた。
王と王妃とはいえ、することは普通の男女と変わらない。
入城する直前。オニキスは足を止め、ヒスイの手を強く握った。
「オニキス?」
「・・・どうやらオレは心底お前に惚れているらしい」
上体を曲げ、見上げるヒスイの唇にキス。
それから、ほんの少し唇を離し。
「どこまでも、お前の後を追いたくなる」と、言って。
再び、ヒスイの唇を塞いだ。
「ん・・・」
相次ぐキスに最後まで応じてから、ヒスイは真っ直ぐオニキスを見上げ。
「だめじゃない。王様がそれじゃ」
「そうだな」
叱られたオニキスが自嘲する、と。
ヒスイは続けてこう言った。
「じゃあ、明日からずっとオニキスの隣にいることにする」
後を追わずに済むように。
それは・・・共に公務に就くということだった。
「ヒスイ・・・お前・・・」
「あんまりうまく笑えないけど、一緒に頑張るよ」
「私も・・・この国が好きだから」
「・・・そうか」
オニキスは微笑みを浮かべ、軽々とヒスイを抱き上げた。
「わ・・・!?オニキス!?」
目指すは夫婦の寝室だ。
「もう、寝坊しちゃだめだよ?」
ヒスイに優しく諌められ。
オニキスは深く頷いた。
「ああ」
明日はきっと、目が覚める。
これからは、恐れずに何度でも愛し合おう。
愛しき王妃。我が、妻と。
‖目次へ‖‖前編へ‖